310.さよならは言わない
昼飯を食べ終わり、俺はママに今までの出来事を話した。
本当に色々なことを話した。
この世界に来た時のこと。
シャロやアナやマリアと出逢ったこと。
同じ日本から来た、雫と翼のこと。
合間合間に、三人が補足を加えながら。
喋りっぱなしの俺を、ママは優しく見守ってくれていた。
何故か俺の口は止まらなかった。
なんとなくだが、本当の母親にも聞いて欲しかったんだと思う。
だがこの世界に俺の両親はいない。
だからこそ、代わり――と言うのは失礼だな。
代わりにママに聞いて欲しかったんだと思う。
喋り疲れた俺は一息つく。
そこに、謎の生物が近づいてきた。
……何コイツ。
見た目は木そのもので、大きさはシャロくらいある。
根っこを足のように形作り、器用に操り歩いていた。
頭に当たる部分には、見覚えのある果物が種類や季節に関係なく実っていた。
取り敢えず「キー坊」とでも名付けておこう。
四人共ポカンとしていると――。
キー坊はシャロに近付き、頭に実っているバナナをもぎ取るとシャロに手渡した。
「あ、どうもー」
続いてアナにはブドウを手渡す。
「あり、がとう?」
マリアにはリンゴを二個。
「わあ~、ありがとうございます~」
そして俺には……ブルーベリーを一粒、放り投げて渡してきた。
……コイツラ俺に対して当たり強すぎない?
入り口付近でもそうだったが、どうもママの眷属共は俺を快く思ってないように感じる。
なんていうかこう……俺に対してだけあからさまに態度が悪い。
別にいいんだよ? 気持ちはわかる。俺だって少し態度が悪くなると思うよ。でもさ、ママの前じゃん。ちょっとはそういう態度を隠そうよ。ねっ?
俺がキー坊をキッ!と睨みつけると。
ヤレヤレといった態度でブルーベリーをもう一粒寄越した。
いやホント俺の方がヤレヤレだよ。
俺はママのボウヤだ、それはつまりこの眷属たちの長兄ということになる。
ここは長兄としてビシッと一言言ってやらんと――。
キー坊がブルーベリーを追加で投げてくる。
「上等だ! 俺が上で、お前が下だ! かかってこいや!!」
即座に立ち上がりファイティングポーズを取り、啖呵を切る。
キー坊も上等だとばかりに、腕をグルグル回し構える。
そんな一触即発の俺とキー坊に、ママはすぐに行動をとった。
キー坊の頭から桃を取ると、俺に手渡し、キー坊を「メッ」と叱ってくれた。
ふふ~ん!! さすがママだ! どちらが悪いかちゃんとわかっている!!
勝ち誇った表情をしていると、俺も「メッ」と叱られた。
ぐぬぬ……仲良くしろということか……。
俺はキー坊に手を差し伸べる。
キー坊も俺の手を握り、形だけの和解を演じた。
「俺が兄で、お前が弟だ」
確認の意味も込めて、そう言うと。
キー坊はいやいやと首を振り、自分を指差した後に「自分が上だ」というジェスチャーをした。
ほんまぶち殺すぞこいつ……。
まあいい、ここはママに免じて引いてやる……。
キー坊はそのまま森へ帰っていった。
もう帰ってくるなよぉ――――!!!!
俺は腰を下ろし、桃の皮を剥いて齧り付く――うまーい。何だこれ、今まで食べた桃の中で一番うまいかもしれない。
キー坊の果物は三人にも好評だった。
◇
それから俺は夜通しママと話した。
三人は先に寝てしまったが、俺はまだまだ眠くない。
何故か知らないが目がギンギンに冴えてしまっている。
あの桃絶対何か入ってただろ。おのれキー坊……。
そろそろ陽が昇り始めるころ――。
俺はママに別れを告げた。
「ママ。三人が起きたら、俺はもう行くよ」
『ボウヤ……』
「ママはここを動けないと思うけど……大丈夫、また会いに来るから」
『……』
ママは何かを考える仕草をし、俺の頭を撫でてくれた。
また来よう。次はいつにしようか……ドレスラードに帰ってから三日後とかでもいいかな? もうちょっと近い所に居てくれたらよかったんだが……いや、遠くじゃないだけ有難いと思おう。
ママの腕に抱かれ、俺は瞼を閉じた――。
◇
「ソラー、そろそろ帰るよー」
顔をペシペシ叩かれ、誰かの声が聞こえてくる。
痛いな……誰だよ、人が気持ちよく眠ってるってのに……なんだシャロか。
声の主はシャロだった。
ママに抱かれた俺は結構な高さにいるというのに、シャロはどうやってここまで?
「おはよう……」
「あたしたちは準備できてるから、はやくしてねー」
そう言うとシャロはママの体をスルスルと降り始めた。
ママの体をよじ登って来てたのか……あいかわらず恐怖心が死んでるな。
俺はママに下に降ろすよう促した。
名残惜しいがお別れだな。
身支度を整え、四人で馬車に乗り込む。
「ママ、また来るからね」
「じゃーねー」
「ママさん、さようなら」
「お邪魔致しました〜」
ママが手を叩いて広げると、ざわめく木々が応えるように左右へと身を引き、目の前に道が伸びていった。
来た時よりも遥かに広い道だ。
俺は振り返り、ママに手を振る。
「また来るから。バイバイ!」
手綱を握り、馬車を走らせた。
◇
街道を目指して進んでいると――。
何故かママも後ろをついてきた。
おそらく街道まで、お見送りをしてくれるのだろう。
ママも俺と離れるのが寂しいと、感じているのかもしれないな。
そろそろ街道に到着する。
今度こそお別れの時間がやってくる……。
街道に馬車を乗り入れる。
あまり長くいると別れが辛くなる。
ここはサッと行くのがいいだろう。
俺はママに手を振ろうと振り返ると――。
ママも街道の石畳の上にいた。
ママに向かって手を振り、前に向き直ると馬車を走らせた。
◇
……。
ついてくるな……。
何故かママが後ろをついてくる。
もしかしてママも俺と離れたくなくて、別れるタイミングを見失ったのかもしれない。
ならば仕方がない。
もう少しだけ一緒にいよう。
「アナ。ちょっと手綱、頼めるか?」
「うん、いいよ。行ってあげて」
さすがはアナだ、俺の考えを瞬時に汲み取ってくれた。
俺はアナに手綱を渡し、ママの元へ向かった。
駆け寄る俺をママは優しく抱き上げると、そのまま歩き出した。
歩き出したというよりも、地面を滑るように移動している。
「あっずるい、あたしもー」
そう言ってシャロもこちらへやってくると、ママの体をよじ登り始めた。
途中でママに捕まり、そのまま肩に乗せられた。
「おー、たかーい!」
ご満悦のようだ。
仲良くしてくれてるならいいかな……俺も肩に乗りたい!
ママにそう告げると、俺も肩に乗せてもらった。
◇
街道を進み、爺さんのいる村に向かった地点に到着した。
やっぱりあの村に爺さんを一人で残していくのはなぁ……
いや待てよ……ママは植物を操れる。
ということは――。
「アナー! 一旦止まってくれ! ママ、ちょっと降ろして。シャロ、お前も来てくれ」
シャロと共に地面に降り立ち、馬車へ駆け寄る。
アナとマリアが「どうした?」という顔をして待っていた。
三人に向かって、俺は自分の考えを伝えた。




