337.第十五階層
階段を降り、目の前に広がったのは広いフロアだった。
今までの階層とは違う様子に身構える俺を待ち受けていたのは、一匹の巨大な蛇の魔物だった。
今まで見た蛇の中で、飛び抜けてデカい。
映画に登場したアナコンダよりも遥かに大きいが、電車よりは一回り小さい。
表面はゴツイ鱗に覆われており、顔つきも普通の蛇に比べて厳つい。
俺は悟った。
目の前に居る蛇が――このダンジョンの中ボス的存在なのだと。
階段の最後の一段を降りる前で足を止めた俺に対して、蛇の魔物は真っ直ぐコチラを向いていた。
「そこから先に踏み入れるのなら、相手になる」とそう言っている様に感じた。
このまま階段を登れば、追って来ないだろう。
逆にここから攻撃を仕掛けることも考えたが、それはまるでジョン・ウィックのコンチネンタルホテルのような不文律を破ることになりかねない。
そうなればクリスタルのある部屋が安全地帯ではなくなってしまう恐れがある。
やるのなら正々堂々と正面からアイツをどうにかする必要がある。
――覚悟を決めるしかないか。
俺は階段から一歩踏み出し。
第十五階層へと足を踏み入れた。
すると、蛇の魔物はゆっくりと頭を上げ――俺を見据えた。
先手必勝……!
階段を降りてすぐに駆け出し、〈深淵の弩砲〉を放つ。
漆黒の矢が蛇へ向かって飛んでいき、鱗の一部を削り取った。
やはりと言うべきか……俺の魔法の効果が薄い。
簡単に倒せる可能性はなくなったが、まだ手はある。
「〈限界突破〉!」
魔法の威力を上げればいい。
通常の状態では注げる魔力に上限があるが、コレを使えばその上限を突破出来る。
というか、この魔法は俺自身の色々な上限を突破出来るっぽい。
雫はこの魔法で余剰分の魔力を貯蔵できると言っていたが、雫自身も把握していない仕様になっている可能性がある
自分で創った物なのだから、ちゃんと把握してほしい。
下手したらシャロの〈最強の盾〉も何かある可能性がある。
帰ったら聞いてみるか。
蛇の魔物が大きく口を開き、鋭い牙を覗かせながら威嚇した。
牙の先から滴り落ちる液体が石造りの床に触れると、シューと音を立て煙をあげる。
予想はしていたが、やはり毒かそれに準ずる何かを持っているか……。
距離を取りながら魔法で制圧するしかなさそうだ。
蛇の魔物はその巨体からは想像もつかない速度で迫り来る。
すぐに行動を開始していたこともあり、蛇は横を抜け、先程まで俺が立っていた場所を破壊した。
その様子を見て、頭に浮かんだのは「死」の文字。
あれが直撃したのなら、文字通り死ぬだろう。
そんな事を考えるも、頭の中では意外と冷静を保てていた。
動きは速いが、問題なく対処出来る。
こちらを向いた蛇の魔物に向かって、呪文を唱える。
「〈深淵の崩壊〉……!」
蛇の頭を超重力の波が襲いかかり、地面へと叩きつける。
石造りの床を円形上に押し潰したが、蛇の魔物を殺すには至らない。
――だが、それでも確実にダメージは与えた。
いきなり頭をハンマー……いや、それ以上の力で殴られた様なものだ、ダメージが無いという方がおかしい。
矢継ぎ早に次の魔法を放つ。
回復する時間は与えない、一気に勝負を決める……!
威力を底上げした〈深淵の砲弾〉と〈深淵の弩砲〉を打ち込むと、体の表面の鱗が飛び散り、血が舞い上がる。
蛇の魔物は自らの損傷もいとわず、口を大きく裂くように開け、喰らいつかんとばかりに一直線に迫ってくる。
その口を目掛けて魔法を放つ――。
だが、蛇は突進の勢いを断ち切るように急旋回し、魔法の発動より速く軌道を変えて躱す。
次の瞬間、その巨体が音を立ててとぐろを巻き、俺を包囲するように囲い込んだ。
「――っ! 〈深淵の墓所〉!」
周囲に円錐状の棘が無数に突き出し、その衝撃で蛇の巨体を一瞬宙に弾き浮かせた。
そして、間髪入れず〈深淵の崩壊〉を胴体の中間地点に向けて発動する。
超重力の一撃が巨体を押し潰すように襲いかかり、蛇の体は先ほど突き出た円錐状の柱へと次々と突き刺さっていく。
それでも、蛇の魔物の動きはまだ止まらない。
〈深淵の墓所〉が消え、蛇の頭部がとぐろの中心に居る俺の場所目掛け襲い掛かる。
大きく開かれた顎を避けるため横に跳び、紙一重で躱す。
その直後――。
躱した隙間を縫って、尻尾の先端が眼前へと迫った。
――避けれない!
思考する間もなく、反射的に〈深淵の砲弾〉を複数発叩き込む。
着弾の衝撃で、僅かに勢いを殺した。
それでも、全身でその一撃を食らい。
とぐろの中心から弾き飛ばされ、フロアの壁に背中を叩き付けた。
「がはっ――!」
壁から崩れ落ち、地面に蹲る。
口の中に血の味が広がり、アラームの様に全身に痛みの信号が駆け巡る。
痛みで視界が歪み、何かが迫ってくるのが見えた。
咄嗟に二つの魔法を同時に発動した。
それは無意識的に行っていた。
朦朧とする意識の中――。
〈深淵の崩壊〉の発動する範囲を絞り、真下ではなく正面へ向ける。
続いて〈深淵の弩砲〉を重ね、同時に発動。
正面へと走る超重力の波が、漆黒の矢を加速させた。
それは閃光にも似た一筋の黒い軌跡となり、迫る蛇の魔物の眉間を正確に貫き、硬質な装甲を易々と突き抜けた。
「――はぁ、はぁ、やった……のか」
蛇の巨体が完全に沈黙したのを見届けると、
震える手でポーションを掴み、そのまま一気に喉の奥へと流し込んだ。
効果が表れるよりも早く、俺の意識は途切れた――。




