325.無事解決……か?
ボスと共に広場へ戻って来た俺は、夕方まで張り込みをすることにした。
張り込みといえばあんパンと牛乳だが、生憎とあんこは忍びの里でも手に入らなかったので、普通の丸パンをボスと共に食べながら待機。
牛乳っぽい飲み物を飲みながら素朴な味の丸パンをボスと食べていると、周りにいるやみけん共も集まって来てしまった。
さすがに五十個もパンと牛乳があるわけではないので、俺の〈収納魔法〉に眠る料理を開放して分けて食べてもらうことにした。
俺にしか見えていないが、広場に広がる森の中でボスとやみけん共が宴会を始めた。
俺も混ざりたいところだが……俺が混ざっても森の中で一人酒を飲む悲しい男の図にしかならないので、離れた位置から眺めることしかできない。
そんな俺の周りに酔っ払い共が群がってくる。
「よおソラー、この森どうにかしろよ~」
「お前んとこのママさんが原因だろ~? 広場がこんなんじゃ女も誘えないって~」
「別に害はないが……広場で遊ぶ子供たちを眺めらないからなんとかしてほしいね」
「アンタ、シャロちゃんたち放っておいてこんなことしていいわけ~」
クソ酔っ払い共が……好きかって言いやがって……。
一人は憲兵に突き出すべき人物だろうに……なに被害者面してるんだか。
俺は酔っ払い共に付き合って宴会を始めることにした。
もちろん仕方なくだ。
仕方なく。
◇
うぇ~い。
すごく気分が良い。
日もそろそろ傾き出した頃、広場に広がる森が一本を残して消え去っているのに気付いた。
……くそっ! 異変を見逃すなんて……何たる失態……!!
心なしかやみけん共の数も減っている。
彼らはちゃんと俺からの任務を全うしてくれているのだろう。
こうなっては仕方無いので、俺は一番最後に残ったあの木の後をつけることにしよう。
木は根っこを器用に使い、「よっこいしょっ」といった感じで立ち上がると、そのままテクテク歩き出した。
なん、な、なにあれ……。
あまりの光景に俺の酔いは冷めた。
そしてこの光景を目の当たりにしても、酔っ払い共は気にしている様子がない。
俺は酔っ払いに尋ねた。
「あれ、なんですか?」
「ん? ああやって移動するんだよ」
「そうそう。器用だよなー」
もう見慣れた光景なのか……。
そんな話をしている間に、木は広場から出ようとしていた。
やべぇ、早く後を追わないと。
「じゃ俺はもう行きますんで」
「子供たちの為に早く解決してくれよー」
「三人と仲良くするのよ〜」
酔っ払い共に別れを告げ、俺は広場を後にした。
◇
ボスと共に木のあとを追跡する。
木は街の中を進み、ある一軒の家の前に辿り着いた。
その家のそばには穴が開いており、その穴の中に木は根を下ろすと、そのまま動かなくなった。
ふーむ。これが異変の正体ってわけか……想像以上に訳がわからんな。
俺は一旦思考をまとめることにした。
この世界には魔法や魔物が居るのだが、植物が動き回るというのは、さすがにない。
「トレント」という魔物はいるらしいが、歩いたりはせず、基本的に待ち伏せで獲物を襲うタイプの魔物だ。
他にも植物系の魔物はいるが、基本的に人間に襲いかかるため、今回のように街の中をただ歩くという魔物はいない。
それにママがこの街に来てから起きている現象のようだし、報告のために二、三日様子を見てから相談してみるかな。
その後、シャーリー亭に向かい、三人に街の異変を調査することを伝えた。
「おもしろそー! あたしも調査したいー!」
「遊びじゃないんだぞ?」
「……この前の約束、まだだったよね?」
「この前?」
「お爺さんの村でのやつー」
「無事に[銀]ランクになったんだし無効じゃね」
「は? なんで?」
シャロの目からスッとハイライトが消えたので、俺はビクッとした。
「い、いや、やっぱり約束した以上はちゃんとしないとダメだよな。うんうん」
「だよねー!」
「ふふふ、それじゃ私たち三人が一日交代でソラと一緒に調査するってことでいいよね」
「そうですね〜。誰からにします〜?」
そういうことになった。
◇
じゃんけんの結果、初日はマリアと共に調査を開始する。
日の出前から木の前で張り込み、動き出すのを待つ。
「……動かないな」
「ですね〜。別の所に行ってみますか?」
「そうだな」
日が昇っても木が動く気配はなかったので、別の場所へ移動した。
その後はマリアと食べ歩きをしながら街中を歩き回った。
二日目はアナと共に、再度日の出前から別の木で張り込みを開始した。
日が昇り始めた頃、木がガサガサと音を立てて動き出し、そのまま「よっこいしょ」と立ち上がって移動を開始した。
「え、何これ」
さすがのアナも驚いているようだ。
「ママが来てからこうやって動くようになったらしいんだよ。実際に見てみるとビビるよな」
「そうだね……それで、この後どうするの?」
「とりあえず後をつけるか。行き先は広場だけじゃないかもしれないからな」
「ん、わかった。それじゃ行こ」
アナはそう言って、俺の手に指を絡め、いわゆる恋人繋ぎをすると、歩き出した。
その後、やはり木は広場へ向かったため、他の場所を確認するためにアナと街を歩き回った。
三日目はシャロと共に調査を開始……といきたいところだが、あいにくの雨。
念のためシャロと街を歩いたが、木が移動している様子は見受けられなかった。
今日は異変が起きないか……雨だからか? いまいち法則がつかめないな。
変化がないので、シャロとシャーリー亭で過ごすことにした。
思えば、シャロと二人っきりで過ごすのは久しぶりだ。
この世界に来て、初めてできた仲間。
つらいことも一緒に乗り越えてきた唯一無二の相棒でもあり、メイン盾でもある。
「これからもよろしく頼むぞ?」
「えー? どうしたの急にー」
「こうして二人だけなのも久しぶりだからな、なんとなくだよ。なんとなく」
「ソラとの付き合いはあたしが一番長いからねー、これからもよろしくね?」
「もちろんだ」
二つのグラスを打ち鳴らし、アレックス君が作ってくれた料理を二人で食べながら、少しだけ昔話に花を咲かせる。
◇
翌朝、俺はママに今回の異変の原因を聞くことにした。
「――と言うわけなんだけど、ママは何か知ってる?」
ママは少し考えたあと、俺の後ろに向かって手招きした。
その仕草に俺も後ろを振り返ると――。
いつの間にかキー坊が立っていた。
「……キー坊を連れていけってこと?」
ママは頷いた。
キー坊は「俺に任せておけ」といった態度でたたずんでいる。
仕方がない。義弟が張り切っているみたいだし、長兄としてサポートしてやりますかねっ。
「行くぞキー坊!」
俺はキー坊と共に歩き出した。
◇
「……で、なんだって?」
広場に集まっている木に向かって、キー坊が対話を試みていた。
声が聞こえるわけではないので、何を言っているのかわからない。
しばらくして、対話を終えたキー坊がジェスチャーを始めた。
「えーっと、手を合わせ……寝る? で、起きる。起きて、パラパラ……雨か? 違う? うーん……あっ、太陽の光か? よし。起きて太陽の光を……浴びるんだな。で、歩き出す。あーなるほど、つまりこういうことか」
俺は今までの調査を思い出し、一つの結論に達した。
「もしかして、日当たりのいい場所に移動しているだけなのか?」
キー坊が「その通り!」と葉っぱの生えた枝を俺に差し向ける。
なるほど、それなら日の出と共に移動して、日が沈むと共に元の場所に戻る理由に納得がいく。
思い返してみれば、マリアと最初に張っていた場所は日当たりが良かったし、アナとの時は日当たりが悪い場所だった。
シャロの時はそもそも雨なので、移動しなかったのだろう。
そしてなぜ広場に集まるのかというと、ここは周囲に高い建物がないので日当たりがいい上に広い。
なんというか、結構まともな理由だったな。
原因はわかったが、解決策が思い浮かばない。
全ての場所の日当たりを良くするなんてのは無理な話だ。
どうしたもんかと考えていると、キー坊が「俺に任せろ」とジェスチャーした。
「ほお……いいだろう。お前に任せよう」
キー坊は再び木と対話を始めた。
またしばらく経つと、広場の木が突然移動を開始し始めた。
ほお……やるじゃないか。義弟の活躍に、長兄として鼻が高いよ。何したんだ?
「なんて言ったんだ?」
するとキー坊は再びジェスチャーを始めた。
「あの木が、ぐるぐる、回転? 別の木がぐるぐる」
キー坊のジェスチャーを読み解く間に、広場の木は数本を残し、残りは広場を去っていった。
うーん? もしかして……?
「ローテーションを組むってことか?」
俺がそう言うと、キー坊は「それだ!」と枝を指す。
なるほどね、広場で日光浴をする木は日替わりで入れ替わるってことか。
これで解決……ってことでいいのかな?
メイド長に報告して、あとは様子を見るしかないな。
「キー坊。助かったよ、ありがとう」
俺がそう言うと、キー坊は何故か驚いたようなリアクションをとった。
コイツ、俺が感謝の言葉も言えないようなやつだとでも思ってたのか? 可愛げのない義弟だろうと、何かをしてくれたのならお礼を言うに決まっているだろうに。
「ほら、ママの元に帰るぞ」
問題も無事解決したっぽいので、俺たちは家路についた。




