315.子と母
「あれ、もしかしてこれ防いじゃダメなやつだった?」
そう言ったのはシャロだった。
「何を聞いてたの?」
「ママさんが攻撃を黙って受ける、でしょー? でもさー咄嗟に守らなきゃって思っちゃってー」
咄嗟に……ねぇ。
それはシャロなりにママを思っての行動なのだろう。うーん許す!
俺は許すことにした。仕方ないママを守る為。仕方ない仕方ない……ていうかあの一撃防いだの? マジで?
シャロは確かにあの一撃を防いだが、〈最強の盾〉の板は残り一枚にまで減っていた。
かなりギリギリだったんだな。
アナも「やるじゃんシャロちゃん」と褒め、ママもシャロの頭を撫でていた。
「えへへへ」
平和だな。
しかし……そんな平和な空気を許さぬ人物がいた。
「――って」
ん? アウラお嬢様が何か言ってる気がする。
「どうやって防ぎましたの!!!!」
アウラお嬢様はシャロに詰め寄ると肩を掴み揺さぶった。
「私の一撃を!? どうやって!! 何か言ったらどうですのぉおおお!!」
「あばばばばば」
シャロが高速でガタガタ揺らされている。
そんなアウラお嬢様を見て、アナは笑いをこらえていた。
「ぷ、ふふふ……私の攻撃を黙って受けたんだからいいじゃない。ぷふー」
「んなぁ……! 殺す!!」
「勝てるの? 私に」
一触即発になった二人。
そんな二人をママは即座に抱き上げた。
アナはちょっとビックリしているが問題ない。
アウラお嬢様は抵抗しようとしたが、その行動によってママがどう動くのかわからないので大人しくなった。
二人を顔の前まで持ち上げたママは、二人をジッと見つめた。
その様子にアナは「うっ……」と呻き。
「ご、ごめんなさい……」
アナが素直に謝ったのを見て、アウラお嬢様は困惑気味のもよう。
「アンタも謝りなさいよ……」
「えっ、えぇぇ……も、申し訳ございませんでした?」
ママは二人を地面に下ろした。
喧嘩両成敗、これで一件落着だな、うん。
すると、馬に乗った十数人の人が近寄って来た。
「お父様」
アウラお嬢様のお父様ということは……この街の領主か。確かに見覚えがある。以前薬師ギルドで会った時と同じ……少しやつれてる気がする。
アウラお嬢様のお父様であるフィーロ伯爵が口を開いた。
「緑の魔物殿。馬上から失礼する。私の名はフィーロ・フォン・アネモス・ドレスラード。この街の領主をしている」
領主様はママを真っ直ぐ見上げ、名を名乗った。
対してママは……別に何かを喋るわけでもなく、ジッと領主様を見つめた。
まあ、基本「ボウヤ」としか言わないしな。もっとお喋りできたらいいんだが、今のところその願いは叶いそうにない。
無言のママに気圧されることなく領主様は続けた。
「この街へ何用でこられた。敵意がないというのであれば、お引き取り願いたい」
要は帰れって言いたいのね。
実際ママが俺たちについて来た理由は不明だ。
最初はお見送りかと思ったが、どうも違うっぽい。
するとママは地面に絵を描き始めた。
おっなんだろうか、なになに……これは、家かな? その隣に二人。片方は小さい人間っぽいな。もう一つは恐らくママ自身を描いているのだろう。
つまり、家の側にママと誰かが立ってる絵だ。
ママは俺を指差した後に、絵の人間を指差した。
え、もしかしてこれ俺だったのか……言われてみれば俺に激似な気がしてきた。さすがママ、絵も上手いのか。
その絵を見た領主様は答えを導きだした。
「つまり……そこの少年と共に暮らしたい。ということかな?」
ママは静かに頷いた。
「マ、ママァ……」
そんな……ママは俺と一緒に暮らしたいからついて来てくれていたのか。
それならば仕方がない。幸いにも俺たちが住んでいる家には庭があるので、そこに根を下ろして貰おう。
さすがに家の中には入れないからな。いずれはママも入れるくらい大きな家に移るのもありか……。
ママとの生活を考えていたが、領主様の答えは非情なものだった。
「申し訳ないが、領主として貴女を街に入れるわけにはいかない。その事をご理解いただきたい」
くっ、やはりダメなのか――。
そこにアナが一言。
「ママが街に入るのを、アナタたち程度で止められるの?」
それは至極ごもっともな意見だった。
もしも、ママが無理矢理街に入ろうとした時に、この街の戦える人間全員で挑んでも、止めることは出来ないだろう。
何が言いたいのかというと。
ごちゃごちゃ言ったところで、緑の魔物を止める術が無いのなら、どんな交渉も無駄ということ。
「考えてもみなさいよ。今こうして、正面に立って話を聞いて貰えているだけでも奇跡みたいなものなんだから」
アナはそう言うと俺の隣に歩み寄り、続けた。
「それに、領主である貴方が話す相手はこっち。ハッキリ言うけど、ソラがそう命じたら街は消し飛ぶよ?」
「え……いや、そんな事をママに命令したりしないが」
「ほらね? 今この場に居る全員の命を握っているのが誰なのか……よーく考えて?」
「いやいや、マジでそんな気は今後も起きないと思うんだが……慣れ親しんだ街を廃墟にするなんて夢見が悪すぎる。俺にそんなことは出来ないよ」
領主様はママではなく、俺に向き直ると言った。
「ソラ、だったね。君は何を考えて緑の魔物をここに連れてきた。その理由を答えてくれ」
ママをここに連れてきた、理由――。
うーん、大層な理由なんて無いんだけどなぁ。俺の考え何てシンプルなんだし……理由と言っても一つしかない。
俺は言った。
「緑の魔物……いえ、ママと一緒に居たいからです。それ以外の理由はありません」
俺の言葉に領主様は「そうか」と短く呟いた。
「ならば君はどうしたい。君の判断一つで大勢の人間が死ぬ。その重荷を背負えるのかね?」
領主様は俺の覚悟を確かめている様に感じた。
覚悟なんてとうに決めている。
街で暮らせなくても、俺はママと暮らすと決めたんだ。
「俺はこの街でママと一緒に暮らしたい。もしも、ママがこの街に被害をもたらすのであれば、その時は――」
最後の言葉が喉に引っかかる。
だが言わなければいけない。
それが俺の覚悟でもある。
俺はママを見上げ、告げた。
「俺が――緑の魔物を討ちます」
そうだ。
心の奥底でずっと考えていた事。
理不尽にこの世界へ飛ばされた一人の女性。
愛する我が子と離れ離れになり、死んだ後もこの世界に縛り付けられている女性。
夢の中でみた絶望に歪む彼女の顔を、思いを、俺は忘れない。
だからこそ、いつの日か俺は――。
雫のように、彼女をこの世界から完全に消し去る。
この世界の呪縛から、彼女を解き放つ。
それは、俺が彼女にしてあげられる。
たった一つの親孝行だろう。
俺の言葉に、ママは頷いた。
そして静かに手と頭を地につけ、懇願した。
言葉はなくとも、その姿は誰の目にも明らかだった。
子のために母親が頭を下げ、許しを請う。
そんな人間臭い行動を、緑の魔物はしたのだ。
俺も地に手をつき、頭を下げた。
「お願いします! どうか、街で一緒に住む許可を! お願いします!」
頭を下げる男と緑の魔物を前にして、領主が口を開いた。
「――沙汰は追って伝える。それまでは街の外で寝泊まりしてもらうことになるが構わんな?」
領主様の声はどこか優しいものに変わっていた。
「わかりました」
俺の答えを聞いた領主様は深く頷き、踵を返した。
「兵を引かせろ! これ以上ここに留まる理由は無い」
そう言って街へ引き返し始めた。
「アウラ。お前はこの場に残り、緑の魔物を見張りなさい」
「承知いたしました、お父様。もしもの際は時間を稼ぎますので、お早いご決心をお願い申し上げます」
「わかっている。後でメイドを使わす。刺激せぬよう努めよ」
アウラお嬢様は、その場から離れる領主様に一礼し、俺たちに向き直った。
「それでは、野営の準備を始めましょうか」
俺たちとアウラお嬢様の野宿生活が幕を開けた。
忘れてると思いますが、爺さんは馬車の中で酒を飲みながら成り行きを見守っています。
ちなみに、ツバサがママと出会うとちゃんと赤ちゃん判定をくらいますが、他の三人が助け出そうと攻撃を仕掛けるので、そのまま全員死にます。




