328.シャロしか勝たん
ピクニックを無事終えた頃、ダンジョン突撃第一陣からの脱落者が戻り始めた。
戻ってきた人たちの話によると、出現する魔物は物理防御の高いものが多いそうだ。
とにかく外骨格の硬いものが多く、弱点となる部位はあるものの、倒すのが厄介な魔物が多いと皆が口々にこぼしていた。
その様子に俺は「大変っすねー」と言うと、返ってきたのは「さすがは魔王様が見つけたダンジョンだけあって難易度が高いっすわwww」だった。ぶち殺すぞ。
そんなボケカス冒険者たちから得た情報をまとめると。
床や壁は土が剥き出しの洞窟型で、罠の類は今のところ発見されておらず、魔物だけが出現すると推測された。
一階は他のダンジョンと同様、かなり広い空間で魔物も出てこないため、基本的にはそこが最初の拠点として運営されるだろう。
階段を下りた先には、これまた他のダンジョンと同様にクリスタルがあり、移動には困らなさそうだ。
宝箱を見つけた冒険者はまだおらず、何が手に入るかはわからないが、未踏破ということもあって冒険者の心をくすぐるダンジョンのようだ。
話を聞いて、俺も早くダンジョンに潜りたくなった。
マリアの提案通り、ちゃんと準備をしてからにすると決めた以上、一度街へ戻る必要がある。
放っておくと突撃しそうなシャロを抑え、俺たちは街へ戻ることにした。
◇
「ほう、やはりダンジョンができていたのか……しかも雫のいた場所にできるとはな、不思議な縁もあるものだな」
「あれ……これって、雫の置き土産的なものじゃないの?」
「さすがのアイツでもダンジョンを作り出すのは無理だ。本当に偶然そこにできたんだろうな」
家に戻ってクマさんに報告すると、そんな答えが返ってきた。
それにしても、雫の家の跡地にダンジョンが生えるなんて、すごい偶然だ。
俺はヤツの置き土産だと思っていたが違うらしい。
「それで、いつダンジョンに潜るんだ? 食料の準備は手伝うぞ」
「あー、とりあえず明日は準備に当てて、その次の日は情報を集めて……今から三日後に潜るかな?」
「そうか。ダンジョンに潜るのなら、もしもの時のために、食材は現地調達して調理できるように調味料は多めに持っていけ。あとはそうだな……野菜や果物も多めに買い込んでおくといい。余っても後日使えばいいしな」
その後、俺はクマさんから夜遅くまでダンジョンの心得を教わった。
主に食料面についてだが……。
シャロ、アナ、マリアの三人は早々に就寝したので、俺が食料係になるだろう。
◇
「おはようございます。旦那様がお呼びですので、来てください。ほら急いで」
三人と家を出た瞬間、メイド長に捕まった。
そういえば昨日、メイド長が来るって話だったな。
俺は三人に市場へ買い出しに行ってもらうことにした。
「悪い、呼ばれたから行って来る。後は頼んだぞー」
「「「はーい」」」
三人に別れを告げ、俺はメイド長が用意した馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られアネモス邸に到着した俺は、すぐに領主様の執務室へ連行され――。
「来たか……今回の出来事の言い訳を聞こうか?」
どうやら領主様は俺が原因だと決め打ちしているようだ。
俺は今回の件が完全に偶然だということを説明した。
「……そうか。さすがにダンジョンも貴様が関係しているとは思っていなかったが、確認の意味を込めて呼んだ」
「そうだったんですね。俺もあの揺れは予想外でしたから、ではこれで失礼しますね――」
「待ちなさい」
俺がさっさと帰ろうとしたのに呼び止められてしまった。
「君たちはいつダンジョンに潜る気だ?」
「……今日と明日は準備に当てるので、それが終わってから潜ろうかと」
「そうか」
領主様はおもむろに立ち上がると、俺に近寄った。
俺が一歩後ろに下がると、逃がす気はないとばかりに肩を掴み、こう告げた。
「娘も連れて行きなさい」
……。
「娘……ということはアウラお嬢様のことですか?」
「ああそうだ。今朝からセバスが抑えてはいるが、限界がある。娘は君の仲間であ血濡れの――アナスタシア・べールイと友人なのだろう? 彼女と一緒になら万が一が起きても対処できるだろう」
「あー、そうですねー。一度持ち帰って検討したのち、検討を加速させてご報告させて頂きますね」
「それでは遅い。このままアウラを連れて行きなさい」
このままでは面倒事を押し付けられる……! そう思った俺はやんわり断ることにした。
「いやいや、平民である自分がアウラお嬢様を連れて行くのは……さすがに身分も違いますから……ねえ?」
「貴様はそんなことを気にするような男なのか? それにだ、冒険者ギルドの訓練所でで娘と殴り合っているという噂を耳にしたのだが……それが事実なら不敬にあたるな?」
「…………わかりました。本人の意思を確認してから――そう、確認してからダンジョンに連れて行くか決めましょう」
「そうしたまえ。ではもう行っていいぞ――そうだ、くれぐれも娘に変な気を起こさぬように」
「もちろんです! 失礼しましたー!」
俺は執務室からササッと退室し、部屋の外で待機していたメイド長にアウラお嬢様の元へ案内するよう頼んだ。
「お話は事前に伺っておりますので、こちらへどうぞ。お嬢様が朝からお待ちですよ。ほら、チンタラせずに早く歩いてください」
メイド長が手をパンパンと叩き、俺を急かす。
仮にも貴族の屋敷なんだから走れるわけないだろ……! 俺は早歩きでメイド長の後をついて行った。
◇
結果から言えば、アウラお嬢様はついてきた。
市場への買い出しを自ら申し出るくらいには、やる気満々だ。
メイドの手を借りずに、そういう準備を一度はしてみたかったのだそうだ。
アウラお嬢様は普通に美少女だし、はしゃいでいる姿は可愛いので、俺は協力することにした。
市場へ着いた俺は、手にはめている指輪――番の指輪に魔力を込めた。
これは以前アナから貰った指輪で、名前の通り二つで一つの魔道具になっている。
魔力を込めると、はめ込まれた石が赤く光り、線のように伸びる。
距離が離れていれば短く、近ければ今のように長く線が――。
赤い線は俺の後ろへ伸びていた。
ゆっくり振り返ると、アナがにこやかな表情で立っていた。
――杖を持ちながら。
まだ慌てる必要はない。
何もやましいことはしていないのだから。
だが言葉のチョイスをミスれば、首から下が氷漬けにされてしまう。
雫がいなくなって意気消沈していた俺を、マルコさんに強引にそういう店(女の子と楽しく飲むだけの店)に連れて行かれた時、なぜかアナがやってきて俺を氷漬けにして持ち帰ったことがある。
たまたま街で会った顔見知りの冒険者のお姉さんに、「ご飯でもどう?」と誘われホイホイついて行くと、何故か行き先にアナがいたりする。
本人は偶然と言っているが……多分違うよね? 絶対何らかの方法で先回りしている。
今回もそのパターンだろう。
そして相手はアウラお嬢様だ。
ちょっと前まで、アウラお嬢様はアナのことを友達だと思っていたが、アナ本人はアウラお嬢様をただの知り合い程度にしか思っていなかったこともわかった。
今では友達同士……になったはずだ。なったはずなので、慌てる必要はない。
さすがのアナも市場のど真ん中でやり合うようなことはしないだろう。
「なんでアンタがソラといるの?」
「あらあら、そんなに魔力を漏らして……嫉妬は見苦しいわよ?」
「わかった、殺す」
君たち、友達同士になったんじゃないの?
売り言葉に買い言葉で空気が最悪である。
俺はアナに近づき、手を取り言った。
「まあまあまあまあ、落ち着いて。実は領主様からアウラお嬢様とダンジョンに行くよう依頼を受けてね。その準備のために市場に来たんだよ。ほら、アウラお嬢様って貴族令嬢だからね。自分で準備を進めたいって言うから、皆と合流するために連れてきたんだ。そうですよね、アウラお嬢様?」
「あら、私は貴方と二人きりで準備をするものだと思っていましたのよ?」
え、マジぃ? ちょっとそれは魅力的な提案だなぁ。
アウラお嬢様の申し出に俺の心の天秤が揺らいだ瞬間、体感温度が急激に下がってきた。
「ソラは私と一緒がいいよね?」
「あら、私よね?」
美少女二人から板挟みにあう。
実際に受けてみて気付いた、これ結構地獄だわ。
両者とも俺を平気で殺せる戦力があるので、どちらかを立てればどちらかが殺意の波動に目覚める。
俺が死を覚悟したその時、救いの女神が現れた。
「ソラー、なにしてるのー?」
「シャロ! 皆で買い物するぞ!!」
「……? おっけー。あれ? 何でアウラ様がいるのー?」
誰が相手であろうと自分のペースを崩さないシャロに、二人は「一時休戦ですね」とこぼした。
やっぱりシャロしか勝たん。
俺は改めてそう思った。
シャロのキャラデザはマジでかわいいので期待してください。




