322.ソラの華麗なる日々②
「お待たせ致しました」
ドンッとテーブルに置かれたオムレツから少しソースが跳ねて、テーブルを汚す。
「メイドさん特製おいしくなるおまじない付きオムレツ」の上には本来、トマトっぽい野菜のソースでハートが描かれている。
本来であれば、客の目の前でハートを描かせたかったが、ケチャップがない。というかチューブの容器も無い。
なので、提供前にハートの形にソースを掛けることで妥協した。
こればっかりは仕方のない事だ。
ケチャップにしても、アレックス君が開発に取り掛かってはいるが、難航しているので気長に待つしかない。
味の正解が俺の記憶だよりなので大変だろう。
めっちゃ他人事だが、アレックス君が「頑張るよ」と言ってくれたんだ。
頑張ってもらうよ。
最近は「もう完成でよくない?」と言っているが、まだまだ納得のいく味ではないので、頑張ってもらいたい。
頑張るって、言ったんだからさっ。
話を戻すとしよう。
本来ならハートが描かれているはずなのだが、器用にも文字が書かれている。
異世界語で「かえれ」の文字。
まったく……接客をなんだと思っているんだか。
こういう事が出来るならもっと早く言って欲しい。
客の要望した文字を書くことが出来るじゃないか!
文字は追加料金を……いやいや、サービスにする事で更なる集客を……。
俺がオムレツを前に考えていると、メイド長は怪訝な様子で言った。
「またよからぬ事を考えているのですか?」
「いや? 全然?」
俺は常にこの店の発展を願っている。
その証拠にメイド喫茶だけじゃなく、執事喫茶にも力を入れている。
多種多様な面の良い執事をアウラお嬢様に選んでもらった。
イケおじ枠としてセバスさんも欲しかったが、あの人は多忙なので残念ながらたまにしか出勤出来ない。
でもその方が、レア度が増すからいいかもしれないが。
因みにここで働く従業員は、アネモス家で働く日とこの店で働く日をローテーションしている。
メインの仕事は、アネモス家の使用人なので、こちらは余っている人員と使用人になりたての新人が研修がてらやってくる
言い方は悪いが、ミスをしても平民しか来ないこの店で経験を積ませようということらしい。
新人はミスしてなんぼだと俺は思うが、貴族の世界ではそうもいかないようで、ものによっては、ミスをした本人の首が物理的飛ぶこともあるそうだ。
その辺の事情は、俺には関係ないので、アウラお嬢様に丸投げである。
話が逸れたな。
俺は考えをメイド長に話した。
「文字が書けるならさっ、客の好きな文字を書く事が出来るよね?」
「――ちっ、余計なことをしてしまいましたね……」
「あとさっ、おまじないは?」
メイド長はため息をついて手で雑なハートを作り出し、おまじないを唱えた。
「おいしくなーれ、もえもえきゅん」
すごい棒読みだったが、やるだけマシか。
おまじないを唱えたメイド長は、俺の向かい側に腰を下ろした。
「なぜお嬢様は、私をここに残されたのでしょうか……これまでずっとお仕えしてきましたが、こんな場所に追いやられるような失態を犯した覚えはありません」
座ったと思ったら、なんか語り出した。
話の流れ的に俺に話し掛けてるんだよな?
何故、と俺に聞かれてもって感じだが……まあいい、それっぽいこと言っときゃいいだろう。
「それだけ信頼されてるんじゃないかな? 仮にもこの場所は、マ――緑の魔物を見張るために作られたわけだし。恐らくは、アウラお嬢様は、アナタになら任せられる……そう思ったんじゃないですかね?」
知らんけど。
今度会ったら聞いてみよ。
メイド長は俺を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
「貴方は、私が思っている以上に物事を見ているのかもしれませんね……」
見てないよ? 割とガバガバよ、俺。
とりあえず、意味ありげにオムレツを一口食べる。美味ーい。
「実際、緑の魔物の傍に居るのは、並大抵の根性じゃ出来ない事だ。でもアナタなら投げ出さずにやり遂げる、とアウラお嬢様は確信したんでしょうね」
なんかさっきと同じこと言ってる気もするが……まあいいか。
残りのオムレツをかきこみ、席を立つ。
「信じるかどうかはアンタ次第だ。それか、本人に直接聞いてみるといい。案外照れながら教えてくれるかもしれないしね」
食うもん食ったし帰ろ。
俺は颯爽と店を出た。
ちなみに代金はその都度前払い制なので、すでに代金は払ってあるのでそのまま出ても問題ない。
店を出て、少し歩くと後ろから――。
<ほげぇぇえええええ!
そんな声が聞こえてきた。
言い忘れていたが、メイド喫茶の二階部分が監視する為の場所になっていて、交代でアネモス家の使用人が監視を行なっている。
そんな中、ママのプレッシャーに耐えられなくなった新人たちが、ああして叫び声を上げる。
憲兵を置けよと思うだろうが、これにはワケがある。
最初は憲兵を置いていたのだが……。
アナが「ママに殺気を向けるな」と言って何度も襲撃してしまう事態が起きた。
本人たちも自覚していない無意識の行動にアナがご立腹の為、予定を変更してアネモス家の使用人が監視することになった。
俺ですら理不尽だと思う。
丸くなったとはいったい……。
そんなわけでメイド喫茶を後にした俺は、ある場所へと向かった ドレスラードの城壁近くにある広場。
そこに少年少女が綺麗に整列し、棍棒を振っていた。
おー、やってるやってる。
俺はゲバルト派が運営する孤児院へとやって来た。
ここは様々な事情で親を亡くした、身寄りのない子供たちが身を寄せ合いながら暮らしている。
ゲバルト派は魔物を殺すことを教義としたイカれた宗派だが、こうして孤児の面倒を積極的に見ている。
マリアの恩人であり、ゲバルト派ドレスラード支部のまとめ役でもあるイザベラさんが、ボソッと「数は正義」と言っていた気もするが、気のせいだろう。
子供たちに明日を生き抜くための力を授けるのが目的だと信じたい。
素振りをする子供たちに混じって、一人の老人がいた。
「ほれ、芯がぶれておるぞ。君は棍棒でなく別の物がいいじゃろう」
そう言って、子供から棍棒を取り上げ、木剣を渡した。
困惑する子供に、老人は言った。
「無理して自分に合わない武器を使う必要はないんじゃよ」
子供はその言葉に頷き、素振りを再開する。心なしか先程よりも良い感じに見えた。
老人はその様子を見て一つ頷くと、俺に近寄ってきた。
「何か用かの?」
「いや、爺さんがちゃんとやれてるか見に来ただけだよ」
「ほっほっほ、大丈夫じゃよ。今度は……ちゃんと指導するでの」
あれからアーサー爺さんは、正式に俺たちの家に住むことになった。
寝る部屋はクマさんと一緒だが、爺さんもクマさんもそれでいいと言っている。
知らぬ間に意気投合したのだろう。
そしてタダ飯食らいというわけにもいかないので、今は孤児院と冒険者ギルドの二箇所で日替わりで剣を教えている。
もちろん、空いた時間に俺も爺さんの稽古を受けている。
ほかの連中と違って、マンツーマン指導だ。
「実戦に勝る訓練なし」とキングダムの王騎将軍みたいなことを言いだして、爺さんと打ち合うはめになった。
家の庭で、ママお手製の棒切れで打ち合っていると、どこからともなくヒーラーが二、三人やって来ては回復魔法を掛けてくれる。
爺さんの力加減は絶妙で、俺の意識が飛ばないギリギリを見極めて叩いてくる。
そして即座に回復魔法が飛んでくるので、すぐに意識がハッキリとする。
そしてまた叩かれてギリギリ踏みとどまる。回復。踏みとどまる。回復の繰り返しである。
爺さんの流派に、型や技は無いのだという。
絆の呼吸、奥義・鬼〇の刃とかもないそうだ。
映画版必殺技とか、そういうのを教えて貰えると思っていたので少しガッカリした。
爺さん曰く、「上手く剣を振れ」とのことだ。
どんな体勢であっても致命の一撃を放てるよう、とにかく上手く振れるようになれ、と。
アーサー爺さんは、何十年も人に教えてこなかったせいで、説明が下手なのである。
「型や技を教えて」と言っても、あんなもの自分が次に何をするのか教えているようなものなので、使うだけ無駄だ、と。
言いたいことは何となく理解出来るが……、「やっぱり技とか欲しいよね」って言うと。
「ワシから一本取れるようになったら考えてやるわい」
そう言って爺さんは高笑いをしていた。
実際その域に達していないので、大人しく爺さんの言うことを聞くしかないのだ。
そんなわけで、俺は今絶賛修行パートなのである。
今日はその息抜きに街をぶらついていた。
「じゃあ俺は行くよ」
「うむ、……というかなにしに来たんじゃ?」
「様子を見に来ただけだよ」
頑張るキッズたちの姿を見て満足したので、家に帰ることにした。
孤児院を離れ、家に向かう途中の曲がり角を曲がった。
その直後、何かモフモフした人物に拉致られてしまった。
書籍作業に入るためまた少し更新が止まります。
情報が出せないだけでちゃんと進行しているのでお楽しみに!!




