60.お披露目からの馬車移動
2階からアナが降りてきた。
階段がギシりと、音を立てる。
先程まで騒がしかった食堂が、水を打ったように静かになる。
トン——。
階段の踏板が、踏み込むたびに軋む。
トン——。
動きに合わせて、布の擦れる音がする。
1歩1歩。
ゆっくりとした足取りで。
最初に見えたのは、黒いヒールの靴。
そこから徐々に、その全貌を明らかにしていった。
体のラインを強調した、オフショルダーのマーメイドドレス。
黒い布地が白い肌を、より一層引き立てている。
全ての段差を降り、顔が此方を向いた。
アナスタシアから普段の微笑みは消え。
冷たく凍りつく様な⋯⋯。
⋯⋯そんな笑みを浮かべていた。
誰かの、息を飲む音が聞こえた
その場に居た、全員が動きを止め
その姿に、眼を奪われた
ある者は、席に座ろうと椅子を引き。
ある者は、手に持つコップの中身を飲もうと口元へ運び。
客へと渡す料理を手に持ちながら。
料理を口に含み、噛むことすら忘れ。
それぞれの時間が凍り付いたように。
そこには完成された
見る物全てが、凍り付く様な美が存在していた。
そして、一歩。
また一歩。
1人の男の前へと歩み寄った。
「お待たせ」
静まり返った空間に、凛と響き渡る声が広がった。
◇
俺は息を飲む。
え、かわよ。何この子。美しすぎでは?
俺は混乱魔法を受けていた。誰だ俺に魔法打ち込んだ奴は。そんな奴がいない事は分かっている、分かっているが犯人を捜す。
「んー!やっぱりかわいいねー!似合ってるー!」
シャロの一声に、周りの時間が溶け出す。
椅子に座ろうとした人は、そのまま転び。
コップの中身が、体に掛かってびしょびしょになり。
ハッとして、慌てて料理を配膳し始め。
噛まずにそのまま飲み込み、咽ていた。
アナの顔も何時もの様に戻っていた。
「フフフ。ありがとう」
⋯⋯やっぱり何時もの笑顔の方が好きだな。
さっきのもゾクゾクして悪くないが、やっぱり見慣れた方が一番だ。⋯⋯何か言った方がいいか。
「あー、その、すごく。奇麗、です」
なんか恥ずかしいな。周りに人が居るからか?
酔っ払い共が囃し立てる。
「ヒューヒュー!」
「いいぞー」
「よっ、魔女の眷属」
「おいバカ!」
アナが頭をグリンと、眷属呼ばわりした酔っ払いに向ける。
「ヒェッ!」
「スイマセン!」
少しジッと見た後、頭を戻す。
「まぁ酔っ払いだからな、大目に見てやってくれ。アナの格好があまりにも綺麗だから、茶々入れたくなったんだよ」
知らない酔っ払いのフォローをする。
改めてアナの姿を見る。
黒いオフショルダーのマーメイドドレスを着ている。
胸も上半分が凄い主張をしている。俗に言う北半球という奴だ。兎に角すごい。
腰のクビレもすごい、キュッてなっている。お尻は控えめだが、それでも体のラインがくっきり出ている。
髪型はハーフアップにウェーブが掛かっているものだった。
確かアナの髪ってストレートだよな?どうやったんだ?ヘアアイロン的な魔道具でもあるのかな。
俺とアナは、何故かモジモジしていた。
シャロが間に挟まり、肘でつついてくる。
すると宿の扉が開き、1人の人物が入って来た。
その人物は真っ直ぐに此方に向かって歩いてきた。
「アナスタシア様。ソラ様。お迎えに上がりました」
そう告げる人物は、白と黒のメイド服を着た女性だった。
メイドさんだー!
生のメイドさんに、俺のテンションが上がった。
「外に馬車が待機しておりますので、此方へどうぞ」
メイドさんに促され外へと向かう俺達に、シャロが催促をする。
「お土産宜しくねー!」
「わかったから大人しく待ってろよ」
「行ってくるね」
俺達は宿屋を後にした。
そのまま表に止めてあった馬車に乗り込む。
漫画で見た知識を頼りに、先に馬車の扉の前に立ち、アナの手を取り乗りやすいように誘導する。
アナの顔は心なしか、嬉しそうに見えた。
俺も乗り込むとメイドさんが扉を閉め、馬車は走り始めた。
「おお、すごい揺れない」
俺は思わずそう呟いた。
前に乗った馬車なんかとは比べ物にはならない位に室内が豪華だ。
椅子に座るとフカフカで、振動もほとんど感じなかった。ここに住みたい。
コ、コレが貴族の馬車⋯⋯。
異世界物でよくある、揺れの無い馬車を作って大儲け、とかは出来なそうだな。残念⋯⋯。
いや、俺にそんな物を作る知識とか無いから残念でもないか。
馬車の中では前回同様、隣同士で座っていた。
アナが口を開く。
「そうだ。ソラに渡したい物があるんだけど」
そう言ったアナは何だかモジモジしながら〈収納魔法〉から何かを取り出した。
「こ、これ⋯⋯」
「ん?指輪か?」
まさか⋯⋯、プロポーズ!?
「この指輪は、番の指輪って云ってね。2つで1つの魔道具なの」
「そうなのか」
番の指輪かねぇ。名前からしてそういう魔道具か?俗にいう給料3か月分。
「指輪に魔力をながすとね、こうやって赤い線で結ばれるの。今から行くアネモス家は広いから、迷子になった時用で、この指輪持っていてほしいなって」
あ、そういう。
俺は何度このパターンをすれば気が済むのだろうか。
受け取った指輪を見る、少し太めのリングに、紅く小さい宝石の様な物がはめ込まれている。
さて、どの指にはめたものか⋯⋯。
チラリとアナの指を見る。左手の薬指には別の指輪がはめられている。
この世界では、左手の薬指に特別な意味はなさそうだな。
アナも指輪をはめていない左手の人差し指に指輪を付けた。
⋯⋯なんだろう、何かやらかした気配がする。
アナの顔が赤い。
もしかして、左手の人差し指がそういう意味?そんな事ある?異世界だからか?
深く考えない様にする。
最近、思考を放棄するスキルが向上してる気がする。
気を取り直して、ちょっと左手の指輪に魔力を込めてみる。
指輪から指輪へと、赤い一本の線が伸びた。
こういう感じね。
「ソラと、糸が。しかも人差し指に、ウフ。フフフフフフ」
⋯⋯アナが何だか怖い。
「ア、アナさん。ど、どうかしましたか?」
ニヤつくアナに、恐る恐る聞いてみる。
「え!あ、ああ、うん。大丈夫、大丈夫。正常に作動してるね!」
「そうか⋯⋯」
◇
馬車は進み。
街の喧騒が徐々に小さくなる。
窓から見える景色は普段見なれた、乱雑な街並みから、綺麗に整理され気品のある街並みへと変わっていった。
道行く人も、高そうな服を着てる割合が増えてきた。
道の端には、街灯が等間隔で並べられており、辺りを優しい光で照らしていた。
なんでもこの地区は、街灯に〈照明魔法〉を掛ける仕事があるらしく、金持ちは自分で生活魔法を使わずに、使用人が全てやってくれるんだとか。
金持ちはどこの世界でも、似たようなものか⋯⋯。
俺が普段いる所は、各自勝手に〈照明魔法〉を使うので、やたらと明るい場所が点在している。
特に酔っぱらいは無駄に灯りを灯すので、眩しくした店の人にキレられている。
〈照明魔法〉自体、時間経過で消えるか、発動した本人が消すか、しか無いので地味に厄介。
なので俺のいる地区には街灯は無い。
無くても勝手に周りが、照らしてくれるからだ。
更に馬車は進み、建物の数が減り。
代わりに1軒1軒、家のサイズが大きくなっていった。
そして道の突き当たりに、一際大きな屋敷が佇んでいた。
おお、お屋敷だ。
俺は初めてみるお屋敷に感動していた。
ついに俺も、貴族の屋敷に招かれるイベントを迎える事が出来た事に対して震えていた。⋯⋯アナのおまけだけど。
そのまま馬車は、一際大きい屋敷の門まで足を進め。
馬車の御者と共に座るメイドさんが、門番に声を掛け門を開けさせる。
いよいよ始まるのか。
元の世界でも経験した事のない、貴族のパーティー。
一体どんなものなのか、ワクワクと不安が半分ずつ。
しかし俺の横にはアナが居てくれる。
ま、なんとかなるでしょ。
楽観視していた俺は、この後に起こる騒動に巻き込まれることになるのであった。




