64.黄金の風
「お初にお目にかかります。アネモス家当主フィーロ伯が娘。[白金]ランク冒険者、[黄金の風]アウラ・フォン・アネモス・ドレスラードと申します。以後、お見知りおきを」
そう名乗ったお嬢様はチラリと俺を見る。
少しドヤってる⋯⋯。
手首だけチョイチョイと、催促するように動かしてるな。
⋯⋯拍手しときますね。パチパチパチ。
練習してました?なんて口が裂けても言えない。
男も構えていた剣を下ろしていた。
「あー、なんだ。アネモスの娘が[白金]ランクなんてのは、聞いた事が無いんだがな」
「ええ、ご存知ないのも無理はございませんわ。別の名義で活動しておりましたゆえ。この場にいる、お二方が初めての披露する相手となりますの」
別の名前で冒険者やってたのか、エル雄と同じだな。
「なるほどねぇ、因みに別名義ってのはなんて名前なんだ?」
「アネモネですわ」
「アネモネ?⋯⋯お前、ステゴロお嬢様か!?」
ステゴロお嬢様?!俺も聞き覚えがあるぞ。
冒険者ギルドに居る、知らん酔っ払い達が話していたな。
素手で魔物をシバキ倒している、お嬢様言葉の冒険者だとか。
確かランクは[金]だったはずだが。
「一月程前に、[白金]ランクに昇格しましたので。あと、ステゴロお嬢様と呼ぶのはお辞め下さいまし。わたくしに[黄金の風]という素晴らしい二つ名が付きましたの」
アウラお嬢様は両手を広げて天を仰いだ。
「まさに!わたくしを着飾るに相応しい二つ名!⋯⋯ステゴロなんて、下品な呼び名で呼ぶのは、今後なさらないように」
まぁ、ステゴロお嬢様ってのは周りが勝手に呼んでるだけだしな。
そんなやり取りをしているが、この場の雰囲気はピリピリしている。
「まったく。まぁいい、報酬分の仕事はさせてもらうぞ」
男がそう言った瞬間に動く。
一瞬で間合いを詰め、剣の側面を下からすくい上げる様に振るう、ガキンッと金属の衝突音が鳴り響く。
アウラお嬢様は剣の側面を左の足裏で受け止め、言い放つ。
「⋯⋯せっかちね。レディーに対していきなり手を出すなんて。そんなにわたくしが魅力的に視えたのかしら?」
アウラお嬢様は、足で剣を受け止めながらクスクス笑う。
俺は2人の動きが全く見えなかった。
「ほお。どうやら本当の様だな」
男は剣を引き距離を取る。
「悪いが、手加減はしねぇぞ?」
「どうぞご自由に。〈風の衣〉」
アウラは呪文を唱える。
すると、緑色の魔力を帯びた風が、彼女の周りに渦巻いた。
「さあ、何時でもどうぞ?」
「ふー、なら遠慮なく」
男は一呼吸すると、アウラお嬢様に一瞬で肉薄した。
その剣の見た目からは、想像も出来ないような速度で繰り出される剣技。
まるで木の棒を振るうように剣を振るい、アウラお嬢様に無数の斬撃を浴びせる。
激しく繰り出される斬撃。
アウラお嬢様は両の拳で、それを迎撃する。
ガガガガと、激しくぶつかり合う拳と剣。
両者一歩も譲らず激しくぶつかり合った⋯⋯。
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⋯⋯ッチ。
何だこの女、イカレてんのか?俺の剣を素手で受け止めてやがる。
男は、けっして手加減をしているわけでは無い。
死ななければそれでいい程度に考えており、抵抗してくる女を、切り伏せるつもりで剣を振るっていた。
だからこそ驚愕していた。
女が手に着けている物は薄い手袋のみ。
そんな物で自分の剣を防げるものなのか?否、あり得ない。
ならば考えられる事は一つ、女が直前に唱えた呪文。
恐らくあれが原因だろう、男はそう考えていた。
さっきから手に伝わる感触が妙だな、確かアネモス家は風魔法が得意だったか。
それなら拳に風を纏っているか?それだったら説明が付く、付くが⋯⋯押し切れねえな。
⋯⋯挑発してみるか。
「は!アネモス家と言えば、代々槍の名手と聞く。お得意の槍は使わないのか?」
男は剣を引き、女を挑発する。
実際、アネモス家と云えば、代々槍を使い風を操る一族だ。
だからこそ、女が素手で戦っている事に対して、疑問を感じた。
槍を使うまでも無いと思っているのか、それとも槍を扱うことが出来ない、そのどちらかだろうと推測した。
男の問いに女はが答える。
「ええ。わたくし加護のせいで武器の類がもてませんの。ですので、この拳でお相手してさしあげますわ」
「ほほ~、そうか!ならお前はアネモス家の落ちこぼれって訳だな!」
男はさらに挑発する。
女が怒りに任せて動きを鈍らせれば、儲けものだと思っていた。
「あらあら、安い挑発ね?その程度の事でわたくしが、怒りに身を任せるとでも思ったのかしら?」
男の挑発を軽く流し、クスクス笑う。
あての外れた男は次の手を打った。
「そうかよ、悪いな心にもない事を言った。ココからは本気で行かせてもうぜ」
男は手にはめている腕輪に触れ、魔力を流し込む。
すると腕輪から金属が飛び出し、男の体を覆い鎧を形成していった。
ほんの少しの時間で、男はプレートアーマーを装備した。
「それじゃ、⋯⋯行くぞ」
男はヘルメットのバイザーを下ろし、先ほどよりも速い速度で女に肉薄する。
女に向けて振るわれる斬撃は先ほどよりも速度と威力が増しており、拳で受けていた女も回避に専念するようになった。
「あら、意外ね?てっきり遅くなるのかと思ったのだけれど」
それでも女の口調に焦りは感じられない。
何故なら、繰り出される怒涛の斬撃を、女は傷一つ付けずに捌いていた。
拳で受け、躱し、反らし、全ての攻撃を捌いていた。
ここまで女からの反撃は1度も無い。
⋯⋯クソ、埒が明かねえ。
「〈斬撃三閃〉!」
スキルの発動。
それにより、瞬き程の時間で、3度の斬撃を繰り出す事が出来る。それはまるで、3つの斬撃が同時に放たれたように見えた。
それすらも、女はあっさりと防いだ。
その全てを動くことなく素手のみで。
最後の一撃を掌で逸らされ、女のすぐ横の地面に突き刺さる。
直後。
女の蹴りが、男の腹に叩きこまれ、凄まじい衝撃と共に壁へと叩き付けらた。
「ガハッ!」
ぐっ、コイツアレを防いで更に反撃までしたのか?!
直ぐに体勢を!⋯⋯あ?なぜ追撃が来ない。
そう思った男の元には、一向に攻撃が届かなかった。
それもそのはず、女は男と距離を取り淑女然とした佇まいで、その場に立っていた。
ゆっくりと持ち上げた人差し指を向け、一言。
「〈風弾〉」
指先より現れた、緑色の魔法陣から放たれる魔力を帯びた、圧倒的なまでの風の暴力。
その威力を、男は全身に余すことなく受けることとなった。
「が、ぁあ」
全身を魔力の乗った、風の塊により押しつぶされた男は、再度壁に叩き付けられた。
ばけ⋯もんが、何だこの女は⋯⋯。
「それでは、ごきげんよう」
その言葉を最後に、男が目にした物は。
1つの迫りくる拳。
顔面へと叩き付けられる凄まじい衝撃に、男の意識はそこで途切れた。




