57.ゆ、許された——?!
夜が明け、朝の鐘が鳴る前に俺は宿屋を出ていた。
正直、アナと会うのが気まずい。
未遂とはいえ、そういう店に行き。
謎の出禁を食らったからだ。
特に行く当てもなく、街をブラブラ歩いている。
この世界の朝は早い。
日の出前から、店の準備をしている人がチラホラいる。
それは、陽が沈む頃には大体の店が閉まってしまう為でもある。
夜の閉店時間が早い分、朝早くから店が開いている。
夜は酒場やそういう店位しか営業していない。
中にはやっている店も有るが、少数だ。
少しずつ陽が登り始めた。
ゴーンと朝を告げる鐘の音が鳴り響く。
「⋯⋯ハァ」
思わずため息が零れる、守るだの何だの言った所で男なんてこんなものだ。
一時の欲望に負けた自分に自己嫌悪してしまう。
気付けば街の中央に来ていた。
街の中央には、立派な塔が立っておりその頂上には鐘が設置されている。
普段聞く鐘の音は、ココから鳴り響き、街の中央から街の端までその音を届けていた。
見上げると、陽の光を浴びた鐘がキラリと光り輝いていた。
そんな中央広場に設置されているベンチに座り、ただボーっと時間が過ぎるのを待っていた。
帰ったらアナに謝った方がいいだろうか。
マルコさんは言っていた、バレなければいいと。
しかし、あの人は恋人が出来てもそういう店に通うので、結局それがバレて破局してばかりだという。
俺はなぜあの人に付いて行ってしまったのか⋯⋯。
そんな感じに過ごしていると、見覚えのある人物が近寄って来た。
「こんな所でなにしてるんだい、坊や」
そういう店に居た人だ。
「あ、どうも⋯⋯」
声を掛けられたので返事を返した。正直気まずい。
「⋯⋯坊や。今時間あるかい?」
「え?まぁ、ありますけど」
「ちょっと付き合いな」
そう言い歩き出した。
なんのようだ?俺は訳もわからず後を付いて行った。
中央から離れ、カフェの様な店に入った。
席に通され、2人用のテーブルに腰掛ける。
「何時ものを2つ」
女の人は常連が良く使うセリフを店員に告げる。
店員が席から離れると、女の人は〈収納魔法〉から箱を出すと、中から長めのパイプを取り出して、手に持ち火を着ける。
あぁ、タバコみたいな奴か。
女の人はパイプから煙を吸い、一つフーッと長めに吐き出し、口を開く。
「悪いね坊や、折角来てもらったのに出禁になんかして」
「あー、いや、大丈夫です。どんな所か見たかっただけですし⋯⋯」
俺の返事に、女の人はクスクスと笑いながら煙を吸い吐き出す。
その一つ一つの動作が、艶めかしく大人の女の色香を出していた。
女が冗談交じりに言う。
「なんだい。冷やかしだったのかい?それとも、坊やにウチの店は早かったかい?」
「いやー、マルコさんに唆されたと言いますか⋯⋯」
取り合えず、俺を見捨てたマルコさんのせいにした。
「そう⋯⋯。 あたし達にも事情が色々あってね。3日前に、あたし達のバックに付いている人物からいきなり言われてね。理由も特に言わずに、黒髪の男は断れ、なんて言われてね。まぁ、黒髪の客なんて滅多に来ないから、あたしら的にも反対する理由はなかったんだよ」
なるほど。
なんか知らんがバックに付いてる人の逆鱗に黒髪の男が触れたのか。
俺はとばっちりを受けた感じかな。
「ま、そういう理由でね。坊やには悪いことをしたからね。理由位は教えてもいいかと思って、誘ったのさ」
「まぁ、そういう理由でしたら此方も納得しときます、腑に落ちませんが」
「なんなら、あたしが個人的に相手してあげようか?」
女の人はテーブルに上半身を軽く乗せ顔を近づけ、色っぽくささやく様に呟いた。
エッロ。俺は素直にそう思った。
お願いします!と言いたくなるがグッとこらえる。
俺がグッとこらえていると、店員がティーポッドとカップを二つ持ってやってきた。
そのまま、無言でテーブルに置き軽く会釈をしてから、テーブルに置かれた代金を取り戻って行った。
この世界の飲食店は大抵前払い式なので、その都度会計をしなければいけない。
女の人がカップに中身を注ぐ。
匂いからして紅茶かな?こっちの世界に来てから紅茶系は初めて飲むな。
「飲みな。詫びに御馳走するよ」
「⋯⋯いただきます」
一口飲む。うーん、薄い感じがする。
2人で紅茶を啜っていると、俺の背後から聞きなれた声がした。
「こんなところで何してるの?ソラ」
その声にビクッと体が跳ね上がる。
⋯⋯よし、普段通りに⋯⋯だ。
「お、おはよう、アナ。2日ぶり⋯⋯だな?」
座ったまま振り返ると、アナスタシアが立っていた。
「おはよう。その人は?」
⋯⋯やはり聞かれるか。どうしよ、誤魔化すか?いや、それだとバレた時が怖い。ココは素直に言うのがいいだろうか⋯⋯。よし!
「昨日マルコさんに連れて行ってもらった店の人でね、散歩してたらまた会ったからお茶をしてるだけ⋯⋯かな?」
く、苦しいか?嘘は言ってないが⋯⋯。アナは相変わらずニコニコしていた。可愛い。
「そうなんだ。そうだ、シャロちゃんが探してたよ?朝起きたら部屋にいないーって」
「あー、早くに起きたからな。朝飯までには戻ろうと思ってたんだがな、こうしてお茶してるから、帰りが遅くなっちゃったな、ハハハー」
乾いた笑いしか出ない。
「ふーん?⋯⋯本当は?」
アカン。これはアカン奴だ。
⋯⋯素直に白状しよう。
俺は席から立ち腰を折り曲げ頭を下げ、言う。
「すいませんでした!マルコさんに連れられてそういう店に行ってました!でもなんか黒髪の男は出禁になっていたので何もせず帰りました!そうでしょお姉さん!ねっ!」
女の人に同意を求める。
「え、あ、ああ、そうだね。その時は帰ってもらったね。これもその時の詫びのつもりであって、やましい事はないよ」
「そう、だから朝もアナに会うのが気まずく思えて。その⋯⋯すいませんでした」
沈黙が流れる、俺は頭を上げられずにいた。
「フフフ。何でソラが謝るの?何も無かったんでしょ?ソラも男の子だもんね。そういう所に興味が出ても仕方ないんじゃない?」
そう言って、アナは頭を下げている俺の頬に手を当て、体を起こす様に持ち上げ、自身の胸に持っていき頭を撫でてくれる。
流石の俺も困惑する。
え、なに、怒られない感じ?女神か?アナは女神だった?
至福の時間は直ぐに終わり、アナが告げる。
「シャロちゃんがお腹空かせて待ってるから帰ろ?」
「はい!帰ります!あ、お姉さん俺はこれで失礼します!」
俺はお姉さんにペコリと頭を下げ店の出口に向かった。
許された、やったー!
頭を撫でられた俺のテンションは上がっていた。




