308.目指すはママ
……おいおいおいおい。この爺さん今なんて言った?
緑の魔物が近くに居座っている? そう言ったのか?
「シャロ。今の聞いたか?」
「え、うん。緑の魔物が近くに居るんだってねー」
緑の魔物――それはこの世界に存在している元転移者の成れの果て。
正確には『深淵の使徒・マザーフォレスト』。
この異世界に来て出来た、俺の第二のママである。
え? 説明になってない? なってるでしょ。俺の第二のママだよ。
それ以上でもそれ以下でもない、俺の! 第二のママだ!!!!
証明終了、Q.E.D.である。
こうしちゃいられない。
俺は一刻も早くママに会いたい気持ちを抑えられそうにない。バブみでおぎゃりたいのだ。
踵を返して、村の入口へ向かおうとした時――ガシッと腕を掴まれた。
「なんだよシャロ」
「どこ行く気ー?」
「ママに会いに行くんだが」
「明日でもよくなーい?」
「だめ?」
「だーめー」
ダメらしい。
ダメなら仕方がない、今日は休んで明日の朝一……日の出前に出発しよう。
そうと決まればやることは一つだ。
「お前ら! 飯食ったら寝るぞ!!」
◇
なんか知らんが起きたら縄で縛られてた。
な、なんでだ?! そんなプレイをした記憶はないぞ!?
馬車の中でビタンビタンと跳ねているとドアが開き、シャロが顔を出した。
「起きたみたいだねー。ソラさー、朝一に一人で行く気だったでしょー? 皆が起きるまでそのままでいてね」
そう言うと、バタンと扉を閉められた。
くそぅ、シャロには見抜かれていたようだ。バレてしまったものは仕方がない。大人しく全員が揃うまで待つとしよう。
なーんて言うと思ったか! おらっ〈深淵の砲弾〉!!
撃ち出した漆黒の砲弾を最小範囲で展開し、ダメージ判定のある端っこギリギリで当てると、縄の一部だけを消滅させた。
よしっ、土壇場での俺の底力を甘く見たシャロが悪い。
馬車の窓からササっと抜け出すと――。
「どこへ行かれるのですか~?」
マリアが居た。
俺は馬車の中へ戻り、大人しくすることにした。
皆で朝食を食べ、爺さんに別れを告げる。
「それじゃあ俺たちは、もう行きますね」
「うむ。一日だけじゃったが、久しぶりに来たのがお前さん方で楽しかったわい。何時でも来なさい、歓迎しよう」
「はい!」
爺さんと握手を交し、歩き出す。
さあ、行こうか――ママの所へ!
◇
馬車で街道まで戻り、モルソパへと歩みを進める。
ママに会うのは久しぶりだな。元気にしているだろうか……。
そんな事を考えていると、隣に座るアナが俺の袖を引いた。
「ソラ……一応確認だけど、本当に危険はない?」
「もちろん。だって俺のママだからな」
答えになっていない気もするが、仕方ない。だって俺のママだもの。
俺の言葉を聞いても、アナはどこか不安そうだった。
「気になることでもあるのか?」
「気になるっていうか……戦いになったら、私じゃ勝てないと思うから……」
おいおい、なんで俺たちがママと戦うと思ってるんだ? ああ、そうか。前回はアナがいなかったな。
あの時一緒にいたのはシャロとマリアだけで、アナには話だけを聞かせたんだったか。
……そう考えると、今度アナをママに会わせるのか。
な、なんか緊張してきたぞ。
別に俺たちが明確にそういう間柄ってわけじゃないんだが。
まるで実家に彼女を連れてくるみたいな緊張感がある……連れて来た事ないけど。
一応ママの事を、アナにはもう一度知っておいてもらう必要があるな。
「アナ。一応もう一度言っておくが……ママは俺と同じ異世界から来た人間だ」
そう……ママは俺と同じ日本から来た異世界人だ。
日本に自分の子供を残し、この世界に召喚された女性。
俺は夢の中で――ママの記憶を見たから、その悲しみや絶望を知っている。
もう二度とその手に抱く事のない我が子を探して、今もこの世界を彷徨っている。
だがそんな中、俺はママと出逢った。
なぜか赤ちゃん判定をくらった俺は、ママに抱き上げられ、しばらくの間バブらせてもらった。
その結果おぎゃったのだ。
この人は俺のもう一人の母親なのだと。
そう本能で感じた。
どこぞの赤いヤツとは違い、俺の母になってくれた女性だ。
そして俺はママの加護を得た。
「深淵」という名の加護。
それにより俺の魔法が、威力マシマシ殺意チョモランマになった。
たぶん、俺を心配してそうしてくれたんだと思う。
……なんか説明が長くなったが、今の一言でアナには伝わっただろう。
「……ソラも死んじゃったらあんな風になるの?」
「多分、な」
この世界、何故か転移者が死ぬと「使徒」という存在になる。
たしか雫が確認しただけで五体の使徒が居るそうだ。
今後ママ以外に出会う事はないだろう。
聞いた感じ全員男っぽいし。
俺から会いに行く事もないだろう。
そんなわけで、俺も死んだら使徒になる。
たぶんコレは避けられない宿命みたいなものだろう。
それなら、死ぬその瞬間まで面白おかしく生きぬこうと思う。
俺は言った。
「大丈夫だ。もしも俺が先に死んでも……アナたちを守る使徒になるさ。多分だけど、きっとそうすると思う」
何となくだが、そんな気がする。
出来たら、ママたちも使徒という呪縛から解放してあげたいんだよな。
雫のように……俺の魔法で魂を消滅出来たのなら……きっと。
アナは何も答えず、俺に体を寄せた。
それがアナなりの答えなのだろう。
◇
街道を進む俺に、ある物が目に入った。
馬車を止め、確認する。
「この先、緑の魔物の生息地」
そう書かれた看板が立っていた。
……そうか、いよいよママに会えるんだな。
俺は隣に居るアナの手を握り、声を掛けた。
「この先にママが居る。アナ、一緒に来てくれるか?」
握った手を握り返し――アナは答えた。
「うん。私はソラとずっと一緒にいたいから……行くよ――、緑の魔物の元へ」
「ああ……!」
俺たちはママに会うために、馬車を走らせた。




