63.見知らぬ男
魔石の披露は続いているが、俺とアナは料理に食いついていた。
正直な話、採って来たのは俺達なので、今更魔石をどうのこうのする必要性が無い。
それよりも料理だ、俺の頭は今魚料理で一杯だ。
アナと一緒に魚料理に近づき、側に居る料理人に取り分けて貰っていた。
取り分ける前に、料理人がどこそこの魚でうんたらかんたら言ってたが良く分からん。うまけりゃよくね?
早速、アナと取り分けて貰った魚料理に舌鼓を打つ。
んー!身がふっくらしており、ほんのりレアな部分もあり、そこがまた良い味を出している。
酸味のあるソースも悪くない。
食レポ的な事をしたいが旨いしか出ない。
宝石箱にでも例えておけばいいか。
宝石箱や~。
アナも味にご満悦の様子。
「コレ美味しいね」
「だな!他のも食べてみようぜ!」
「うん!」
皿に乗った魚料理が直ぐに無くなると、俺とアナは次なる美食を求めてテーブルへと向かった。
うまい。
うまい。
めっちゃうまい。
これはあんまり口に合わんな⋯⋯。
うまい。
おおむね旨かった。
俺等がパクパク料理を食べていると、他の仮面の人達もそれにつられたのか、少しずつ料理を食べ始めた。
どうやら魔石の披露は終わったのだろう、アウラお嬢様も仮面を着け直しており、他の仮面の人達と談笑している様だった。
「ちょっと飲み物貰って来る」
そう告げ俺はアナの側を離れた。
グラスを持った給仕に近寄り、2人分貰いアナの元へと戻る。
「おまたせ~」
「⋯⋯よく私の場所わかったね」
俺がアナの側を離れた地点から、少し離れた所に移動していたアナはそう言った。
俺からは別にボヤケテ見える訳じゃないしな。
そういう”体”のパーティーなんだろうし。
ココは良い感じの事を言っておくか。
「何となくアナだって気がしたからな」
「そ!そうなんだ⋯⋯///」
仮面で隠れてない部分が少し赤くなっている。可愛い!
ハッハッハ。グビグビ酒を飲む。⋯⋯催してきたな。
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
「私はここで待ってるね?」
アナと別れて、給仕の人にトイレの場所を聞き、パーティー会場を後にした。
⋯⋯こういう場合って案内とか有ると思ったんだが、そうでもないのか。
俺は教えて貰った、場所を目指して歩きだした。
しかし広いな、トイレ行くだけでどれ位時間がかかるのやら。
広い通路を1人寂しく歩いていた。
1人だからだろうか、違和感を感じた。
人の気配が無いな⋯⋯。
廊下には人っ子一人いない、俺只一人だ。
扉は幾つか有るが、そこから人の気配は感じられなかった。
こんなものなのかな?
実際貴族のお屋敷に来るのは初めてだし、どういうのが普通なのかわからんな。
お、あった。
目的のトイレを見つけ入る。
ふー、間に合った。
◇
すっきりしたー。
トイレから出てパーティー会場に戻る為、歩き出そうとした時、突然音が聞こえてきた。
カツン
カツン
足音が聞こえてきた。
音の感じからして、女性のヒールだろうか。
そんな音が廊下に響いていた。
廊下の光に照らされ、1人の女性がこちらに向かって歩いて来ている。
輝くような金髪を携え、赤いドレスを身に纏った女性。
アウラお嬢様だ。
お供も連れずに1人。
御手洗かな?挨拶くらいはした方がいいな。
世間話をする様な距離まで近づく。
先に向こうが口を開く、最初に会った時とは口調が変わっていた。
「こんばんわ。仮面を着けているということは、貴方も参加者ですか?」
「ええ、そうです」
お嬢様言葉じゃないのか。
こっちの喋り方の方が素なのかな?
「あの魔石、凄かったですね。あんな大きさ、私初めて見ました」
「そうなんですね。アウラお嬢様でもあの大きさは見た事ないんですね」
アウラお嬢様と口にした瞬間、空気がピリッとした。
この感じ覚えがある。
アナが魔力を出して威圧している時と同じ、あの感じだ。
全身にピリピリする何かを感じ取り、体が強ばる。アナの時と違い、全身を押さえつけられるような圧力を感じた。
⋯⋯あ、そうか。
つい名前を言ってしまったせいか。
庶民に、気安く名前を呼ばれるのは、不快なんだろうな。
それに仮面を着けてるから、お互い誰か分からない事になってるんだったな。
俺はそう思ったが、アウラお嬢様の応えは違うようだった。
「何故、わたくしだとお分かりになられたのかしら?」
何故⋯⋯か。
何故と言われても、そう見えたからとしか言えないが。下手な返答は反感買いそうな雰囲気だな。うーん、どうしよ。
仮面の奥から覗く、緑色の瞳がジッとコチラを見つめていた。
「えーと、なんとなく?ですかね」
「その様な曖昧な理由で、納得せよ⋯⋯と?」
⋯⋯だめか。少し圧が強くなった。
⋯⋯詰んだかこれ。
「ん?」
アウラお嬢様の後方より、誰か歩いて来た。
まさかアナか?渡りに船とはまさにこの事!
仮面を着けたガタイのいい男だった。違うんかーい。
と言うか、うーん?あんなガタイのいい男なんて居たか?
⋯⋯居なかったな。
俺の思い違いなら、後で幾らでも頭を下げよう。
「あんた、誰だ?」
少し大きめの声でそう告げる。
アウラお嬢様も、それにつられて後ろを見る。
俺は、アウラお嬢様の前に出て壁の様にして立つ。相変わらずピリピリするが、さっきよりはマシになっていた。
男は足を止め、顎を手で擦りながらコチラの様子を伺ってた。
「誰かは知らんが、お前の後ろにいるのはアネモスの娘で良いんだよな?」
「いいえ、人違いですね。この子は俺のツレなので」
俺はサッと嘘をついた。
この男から漂う雰囲気が冒険者のそれに似ていたからだ。
まずいな、会場への道は男に塞がれている。
「ならその仮面を取りな。そうすりゃ、通してやる」
⋯⋯ちょっと待てよ。俺は何か勘違いをしていたのか?もしかして、この仮面って本当に効果のあるやつなのか?だからアイツは俺の後ろにいるのが、アウラお嬢様だと気付いてないのか?
俺は自分の仮面を外した。
「男か。お前の顔は見覚えがねぇな、何処の家のもんだ?」
「ミヤノ家だ」
嘘は言ってない、俺の苗字は宮野だし。
これで確定したな、俺の仮面は最初から壊れていたって事が。
俺は壊してない、俺のせいじゃないけど、後で謝り倒そう。
「ミヤノ?聞いた事がないな、後ろのソイツも外しな」
仕方ない、一か八かだがやるしかないか。
俺はアウラお嬢様に小声で言う
「俺がアイツを引き受けますんで、その隙に会場に戻って、アナを呼んできてください」
俺には、最強無敵のアナスタシア様がついてるんだよ。時間さえ稼げれかば何とかなる。
「お断りさせて頂きますわ」
⋯⋯今なんて言ったこのお嬢様。
スっと俺より前に出たアウラお嬢様は、自身の仮面を取り、言い放つ。
「わたくしに、何か御用でも?」
「おいおい、そこの兄ちゃんが庇ってくれたってのに正気かアンタ」
男は仮面越しでも分かるように呆れていた。
呆れながらも〈収納魔法〉から剣を取り出し、切っ先をこちらに向ける。
斬れ味よりも、耐久重視といった見た目の太く平たい重そうな剣だ。
それを片手で、軽々と持ち上げている。
かなりの実力者なのだろう、時間稼ぎなんて出来そうもないな。どうしよ。
「まあいい、とりあえず一緒に来てもらうぞ?生け捕りにして、連れてこいって言われてるんでな。おい兄ちゃん、お前は何もしないなら見逃してやる」
男は剣を肩に乗せ近づいてきた。
ここで素直に喜んで、逃げるようなクズなら良かったんだがな。
生憎と、自分1人で逃げるのは嫌なんでね、俺は言い放つ。
「悪いが、少しばかり抵抗させて貰うぞ」
男が「ほう」と呟き足を止めた。
男は自分の仮面を取り、そこら辺に放り投げる。
「俺の名前はガッツだ。兄ちゃんお前の名前は、なんていうんだ?」
ガッツ⋯⋯か。やめて?その剣でその名前は恐怖でしかない、黒い鎧とか出さないでね?少し後悔しながら俺は答える。
「ソラだ」
〈収納魔法〉から剣を取り出し、構える。
俺と男の視線が交差する。
覚悟は決めた。
行くぞ!
俺は男へ向けて走りだした。
「ちょっと、どいて下さるかしら」
アウラお嬢様に横から押し出された。あぁ〜。
走り出そうと地面を蹴った瞬間に押されたので、よろめき壁にぶつかる。痛い⋯⋯。
え、何この人⋯⋯。
今俺が戦う流れじゃないの?相手の男もキョトンとしてるし。
文句のひとつくらい言おうとしたが、アウラお嬢様が俺に手のひらを向け、黙るよう言ってきた。
「お静かに。あの方はわたくしに用があるのですから、わたくしが御相手して差上げるのが、当然の事でしょう?」
そ、うなのか?俺が空気読めてない感じなの?頭に?マークが浮かんでいる俺を他所に、アウラお嬢様は男へ向けて歩き出した。
「貴方の自己紹介は終わったようですし、次はわたくしが名乗る番ですわよね?」
なんて呑気な⋯⋯。
ゆっくりと歩き、男との距離が3m位の位置で立ち止まった。
男は身構えたままだ。
アウラお嬢様はコホンと咳払いをし、先程会場でみせたような優雅な挨拶だが、動作が少し大きく芝居がかっていた。
「お初にお目にかかります。アネモス家当主フィーロ伯が娘。[白金]ランク冒険者。[黄金の風]アウラ・フォン・アネモス・ドレスラードと申します。以後、お見知りおきを」




