332.ズッパシ
俺たちはダンジョンの第二階層へと降り立った。
そこに広がる光景は、俺が予想していた以上の光景が広がっていた――。
通路を埋め尽くす人、人、人の群れ。
……いや、人が多いって! 何でこんな渋滞してんだよ!
二階層の通路は人で埋め尽くされており、擦れ違う度にお互いの武器や防具が当たり、「あっ、すいません」「いえ、こちらこそ」と、そんなやり取りが繰り広げられていた。
「人、多くない?」
「……ま、まあ出来立てのダンジョンだし、こんな事もあるの、かな?」
さすがのアナもこの光景に若干ひいていた。
何でこんなに人が居るんだ?
さっさと下に降りればいいものを……。
そう思いながらも、俺は日本人特有の「行列には静かに並ぶ」という特性を発揮する。
普段何かと五月蠅い冒険者が列をなして並んでいるんだ、俺たちもその流れに乗るしかない。
アナとアウラお嬢様も、無言で列に加わってくれた。
そんな二人に俺は軽口を叩いていた。
「てっきり二人なら力技で退かす、とか言うと思ったが大人しいな」
「……ソラがそうして欲しいならそうするよ?」
「お望みとあらば、この場の全員を吹き飛ばしましょうか?」
「俺が悪かった。やめてください」
下手なことをいうもんじゃないな。
眠れる獅子は、そのまま眠らせている方がいい。
眠れる獅子をあやしながら、俺たちは列の流れに乗ってゆっくりと進んだ。
そのためか、俺たちは何事もなく第三階層へと降り立った。
何というか……2,3分のアトラクションに乗るために何時間も並ぶ遊園地にきた気分だ。
そんな気持ちを異世界に来てまで味わいたくないんだけど……。
三層目は通路が広くなったが、それでも依然として人が多い。
ここは異世界のネズミーランドか……?
アナも腕を組みながら指をトントン叩き始めた。
アウラお嬢様も、無言でシャドーボクシングを始めている。
[白金]ランク勢の圧が……。
俺たちの前にならぶ冒険者たちがチラチラこちらの様子を伺っている。
「あっ、大丈夫なんでお構いなく」
俺は周りにペコペコ頭を下げながら場をとりなした。
そして魔物と出会うことなく、第四階層へと足を踏み入れた。
◇
第四階層は最初から分岐があり、冒険者の数が分散され渋滞がかなり解消された。
それでもまだ多いが、第二階層に比べればはるかにマシで、例のパンデミック全盛期のネズミーランドくらい快適だ。
目の前には三又に分かれる通路。
こういう時はクラピカ理論で右が安全と相場が決まっている。
なので俺たちは右の道を選んだ。
少し通路を進むとマリアが突然走り出した……!
……やっべ!!
「忘れてた! 止まれマリア! 待て、ステイ、お座り!」
慌てて追いかけるも、突き当たりを曲がった先にいた魔物に、マリアが襲いかかるのを止められなかった。
しかもすでに他の人が手をつけている魔物に襲いかかっている。
他の冒険者が先に手をつけた魔物に対して、横殴りするのはマナー違反とされている。
明確に罰則のある決まり事ではないが、冒険者ならば誰もが守る暗黙の了解というやつだ。
もっとも、助けを求められれば話は別だが……。
今回は完全にこちらが悪い。
「うわあああ、すいません! すぐ引き剥がすので――!」
「すまん! 助かった。不意をつかれて仲間が気絶しちまってたんだ」
「…………いえ! お気になさらず! マリアっやってしまえ!」
たまたまピンチだったようで、結果オーライだ。
マリアは三体のトカゲの魔物に拳を叩き込むも、硬い鱗に阻まれ、まともに傷をつけることができなかった。
すぐに二体を殴り飛ばして距離を取ると、何を思ったのか、大きく口を開けた残りの一体の口へと手を突っ込んだ。
次の瞬間、トカゲの口内から血の棘が何本も外へ向かって突き出し、トカゲの体は一度ビクンと跳ねると、そのまま地面へ崩れ落ちた。
マリアは手を引き抜き、血を払うように腕を振るうと、地面に一筋の赤い線が描かれた。
その光景に、俺と冒険者の男はビクッと体を震わせ、お互いの腕をキュッと掴んだ。
残りのトカゲがマリアに迫り来るも、マリアは両の前腕から湾曲した血の刃を生成。
トカゲの攻撃を躱し、地面を滑るように動き回りながら血の刃でトカゲを切り刻む。
そして、トドメとばかりに頭に叩き込んだ膝蹴りは、膝から血の刃が飛び出すという恐ろしい一撃だった。
俺と冒険者の男はヒェッとなり、お互いの肩をギュッと掴んだ。
「――ふう。終わりました〜」
そう言いながら顔についた血を拭うマリアの顔は、とてもステキな笑顔だった。
◇
冒険者たちに別れを告げ、俺たちはダンジョンを進んだ。
もちろんマリアの手は握ってある。
最初は、アナに握ってもらおうと思ったが――。
「私はソラと手を繋ぎたいな」
「私もその方がいいですね〜」
……まっ、そう言われたんじゃ仕方がない。
そんなわけで俺は今ダンジョンの中を、アナとマリアに挟まれながら歩いている。
もちろん手を繋いで。
後ろでアウラお嬢様が呆れているが、シャロの「いつもこんな感じですよー」という言葉に、「もう何も言いませんわよ」と返していた。
実際狩りに行く時は、誰かしらがマリアと手を繋ぐからな。
傍から見ればアホかと思うだろうが、これはマリアが持つ加護の呪い『魔物を見ると襲いかかる』を抑える最も有効的な手段だ。
魔物を見ても数秒堪えれば理性が戻るので、目隠しやロープで体を繋ぐよりも遥かにいい方法だ。
欠点らしい欠点もない。
俺は手を繋げて嬉しい。
マリアは呪いが抑えられて嬉しい。
すなわち、WinWinの関係である。
そんなわけで、すれ違う冒険者たちからは変な目で見られるが気にしない。
そんな事よりも、俺の中では気になる事がある。
それはマリアの戦闘スタイルだ。
マリアと出逢った当初はメイスを使っていたが、いつの間にか素手になっているし、自分をわざと傷付けるような戦い方はしなかった。
不死という特性を持つマリアは、小さい怪我程度ならば瞬時に治るし、体が潰れても元の体に再生する。
俺らの中で一番チートだ。
そんなマリアが今回みたいな戦い方をするようになったのは……多分王都に行った時期からだ。
魔王戦の時は、ミンミンアイの催眠魔法をくらった瞬間に自分の首を切り裂いて、リセットしていた。
あれは怖すぎるので、もうやらないでほしい。
王都で何かあったのだろうか? 聞けば教えてくれそうだが……本人が何も言わないなら、そっとしておくべきかもしれない。今度、それとなく聞いてみよう。
俺がマリアの横顔を見ていると、マリアもコチラを向き、ニコリと笑った。可愛い。
――が、すぐに前を向いた。
「魔物来るよー!」
シャロが前に出ると盾を構えた。
俺はアナと手を離し、剣を抜き放つ。
左手では、走り出しそうなマリアの手を握り抑える。
まったく……戦闘の度にこれじゃ、大変なんだよな。
そう思う反面、俺はこんな仲間たちと共に過ごせる事が嬉しく感じていた。
きっとこれからも続くのだろう。
――この時はそう思っていた。
そういえば、155話で酷い目にあったアネモス家の先祖の娘なんですが、流石に酷い目に合わせすぎたなーってことで下方修正しておきました。




