323.ソラの華麗なる日々③ 終わり
家に帰る途中、俺は謎のモフモフした人物たちに拉致された。
拉致されたといっても、縄で縛られたり袋に入れられたりしているわけじゃないので、慌てる必要はない。
こう、両手で頭の上に持ち上げられている感じだ。
とはいえ、何もしないのも違うので――。
「あのー、どこに連れて行かれるんですか?」
「申し訳ない魔王殿。もうしばしの辛抱を」
「もう少しで着きますので、何卒」
「あ、はい……あと魔王呼びはやめてくださいね」
俺はそのまま二人に担がれながら、街を駆け抜けた。
◇
暗い部屋。
長方形のテーブルを囲むように座る者や、その後ろで立っている者など、部屋の中は人で溢れていた。
その見た目は、全員が様々なローブに身を包み、目深に被ったフードで顔を隠している。
若い女の声が、周囲に確認するように響いた。
「定刻になった。では皆の者、開始するぞ」
全員が無言で頷くと、それぞれが〈収納魔法〉から何かを取り出し、テーブルの上へと置いた。
何かの爪や、人形のような物。
布に刺繍された絵。
爪痕の残る丸太の残骸など、様々な品がズラリとテーブルに並ぶ。
その場にいる全員が、テーブル上の品々を吟味し、互いに品評し合っていた。
意見が食い違うと、最終的な判断は決まってテーブルの奥に座る人物に委ねられる。
今もその人物は人形を手に取り、全身を隅々までチェックしてこう告げた。
「毛の色が少し違うな。あと胸の毛は白だ。灰色じゃないぞ」
「ほらみなさい! 私の言った通りでしょ?!」
「……くっ、手持ちの材料がそれしかなかったんだもの、仕方ないじゃない」
文字通りキャットファイトを始めそうな猫型獣人のお姉さん二人に、男は告げる。
「まあまあ、毛の色が違うだけで、他はよく出来ていると思いますよ。これからも精進してください」
男の言葉に、二人は頭を下げた。
「ありがとうございます、魔王さん」
「私も少し言いすぎてしまいました……」
「お気になさらず。あと魔王呼びはやめて?」
この謎の人物の正体、それは――。
俺である。
拉致られ、連れてこられた先はこの薄暗い部屋。
なんでこの世界の奴らは、こうも薄暗い部屋に集まるんだよ。必ず暗くする決まりでもあるのか?
俺は呪文を唱えた。
「〈照明魔法〉!」
光の球体が現れると同時に、悲鳴が上がる。
「ぎゃああああ、め、目があああ」
「眩しいぃい!」
「誰だ〈照明魔法〉を使ったやつは!?」
「えぇ……?」
予想外の反応に、俺は慌てて光の球体を消した。
再び薄暗くなる室内。
代表と思しき犬型獣人のお姉さんが、俺に向かって言う。
「魔王殿。強い光に弱い者もおりますので、〈照明魔法〉はお控えください」
「す、すいません……」
えぇ……俺が悪いの? 俺は夜目が利くから問題ないけど、普通の人なら最初に明かりを点けるレベルで暗いよ?
そもそも、なぜ俺がこんな目にあっているのかというと――。
全ての原因はクマさんにある。
なぜなら、この集会の名前は「ミーシャファンクラブの集い」
そう、あのクマさん――。
滅茶苦茶モテるのだ。
主に種類を問わず、獣人のお姉さん方から滅茶苦茶モテる。
聞くところによると、どうやらクマさんはイケショタらしい。
そう、イケメンなショタだ。
たしかに他の熊型獣人と比べて圧倒的に身長が低い。シャロにさえ負けるくらいだ。
だからショタなのだろう。
そんな見た目のクマさんだが、中身はクールで面倒見がいい。
どうやらそのギャップが、お姉さん方の何かに触れたらしい。
そしてあのクマさん、冒険者ギルドに登録している。
別に上のランクを目指しているわけではなく、魔物の解体が目的だ。
なぜ解体なのか。ここで少しギルドについて説明しておこう。
ギルドには、冒険者ギルドのほかにも薬師ギルドや鍛冶ギルドなどが存在する。
そして各ギルドには特典のようなものがある。
冒険者ギルドでは無料宿泊施設や訓練所、依頼の斡旋、そして魔物の解体が利用できる。
一応、魔物の解体は冒険者以外も依頼できるが、手数料が冒険者の十倍はかかる。
それは、解体があくまで冒険者の討伐対象を扱うため、部外者が依頼して冒険者の分が後回しにならないようにするためだ。
そうした理由で、クマさんは食材の調達費を抑えるために冒険者登録している。
ほんと頭が下がる思いである。
ちなみに、二つのギルドに同時登録はできない。
特典だけを都合よく使わせないためだ。
ただし、双方に大きく貢献すれば例外的に両方に所属できるらしい。
最近、薬師ギルドのレピオス氏が「所属しない?」と打診してくるが、恐らくママの生み出す薬草が目当てなのだろう。
俺が頼めばママも応じてくれるだろうが、そんな事のためにママを都合よく使うなんてことは、俺が許さん。
正直「一昨日来やがれ」と言いたいところだが、魔法のある世界でそれを言うと本当に来そうで怖くて言えない。
なので丁重にメイド喫茶アネモネに連れて行って満足してもらっている。
話がそれまくったが、クマさんがモテるという話に戻ろう。
あのクマさん、冒険者に登録しているので時々ワイルドボアを狩りに行く。
そのとき駆け出しの冒険者を高確率で助けるそうだ。
死にかけた新人を救うイケショタ獣人――そりゃモテるよねって話。
俺なんて最近は新人に会うと「ヒェッ」か「ひいいぃぃ」と言われる始末だ。
ママをこの街に連れて来てから、俺の評判はとにかく酷い。
トドメの魔王呼びである。
馴染みの店のおばちゃんにすら「皆アンタのこと魔王って呼んでるけど、意外としっくりくるねえ」と言われる。
品行方正で清廉潔白が服を着て歩いているような、謹厳実直を地で行く俺が、なぜ魔王なんて呼ばれなきゃいけないんだ……!
なぜこうも世界はイケメンにだけ優しいんだ……。
俺にだって少しは優しくしてくれたっていいだろ……!!
再度話を戻そう。
そんな理由でクマさんはモテる。
モテた結果、このファンクラブが出来たわけだ。
「清聴! 本日の会合はこれにて終了とする。交換等は終わり次第、各自で行うように。解散!」
まとめ役の獣人のお姉さんが号令を掛けると、各自自分の品を手に取り、部屋をあとにした。
「魔王殿。ご参加いただき感謝します。少ないですがお納めください」
そう言って獣人のお姉さんは俺の手を握り、金を握らせた。
俺は手の中の金額をチラッと見て言った。
「まあね、俺も何かと忙しいんだけどね。事前に言ってくれれば参加しますのでね。その時は遠慮せず言ってくださいね」
俺は再度手に入れた臨時収入を片手に、小屋をあとにした。
ひい、ふう、みい……結構な額をくれたな。
正確な金額を数え終え、再び懐にしまう。
ちょっと話を聞いて意見を言うだけでこれくらいもらえるなんて、割のいいバイトだな。
俺は臨時収入を引っさげ、今度こそ家に帰ることにした。
ちょうどいい時間だし、冒険者ギルドで一杯引っかけて帰るかな。
普段よりも忙しい一日に少しだけ疲れた俺は、冒険者ギルドに併設された酒場へと足を運んだ。
その後、俺を回収するシャロの姿が目撃されたという。
原稿は返信待ちの為、本編の更新を再開出来るのですが、異世界恋愛物の短編に挑戦しておりまして、なんかいい感じの話が浮かんだので、そちらが完成したら本格的に更新再開します。
まことにごめんなさい。




