320.それからああなるの
アイリさんに通された部屋には既に、ギルドマスターと領主様が居た。
アイリさんはさっさと部屋から出ていったので、俺一人取り残された。
しかも二人とも対面に座っているので、俺の座る場所はない。
とりあえず少し離れて、間に立っておくことにした。
「来たか小僧」
領主様が口を開く。
早速小僧呼ばわりとは、穏やかじゃないねぇ。
「とりあえず、貴様の考えを聞こうか」
……なんの? 考えも何も俺は呼ばれたから来ただけなんだよね。
俺は首を傾げた。
「……緑の魔物を今後どうするのか、貴様の考えを我々に聞かせなさい」
なるほどそういうことか。
とはいえ今後と言われてもなぁ。
これといって何も考えてないし……適当にそれっぽいこと言っておくか。
「マ、緑の魔物は確かに危険な存在かもしれませんが、同時に豊穣をもたらす存在として語られる事があります。なので、ドレスラード周辺の作物には良い影響があるものと推測出来ます。しばらくは様子を見て、悪影響が出るのであれば、別の土地に移る、という事もありうるかと思います」
実際はそんな気ないけど。
ママが悪影響になることなんて有り得ないでしょ。
なんとかなるさ。
俺の言葉を聞いた二人は考える仕草をし、先にギルドマスターが口を開いた。
「俺からも一つ聞いておきたい。どうやってアーサー殿を連れてきた。緑の魔物を使って脅したのか?」
なんて人聞きの悪いことを……。
「爺さんの心残りを解消してあげただけですよ。一応緑の魔物の力は使いましたが、決して脅してはいません。嘘だと思うのなら本人に聞いてみて下さい」
その辺の事情は爺さんに説明してもらえば済むわけだし、俺が詳しく話す必要もないだろう。
ギルドマスターは「そうか」と言うと、コップの中身を飲み干した。
ほのかに香るアルコール臭。
コイツら酒飲んでやがる……。
俺の視線に気付いたギルドマスターは言った。
「呑まんとやってられんよ……ほんと」
領主様も無言で頷き、口を開く。
「今回の件で王都や周辺の貴族から連絡が引っ切り無しでな、寝る暇もない。まったく、間者共を監視だけに留めずに、始末しておけばよかったと後悔しているところだ」
そう言った領主様の目には確かにくまができていた。
「大変そうっすね」と口に出すと何されるかわからないので口を塞いでおく。
領主様は続けた。
「少なくとも、私が治めるドレスラードに住んでる以上、貴様とその仲間のことは守ってやる。今後、様々な人間がお前に会いに来るだろう。それこそ人を騙すのに長けた奴らが、だ。どうしようもない時は我が家の門を叩きなさい…………貴様にアウラを……くっ」
領主様は苦虫を噛み潰したような顔をして黙ってしまった。
つまりアネモス家が、俺の後ろ盾になってくれるということか。
アウラお嬢様をどうするのかわからないが、もしかしたら護衛として傍に置いてくれるのかもしれない。
貴族令嬢をそんな使い方していいのか?
さすがの俺でも、そんな失礼なことを聞くことは出来ない。
なのでここは、万が一の時にそうする意思があるという事を伝えておこう。
「領主様。もしもの時はよろしくお願いします」
俺の言葉を聞いて、ギルドマスターは大笑いした。
「アッハッハ! フィーロ様、この男は度胸がありますなあ!」
領主様は無言でコップの中身を飲み干すと、そのまま酒瓶から直接飲み始めた。
領主って大変なんだな。そんな感想が浮かんだが口には出さずにそのまま飲み込んだ。
「えーっと、それで用件というのはこれで終わりでしょうか?」
「ああそうだ。我々は君を信じることにしたからな。せいぜい我々の信用を裏切らないようにしてくれたまえ」
ギルドマスターがそう言うと、立ち上がり、手を差し出した。
握手ってことか。
差し出された手を握り返す。
「うんうん。これからも冒険者ギルドの利益になるように動いてくれ。そうしている間は私たちも君の味方だ」
「わかりました」
短く返し、手を離す。
少しだけ手に痺れが残った。
これはギルドマスターなりの無言の圧力なのだろう。
そんな事はしないと、自分でもわかってはいるが、それは絶対ではないということ。何かのきっかけで、この街全てと敵対する事になるかもしれない……。
まあいいや、そうならないように気をつければいいだけの話だ。
用件は済んだようなので、俺は退散するとしよう。
「それでは、これで失礼します」
「ああ、気をつけて帰りなさい」
ギルドマスターはちゃんと返事を返してくれたが、領主様は片手を上げるだけにとどまった。
冒険者ギルドを出た俺はどうするか迷っていた。
三人の後を追うのもありだが……ヴィーシュさんの店に行こうかな。
忍びの里から帰ってきてすぐ爺さんの所へ向かったので、俺の剣はボロボロのままだ。
今は予備を腰から下げているが、早めに新しいものに変えたい。
そうと決まれば善は急げだ。
俺はヴィーシュさんの店に向かった。
◇
「ま、また剣をダメにしたの……?」
カルマンさんが肩を落とした。
そうね、“また“なんですよね。
肩を落としたままカルマンさんは店の奥へ向かった。
「使い潰せとは言ったが、短い期間で何度も壊されるのはお前さんが初めてだ。なんでこんなにドロドロに溶けとるんだ?」
そう言ってヴィーシュさんは、刀身が溶けた剣を突き出す。
「あはは……その、毎回敵が特殊といいますか……」
「次の剣は強度を重視した方がいいな。切れ味は少し劣るだろうが、自分で何とかせい」
「それでしたら大丈夫です。俺の属性を纏わせれば切れ味上がるんで」
「そうか。ならもっと頑丈に出来そうだな。出来上がったらカルマンを家に使わすから、大人しく待っとれ」
「はい! よろしくお願いします!!」
俺はそそくさと、ヴィーシュの鍛冶屋を後にした。
◇
俺は家までの道を一人歩いていた。
道行く人は忙しく動き回っている。
ママが来た当初は、街を離れようとする人が多かったようだが、それも落ち着いて元の日常へ戻っていた。
その要因として、冒険者が誰一人としてこの街を去らなかったのが大きいと聞いた。
冒険者とは命懸けの職業だが、その分リターンも大きい。そんな連中が口々に「ソラが大丈夫と言ったなら大丈夫だ」と言ってくれていたらしい。
普段はギルドに併設されている酒場で呑んだくれている連中だが、そんな熱い一面も持ち合わせていたんだと知れた。
それを聞いた時、少し目が潤んだのは内緒だ。
もう少し……あの人たちにも優しく「おっ! 魔物使い様が居るぞ〜!」する必要は無いな。
ちょうど冒険者ギルドの前を通りかかったタイミングで、酔っ払っ共に捕まった。
「おらこっち来てお前も呑め!」
「ママさんの話をもっと聞かせろや〜!」
「ほんとお前は俺らを飽きさせないなぁ!」
「それともママの元に帰りまちゅか〜?」
「「「「ギャハハハハハハ!」」」」
ぶち殺すぞこいつら。
まあいい。
今はその挑発に乗ってやる。
「だれが帰るって?! 俺にも一杯寄越せ!!」
その後、酔いつぶれた俺をシャロが回収する姿が目撃されたという。
アネモス家の門を叩く=婿入りです。
肩書きが平民の冒険者よりも、貴族の婿の方がアネモス家としても守る建前ができるためです。
アウラお嬢様は婚約者が何故かいないので、仕方のない措置となります。




