55.命の洗濯
今日は曇り一つないいい天気だ。
俺は今、宿屋の裏庭でとある作業をしていた。
作業をしながら手を動かしながら、頭では物思いにふけていた。
この異世界に突然召喚され、2ヶ月は過ぎただろうか。
色々な事があったが、あっという間だったな。
只の高校生が、冒険者として生きて行く為に色々な事をしたな。
学校の制服何て最初に売り払ったっけ、まぁそのお陰で色々装備が買えたわけだが。
それに色んな人と出会ったな。
最初に出会ったシルバーファングの面々に、装備の面で世話になったカールさん。
宿屋の娘で、恐怖心が死んでるタンクガールのシャロ
冒険者の最高峰[白金]ランク冒険者で、[血濡れの魔女]と恐れられているアナスタシア。
他にも良くしてくれる人ばかりだ。
あれだ、何が言いたいのかというと。
疲れていた。
いやマジで。
人間関係に疲れたとかではなく、シンプルに体が重い。
だからこそ今、俺はその疲れを取る為に、手を動かしている。
人間が手っ取り早く疲れを取る方法。
そう!風呂だ!風呂に入りたい!たっぷりの熱々のお湯に浸かりたい!
この考え自体前から考えていた、この世界の人達は〈清潔魔法〉と云うチート魔法で、体の汚れと服の汚れをキレイに消滅する事が出来る。
そのせいで、風呂に入る文化が無くなっていた。
100年程前までは有ったらしいが、勇者が〈清潔魔法〉を開発し世界に広めたせいで、風呂に入る文化が徐々に減り。
今では貴族や金持ちの道楽でしかないという。
最初は俺も、大きな桶でも買って入ろうかと思ったが、先日のロックタートルとの出会いで考えが変わった。
コイツの甲羅使えるんじゃね?と。
そんな事を考えていると、丁度いいサイズのロックタートルをマルコさん達が狩って来たので、その甲羅を貰う事が出来た。
これなら俺1人が、足を延ばしても全然余裕がある。
密着すれば2人までなら足を延ばせる⋯⋯。
そういう事で、俺は今ロックタートルの甲羅の裏側を削っていた。
流石に、つるんとした表面では無いので、肌に傷がつかない程度には削る必要がある。付いていた肉や汚れは〈清潔魔法〉である程度は消えた。
それでもまだ残りが有るので、それを含めて削り取っている。
匂いに関しては何日か天日干ししていたので、大分消えていた。
朝一から始めて結構経つ。
勿論シャロの親父さんから、裏庭を使う許可は取ってある。
シャロも最初は興味を示していたが、淡々と削る姿に興味を無くしたのか、何処かへ行った。
アナは朝から魔石の買取価格の交渉に、アネモス家へギルドの人と一緒に向かって行った。
最初は俺も連れて行く気だったらしいが、俺が居ても邪魔だろうと思い断った。
一刻も早く風呂に入りたいのだ。
心を無にしてひたすら削る⋯⋯。
◇
お、終わった⋯⋯
触った感じ、引っかかる所はないな。後は水で汚れを洗い流し⋯⋯。〈清潔魔法〉使えばいいか。
「〈清潔魔法〉!」
削りカスが消えていく。この〈清潔魔法〉大体1㎜以下のものが消えてる感じがする。実際はもっと小さいかもしれないが、見た感じそれ位のものが消えている。1cm位の欠片は残ってるし。
消える物の大きさに制限がある感じか。
⋯⋯残った汚れは水で洗い流すしかないか。
〈水生成魔法〉で、水をバシャバシャかけながら甲羅を洗う。
甲羅を奇麗に洗い、風呂を沸かす作業に移った。
少しだけ地面を掘り、窪みを作る。
その窪みに甲羅をはめ、動かない様に固定する。よし。
焚き火をして、その中に石を入れ焼く。
待っている間に〈水生成魔法〉で水を貯める。
うーん、様子見で半分位でいいか。溢れても困るし。
焚き火は見てると、なんか落ち着くな⋯⋯。
石が赤く熱されるまでボーっと待つ。
そろそろいいか。火ばさみで石を掴み水に、の前に石に〈清潔魔法〉を掛け、表面の汚れを取る。こうしないと水に灰が浮かぶしな。
いざ!
水の中に熱した石を入れる。
ジュっという音と共にゴボゴボ泡立ち始めた。
手で水をかき混ぜ温度を確かめてみるも、まだまだヌルイな。
続けて、同じ手順で別の石を入れていく。
良い感じの熱さになったな。そのまま入ると石が邪魔なので、石を取り出して入浴の準備を始めた。
宿の裏手だし、誰も見てないが服を脱ぎ腰にタオルを巻く。
いざ!水が跳ねない様にゆっくりと入る。
お?お、おおおぉぉぉー。
ああ、久しぶりの風呂だ。
温度は熱いが、少しすると慣れて来た。
足を延ばし肩まで浸かり、全身の力が抜けていくのが解る。
ああ~。
すごくいい、風呂は命の洗濯とはよく言ったものだ。
自然と鼻歌が零れる。
~♪
「何をしてるんだ?」
シャロの親父さんが声を掛けて来た。
「風呂ですよ、風呂。最高ですね~」
「風呂か、貴族とかが入っているとか云うアレか」
「そうでーす」
お湯に浸かる俺は今夢見心地だ。
「ふむ。俺も入ってみていいか?」
「どうぞー」
⋯⋯なんて?
シャロの親父さんはおもむろに服を脱ぎだした。
全身傷痕の残るその体は、歴戦の猛者と云うには十分な様相を示していた。
宿屋の主人ではあるが、鍛え抜かれたその体は見る者を魅了し、時には圧倒するだろう。
「何で脱いでるの?」
親父さんがフルティンで入ろうとしてる。
「わー!まずは〈清潔魔法〉で体の汚れ落としてください!」
「む、そうなのか?〈清潔魔法〉」
親父さんが風呂にエントリーしてきた。
一気に水位が上がり狭くなった。
「お、おおぉ~。あ”-確かに良いなコレ」
親父さんも風呂が気に入ったようだ。
⋯⋯まぁ、こういうのも偶にはいいか。
2人して無言で風呂を堪能する。
すると親父さんが口を開いた。
「ソラ。お前に1つ聞きたい事が有るんだが。答えたくないなら、それでもかまわん」
急に真面目モードになった。
「なんですか?」
「お前、もしかしてだが。どこぞの貴族の隠し子か?」
「隠し子⋯⋯ですか?」
何故?良く分からない質問に俺は困惑した。
「お前は、俺達の知らない料理を知っているし。マナーもいい、それに読み書きも問題なくできるんだろ?」
「⋯⋯それだけでなんで、俺が貴族の子なんですか?」
「いや、確証はないがな。正直、風呂に入りたいってのは、俺達じゃ考えられなくてな」
あー、なるほど。
「残念ながら貴族の子では無いですよ、山奥で育ったんでその時に、爺さんが入っていたので、俺も入っていただけですから」
嘘がスラスラ出る、山奥育ちの設定便利だな。
「そうか。まぁいい、言っておくが。俺達家族はお前の味方だからな、何かあったらちゃんと頼れよ?」
「⋯⋯わかりました」
少しの間、2人でお湯に浸かっていた。
直ぐに終わりが訪れたが⋯⋯。
「あらあら。2人共仲良しね~」
そう言ったのは宿屋の名前にもなった、シャロのお母さん。シャーリーさんだ。
「一体何をしているのかしら~」
「待て。風呂というものに入っているだけだ。ソラが用意してくれてな、是非入ってほしいと言われてな」
こ、このおっさん秒で売りやがった!味方とか言っておいて⋯⋯。
いや、待てよ⋯⋯。
「良かったらシャロのお母さんもどうですか?俺はもう出ますので」
俺の選択はその場から逃げる、だ。後は任せます。
「あら~。いいの?朝から頑張っていたんだし」
「いえ!夫婦水入らずの時間をお過ごしください!」
速攻で服を着て、風呂の沸かし方を説明してからその場を逃げる様に去っていった。
その夜。
シャロがアナを誘って2人で入っていた。
氷の壁が立ちはだかっているので俺にはどうすることも出来ない。
⋯⋯クソッ。
なんで俺は、何時も肝心な時に居ないんだ。
己の無力さを嘆きながら、夜は更けていった




