329.買い出し終了……!
三人と合流した俺とアウラお嬢様は市場を歩き、ダンジョンへ潜るための準備を進めた。
「ソラ、あれ買ってー」
「もう盾持ってるだろ。ダメです」
「えー見た目がいいんだよー」
シャロが指差す露天には盾が並べられていた。
どう見ても実用性皆無な装飾が施されているので、おそらく観賞用の盾なのだろう。
値段は……高ぇな。無理無理。
「あら、これが欲しいの? 私が買って差し上げますわ」
「え!? いいんですかー?」
「ええもちろん。ダンジョンでは貴女が前に出て守ってくださるのよね? その褒美とでも思ってくださいまし」
アウラお嬢様は盾を露天から取ると、そのままシャロに盾を手渡して歩き出した。
俺と店主が顔を見合わせ、店主が俺に向けて手を差し出した。
……あれ、お金は……あっ、俺が払う感じなの? 嘘でしょ?
「あ、アウラお嬢様! 代金を支払い忘れてます!」
俺の言葉に足を止めると、不思議そうな顔をして言った。
「代金は後ほどセバスが払いますわよ?」
クソっ! 考えが貴族と同じだ……!
……この人、貴族だったわ。
俺は市場のシステムをアウラお嬢様に説明し、代金をこの場で支払う必要があると伝えた。
「あら、そうでしたの。ではこちらで足りますわよね?」
そう言って〈収納魔法〉から金貨を取り出し、店主に渡そうとした。待て待て待てー!
再度アウラお嬢様を止め、渡す額が多すぎると伝えた。
「……面倒ね。生憎これより下の硬貨は持ち合わせておりませんのよ」
さすが貴族だ。
最低額が金貨とは恐れ入った。
そんなことよりも、店主が「早く払えよ」という顔をしている……仕方ないか。
「ここは俺が立て替えますので、後で払ってくださいね」
「では後程アリシアに持って行かせますので、受け取るように」
「わかりましたよ……」
俺は代金を店主に渡し、軽くなった財布を〈収納魔法〉へと仕舞った。
ちなみにアリシアとは、メイド喫茶アネモネを運営しているメイド長の名前だ。
まーた睨まれると思うと気が重く……ならないな。俺はいたってノーマルだけど、最近ちょっと癖になってきている気がする。
◇
買い出しも無事に終わ……っていないな。
アナとアウラお嬢様が度々揉めるので、なかなか進まない。
クマさんの指示した食材は買えたが、それ以外の物が買えていない。
特にポーション類に関しては、アナが笑顔で虹色に光るポーションを買ってきた。
「売れ残りが安くなってたから全部買い占めておいたよ。ソラ、これ好きでしょ?」
全然好きじゃないし、むしろ見たくもないが……アナの笑顔の前では、俺は首を縦に振るしかなかった。
「超好きー、ありがとー」
俺は虹色に光る瓶を〈収納魔法〉の奥底に仕舞った。
このポーションは味も七色に変わるせいで飲みたくないんだよな。
トリコに出てくる虹の実みたいに、旨い方向に持っていけなかったのだろうか……。
それはそうとベジタブルスカイで、トリコが今まで食べてきた野菜の事を「腐っている」なんて乏していたのはいただけないよね、食材への感謝はどこ行ったんだっていう。
俺もこのポーションを飲んだ時、今まで飲んだポーションのありがたみを知ったよ。
傷さえ治れば味なんてどうでもいいと思っていたが、味は重要な要素の一つだと気付けた。
薬膳餅の小松の気持ちが何となくわかった気がした。
……何の話だったっけ。
そうそう、アナとアウラお嬢様の話だったな。
正直この二人は仲が良いのか悪いのか、よくわからん。
さっきまでバチバチにやり合ってたと思ったら、次の店では普通に接している。
わからん……俺には女子の気持ちが分からない……。
とりあえず、残りは消耗品くらいだしこのまま何事もなければいいのだが……。
俺のそんな思いとは裏腹に、俺たちに忍び寄る影が――。
誰も来ねえや。
こういう時に限って、この状況を打破してくれる人物が現れない。
心なしか俺たちを避けているようにすら思える。
顔見知りの冒険者が居たので近寄ってみたが、「オレのそばに近寄るなああーッ」と叫んで逃げた。お前はディアボロか?
まあいいさ、さっさと買い物を済ませよう。
結局俺たちの買い物は日が暮れるまで続いた。
◇
買い物を終え、帰宅した俺たちは、アウラお嬢様と共に食卓を囲んでいた。
部屋の中にはカレーの良い匂いがした。
クマさんが寸胴鍋に並々と入ったカレーを持ってくると、山盛りの米が盛られた皿を手に、シャロとマリアとボスが沸き立った。
順番にルーをかけると、食事を開始した。
「やっぱりコレ、うめぇですわぁ……!」
アウラお嬢様の言葉が壊れた。
上品にカレーライスを食べる仕草はまるで、絵画から抜け出してきたと錯覚するほどのものだったが、一口食べるごとに「うめぇですわぁ」と言っている。
そうして食べ進める中、アナが「トイレ」と言って席を立つと――。
「シェフをお呼びになって」
アウラお嬢様は、おもむろにクマさんを呼び出した。
片付けをしていたクマさんが顔を出すと、
「もし宜しければ、我が家でその腕を奮ってみません?」
「何度も言うが、断る。食いたいならいつでも来るといい。歓迎はするぞ」
「……晩餐会を開く際は、シェフとしてお呼びしても?」
「そういうのはアレックスに頼むといい。何度頼まれようと、オレは貴族連中に媚を売る気はないんでな」
そう言ってクマさんはキッチンに戻って行った。
雫と旅をしていた時に、悪徳貴族を殺し回っていたしな。
クマさんは貴族に対して割と冷めた態度をとっているようだ。
「貴方からも、何か言っていただけないかしら」
アウラお嬢様は俺を見て、助け舟を出すよう言ってきた。
まあ、ぶっちゃけ無理だよね。
俺もクマさんの料理を手放す気はないので、素直に答えた。
「無理ですよ。ああいうクマさんなんで、諦めてください。他のことなら力になりますから」
「……そうですか。では代わりに今度、我が家が主催する舞踏会にパートナーとして参加してもらいますわね」
「え、なんで――」
「貴方自身の口から、力を貸すと言いましたわよね?」
「そ、それとこれとでは話が違うんじゃ……」
「何も変わりませんわよ。日程は追って伝えますわ」
なんかとんでもないことを約束されてしまった……。
「ただいま……どうしたの?」
戻ってきたアナは場の空気を読み、怪訝な顔をした。
「ソラがアウラ様のパートナーとして、舞踏会に出るんだってー」
「……………………は?」
「あらあら、もうバレてしまいましたわね」
サラッとシャロが舞踏会の事をバラすと、アナの目から光が消え、首を傾げながらアウラお嬢様を無言で見つめた。
その様子を見て、可笑しそうに笑うアウラお嬢様。
マリアと共におかわりを求め、キッチンへ向かうシャロとボス。
「表に出ろ」
「ええ、宜しくてよ。食後の運動にはなるかしら?」
「は? 殺す」
俺が制止する間もなく、二人は家の窓から外へ飛び出して行った。
玄関使えよ。
これで今日何度目だろうか……。
さすがにお互い本気の戦いはしないが、そのおかげで今日の買い出しは時間が掛かった。
気が済んだら戻ってくるか。
そう思っていたが――。
ドゴンッ!! と外から大きな音が響いた。
まさかと思い、俺はすぐに外へ飛び出し、二人の名を叫んだ――!
「アナ! アウラお嬢様!」
玄関から飛び出した俺の目の前には、猫のように首の後ろを掴まれた二人の姿と、それを持つママの姿があった。
「あっ……、二人が喧嘩を始めたから止めてくれたの? そっかー、さすがママ。ありがとうー」
俺の目の前に気を失った二人を下ろすと、ママは隣の敷地へ戻って行った。
「おやすみママー!」
俺が手を振ると、ママも手を振り返してくれた。
……さて、二人を部屋まで運ぶか。
俺は家の中に向かって声を掛けた。
「シャロ、マリアー、ちょっと手伝ってくれー!」
こうして俺たちの夜は更けていった。
お嬢様言葉ムズいんで、砕けた感じにしたいですがタイミングが中々ないっすね。
あとこの世界の硬貨は銅貨、銀貨、金貨の三種類だけですし、金貨一枚いくらとかの細かい値段の設定はしません。物語的に重要じゃないので。




