314.プランD
俺たちはドレスラードへ向けて馬車を走らせた。
現在、ドレスラードは緑の魔物が接近するという未曽有の危機に瀕している。
決して俺たちが原因ではないということをここに記しておこう。
し、仕方ないじゃないか……! ママがついてきたそうにしてるんだ! 俺にそれを断って、あの森の中に一人置いて行く事なんてできない!!
最悪、俺が街の外で暮らせばいいだけだ。不便だろうが仕方がない。厄災と呼ばれるママと暮らすということはそういう事だ。
そろそろドレスラードへ到着する。
今後の暮らしのためにも、俺の役割が重要だ。
成功しても失敗しても俺の評判が死ぬ。
そういう策で挑まなければ得られない物もある。
さあ、行こうか……!
◇
馬車が布陣の先頭に近付く。
馬車のすぐ後ろには、緑の魔物こと「深淵の使徒 マザー・フォレスト」
アナが馬車から降り、歩み寄ってくる人物に声を掛けた。
「全員、武器を下ろすように指示してくれない? 彼女に敵意はないから」
アナの前に現れたアウラお嬢様は、凛とした態度で返した。
「アナスタシア。緑の魔物の敵意がない……貴女がそうおっしゃるだけの理由をお聞かせ願えるかしら?」
アウラお嬢様はアナの言葉を鵜吞みにはしないと、そう言っている。
アナは緑の魔物を指差し、声を大にして――言った。
「アレを見ればわかるでしょ?」
アナが指し示すアレとは――。
ママに抱っこされている俺の姿だった。
……ふー、やれやれ。大衆の面前でママに抱っこされている姿を見られるのは結構辛い。
誰だってそうだ。こういうのは身内、もしくはママと二人っきりでするものだ。
誰が好き好んで大勢に見せびらかすような真似をするもんか。
…………一思いに殺してくれ。
俺を見る人々の視線が痛い。
アウラお嬢様なんて凄い目を見開いている。
ロゼさんに手を当て天を仰いでいる。
そういえばあの人は俺がママの子だって知っていたハズじゃ……事前に説明してくれなかったの? 巻き込もう。
「ロゼさーん! 俺とママの関係を説明してもらってもいいですかぁー!!」
俺の言葉にロゼさんはギョッとした。
「い、言ったわよ! アッシュちゃんが信じてくれなかったのよ!!」
「なんで俺の名前を出すんだ?! 信じられるわけないだろあんな話!」
「信じなさいよ! 私がアナタに対して嘘をつくとでも?!」
なんか変なバトルが始まってしまった。これでは巻き込めない。
仕方ないプランDだ。
ママに下ろすよう促し、地に降り立つ。
胸を張り堂々と、アウラお嬢様の眼前へと歩み寄る。
無言で俺を見つめるアウラお嬢様。
……くっ、改めて見ると凄い美人。
なんでこんな美人なのに問答無用で俺を殴れるんだ……。
アウラお嬢様の無言の圧に屈しそうになるも、グッとこらえて俺は口を開いた。
「アウラお嬢様」
「……なにかしら?」
「アナが言った通り、マ、緑の魔物は無害です」
「……その言葉を信じるだけの根拠がありませんわね。貴方の言うように、本当に無害だとしても、簡単に街を更地に変えるほどの存在ということをお忘れなのかしら?」
ド正論ですね。おっしゃる通りです。
「今回マ、緑の魔物がついて来たのも街を襲う為じゃないんです」
「先程から言いかけている『マ』ってなんですの?」
その時――。
一本の矢がママに向かって飛んできた。
「〈最強の盾〉!」
即座にシャロが展開した十数枚の盾が矢を弾き、事なきを得る――が。
その瞬間、場の空気が変わった。
痴話げんかをしていたアッシュさんとロゼさんですら、武器に手をかけ臨戦態勢へ移った。
その場に居る全員が、緑の魔物の動きに注目した。
パンッ!
と手を叩く音が響く。
「はいはい、落ち着いて。言ったでしょ無害だって。私たちが何をしようと、ママからしたら相手をするのもバカらしいほど意味がないのよ」
アナがそう言いながら、氷の鎖で矢を放った男を拘束した。
「この場にいる全員、ママに手を出すのなら私が敵になると思いなさい。いいわね?」
その声は恐ろしいほど冷たく、聴く者全てを凍り付かせるほどだった。
そんな中、アウラお嬢様が口を開いた。
「そこまで貴女が肩入れする理由がわかりませんわね……話しなさい。全てを」
そう言ってアウラお嬢様もまた、揺るがず、折れる事のない力の籠った声を発した。
仕方ないか……話を聞いてもらって、それでもダメなら他の手を考えよう。
俺は全てを包み隠さず話した。
もちろん俺とママが異世界の人間であることを伏せて。
モザイクまみれのキノコを採取した帰りに、緑の魔物と遭遇し、何故か俺が赤ちゃん判定をくらい。そのまま義理の息子になったことを、当事者であるロゼさんに同意を求めながら少し脚色を交えて演説した。
俺の演説を聞き終わった周囲の人間たちは口々に言った。
「やべえなアイツ」
「魔女やゲバルト派だけじゃなく緑の魔物も手懐けたのか?」
「アレをママ呼びはヤバいだろ」
「本当のママを大切にしな?」
「これもうソラが一番バケモンだろ」
普段絡んでくる酔っ払い共からの評価は散々だ。
「魔女があの魔物をママって呼んでるってことは……え~そういうこと~?」
「あの二人前々から怪しいとは思ってたんだよね~」
「えー、でもシャロちゃんにマリアちゃんはどうなるの?」
「どうなんだろうね。もしかして三人も? 欲張り~」
冒険者のお姉さん方は別の何かで盛り上がっていた。
どうしてこう、男と女で評価が違うのか……。
集まった冒険者と衛兵がザワザワしてる中、アウラお嬢様は言った。
「お静かに!」
その声にシンッと静まり返ると、咳ばらいをし俺に向かってこう告げた。
「アネモス家の人間として、その緑の魔物を信用することは出来ませんの。……そうですわね。仮に――仮にですが、私の攻撃を黙って受けるのであれば。無害であると証明できるかもしれませんわね」
とんでもないことを言い出した。
さすがのママでもアウラお嬢様の攻撃を黙って受けるとは思えない。
俺は振り返りママを見た。
ママは「大丈夫よ」と、そう言っている気がした。
ママ……。
ママは俺の頭を撫で、前に出ると両手を広げた。
まるで「全てを受け止める」と言っているように見えた。
マ、ママー!
アウラお嬢様は、腰を深く落とし、溜めを作り、力強く踏み出した。
「〈疾風貫衝〉!!」
緑の魔法陣から魔力を帯びた風が吹き荒れ、唸りを上げた突風が一点に収束し、鋭槍のごとく形を成す。
薬莢を叩く撃鉄のように振るわれた拳は、魔法陣を撃ち砕き、敵を穿つ風の鋭槍が解き放たれた。
空気を切り裂き、一直線に緑の魔物へ突き進む。
その光景を見た実力者は気付いた。
緑の魔物は、本当に避けも守りもしないと。
それは絶対的強者の余裕か、それとも別の思惑があっての事なのか、誰にもわからなかった。
風の鋭槍は瞬きをする一瞬の間に――緑の魔物へ着弾した。
周囲は爆風が吹き荒れ、何かが割れる音と共に土煙が上がる。
アウラお嬢様の風魔法で煙が取り払われ、現れたのは無傷の姿で佇む緑の魔物。
――と一枚の半透明の板
そこにシャロの声が聞こえてきた。
「あれ、もしかしてこれ防いじゃダメなやつだった?」
ママの話になってから、やたらとブックマークが増えたんですよね。
みんな、人外義理ママ好きってことでいいですか?




