311.いつか見たあの光景
いつものように目が覚める。
ガランとしていて、物が少ない質素で静まり返った部屋。
静けさのせいか、昨日訪れた若者たちの事を思い出す。
久しぶりに気のいい連中に会えてよかったわい。
ドレスラードの冒険者ギルドのマスターが、時々ああやって人を寄越す。
個々の事情は知らぬが、ランクを上げるためだけの適当な依頼。
ワシがこの村を離れないと知っていて、ここに人を遣わせる。
正直気に入らん。
じゃが……仕方ないとも思っておる。
元剣聖といえど、今はなんの力も持っておらんジジイじゃからな。
それにここに来る人間は、どいつもこいつも実力のない者ばかりじゃった。
おそらくランクを上げる試験に、合格できない権力者の子息とかじゃろう。
実力に見合わぬランクを手にしたところで、その次に待っているのは死だというのに……。
「まったく、アホくさいのぉ……」
重い腰を寝床から持ち上げ、日課を済ませる為に外へ出た。
◇
花畑の水やりを終えると、村の見回り、そして村の周辺に異常がないか調べる。
それが終われば、村の中央にある椅子に腰かけ、一休みする。
もう何十年とやってきた行為。
誰かが褒めてくれるわけでもないというのに罪悪感から、この終わった村を守り続けている自分に嫌気がさす。
いっそのこと、ここを捨てる決心がつく出来事でも起きればいいんじゃがな。
そんなことを毎日考えていた。
そして頭上を照らす光が頂点に達した。
「そろそろ飯にするかの」
村の中央にある椅子から腰を上げ、小屋へと通じる道に足を踏み出した。
――突然、全身を襲う濃密な死の気配を感じた。
周囲の音が消え、自身の鼓動だけが聞こえてくる。
不意に影がさし、暗くなった。
自分の頭上を覆い、影を落とす“ナニカ”。
どうあがいても覆る事はない力の差を前に、自身の生を諦めてしまった。
ああ……ワシはここで死ぬんじゃな。
そう思い、目を瞑ると、静かにその時を待った。
「おーい、爺さーん」
聞き覚えのある声が、頭上から聞こえてきた。
◆
俺は三人に自分の考えを伝えた。
「今から爺さんの所に行って、ママの力で花畑を復活させようと思う」
俺の目から見ても、手入れがいき届いている花畑だったが、爺さんの思い出には程遠いのだろう。
それに、あの時爺さんは言った。
もう一度あの花畑を見れたのなら。離れる決心がつくかもしれない――と。
もしも決心がついてくれたのなら、ドレスラードに迎え入れる事が出来るかもしれない。
そうすりゃ晴れて俺らは[銀]ランクだ。
俺のヤラカシも帳消しにできるって寸法よ。……俺、賢い。
三人の反応は「まぁいいんじゃない?」という感じだったので、早速行動に移した。
計画を成功させるには、ママの協力を得なければいけない。
というわけでママに、かくかくしかじか、こしたんたんと計画を伝えた。
するとママは頷いてくれた。
サクッとママの協力を得られたので、早速向かうことにし――ん? どうしたのママ。
何やらママがジェスチャーを始めた。
えーっと、俺、とママね。二人で? 行くほうが早い、ってこと?
「つまり俺とママの二人で向かう方が早いと?」
ママは頷いた。
なるほど……爺さんの居る村はそれなりに離れているからな、三人にはここで待っていてもらおう。
「そういうわけだから、待っててもらっていいか?」
「おっけー」
「ソラも気をつけてね」
「頑張ってくださいね〜」
俺はサッとママに抱き上げられると、爺さんの村に向けて移動を開始した。
◇
あばばばばばば……!
ママに抱かれたままの俺は、高速移動の真っ只中にいた。
森の中をものすごい速度で駆けていく。
進行方向の木々は、すぐさま身を引き道を作る。
その道をママは一直線に走り抜け――地を蹴り飛び上がった。
浮遊感に包まれる中、俺は視界に入った村を指さし叫んだ。
「マ、ママ! あの村! あの村だから!!」
するとママは、足元の根を伸ばすと、村の周囲の地面へ一瞬で突き刺し――体を引き寄せるように根を縮めた。
グンッと体を引き寄せられる衝撃が体を襲うと、ほんの一、二秒で村の上空へと辿り着いた。
あ、お、おぉぉぉぉ……頭が揺れる……視界がチカチカする……。
と、とりあえず爺さんを呼ばないと……。
「おーい、爺さーん」
◇
「な、なんなんじゃいったい……」
爺さんの声がママの足元から聞こえてきた。
なんだそこにいたのか、危ない危ない、潰されてなくてよかった。
ママに降ろすように促し、爺さんの目の前に降り立つ。
ちっすちっす、昨日ぶり〜。なんてね。
「さっそくまた来ました!」
俺の言葉に爺さんは目を丸くしていた。
あー、さすがに別れて次の日に来るのは早すぎたか。
仕方ないよね、俺たちのランクアップがかかっているんだからさっ。
「お、お前さんなんてものを連れて来とるんじゃ……」
「なんてものって……あっ紹介します。俺のママです」
俺はママを手で指し示し、爺さんに紹介した。
「いや……意味が……うーん」
爺さんは何故か目を瞑り、渋い顔をした。
うーん、簡単にわかり易く紹介したはずなのになぜ伝わらない……。
爺さんは、ため息を吐くと口を開いた。
「――はぁ。お前さんは常識の外側におる人間のようじゃな。それで、なぜ戻って来たんじゃ?」
「そりゃあもちろん。爺さんの望みを叶えるためにですよ!」
「ワシの……望み? はて……?」
爺さんは首を傾げた。
まあ今はわからなくとも、その時が来れば嫌でも思い出すさ。
俺は爺さんを手招きしながら歩き出した。
「それじゃあ、俺について来てください」
「……わかった、変なことはせんでくれよ?」
花畑を蘇らせるというのが変なことなら、俺は今から変なことをするね。
俺たちは坂を上り、花畑の前にやって来た。
さて、ここから先はママだよりだ。
「ママ、お願いできる?」
ママは頷くと、爺さんの禿げあがった頭に触れる。
爺さんはビックリしたように固まってしまった。
ママは爺さんの頭に触れながら、音を紡ぎ始めた。
それは言葉ではなく、歌のように聞こえた。
ママを中心とした魔法陣が浮かび上がる。
緑色に光る魔法陣は、花の咲く場所を遥かに超える範囲にまで広がっていた。
平面の魔法陣ではなく、球体の魔法陣が広がる。
それは今までに見たどの魔法陣よりも大きく、密度も濃い。
一目で、次元の違う存在だと理解できた。
俺たちの魔法とは根本から異なる、まったく別のナニカ――。
音が途切れ、視界の全てが光に包まれた。
眩しさが消え去り、目を開けると。
目の前には――。
小さな花畑がポツンと咲き誇っていた。
……え、あれ? さっきまでもっと立派な花畑が広がっていたのに。
俺が困惑するなか、爺さんは膝を折り、その場に崩れ落ちた。
「お、おおぉ……なんと、なんという……!」
爺さんの反応に、さすがの俺も「しまった!」と思った。
いままで爺さんが手塩にかけて、再現しようとした花畑を台無しにしてしまったんだ。
まさかママが失敗した?! よかれと思ってやったことが裏目に出てしまった。
「あの、その、す、すいません!」
俺は頭を下げた。
意味がないとわかっているが、今の俺には頭を下げることしかできない。
そんな俺に向かって爺さんは言った。
「違う……違うんじゃ……」
いや、そりゃあ違うのはわかっていますとも……。
爺さんは続けて言った。
「違う……違うんじゃ……。ワシの記憶にある花畑は、まさにこれなんじゃよ……」




