295.VSアムちゃん③
マリアの作った血の剣に魔力を流してみると――。
べチャッと、血に戻った。
一瞬で手が血に濡れて、俺はビックリした。
……はい。俺は叫んだ。
「マリアさーん! 剣が溶けましたー!」
「少々、お待ち、下さい。ハッ!」
マリアは触手を幾つも斬り裂きながら、立ち回っていた。
なるほど、別に俺の魔力を纏わせなくても斬ることはできていたのか。いやー、余計な手間をかけさせてしまった。反省反省。
アムニオスに向けて〈深淵の弩砲〉を放ちながら、マリアが新たな剣を作る時間を稼ぐ。
おもむろに手首を斬り裂き、血が噴き出すマリア。
そしてその血が剣の形に変わっていく光景は、俺のSAN値がガンガン削れる結果となった。
あー、あー! ほんま、あー!!!
仲間の女性が手首を何の躊躇もなく斬る光景は、思いのほか心にくる。しばらくは夢に出そうだ。SAN値チェックでファンブルになった気分だ。
「ソラさん。コレを使って下さい」
そう言ってマリアは出来立てほやほやの血の剣を俺に投げて渡した。
剣を手に取ると、先ほどよりも出来が良い。この短時間で作り方をマスターしたのかな?
そんな感想を抱きながら、すぐさまアムニオス目掛けて剣を振るう。
俺の魔力を纏った剣よりも切れ味は劣るが、それでも傷をつけることが出来た。
すぐさま〈深淵の弩砲〉をその傷口に向けて撃ち出す。
狙いは的中し、傷口から侵入した漆黒の矢はアムニオスの体内を突き進み、貫通した。
なんだよ、最初からこうしてればよかったのか。
そんな思いが芽生えるが、初見でそんなことを思いつくわけもないので仕方ない。
幸いにも血の剣に殆ど変化がない。
いや、変化がないというか、何やら刃の部分が蠢いて元の形に戻ろうとしている。
これはあれか、不死の力が血の剣にも作用しているのか。
これなら何とかなりそうだ。
女は苛立たしげに言った。
「本当になんなんですか貴方たちは……アムちゃんを傷つけることができるなんて――まさか、転移者? 勇者以外にそんな情報はありませんでしたが、万が一がありますよねぇ」
なぜか俺の正体を一発で見破りやがった。
現地人と異世界人の明確な違いを知っていたりするのか? それとも、俺の魔法の威力を見てそう判断しただけか……どちらにせよ、俺の口から答えを言うつもりはない。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ? 転移者? 知らないっすねぇ。何かの隠語ですかぁ?」
「……馬鹿正直に話すとは思っていませんのでぇ、貴方は殺すよりも、生かして使った方が我々のためになりそうですねぇ」
女がアムニオスの頭部(?)に足で合図を送ると、足元がぱっくりと開き、女を飲み込むようにして体内へと取り込んだ。
アムニオスは、触手のすべてをうねるように引っ込めると、代わりに節くれだった四本の太い腕を生やした。ぷくりと膨れた丸い体は、やがて頭・胴・尻尾と三つに分かれ、新たに形成された横長の口からは、地面をジリジリと焼くほどの溶液が、ぬらぬらと粘り気を帯びながらヨダレのように垂れ落ちていた。
「――――!」
アムニオスは言葉にならない咆哮をあげ、大口を開けて襲いかかってきた。
三人はそれぞれ回避行動を取り、アムニオスから距離を取る。アムニオスはそのまま通り過ぎ、里の住人たちの方へ向かっていく。
「――ちっ、シャロ、〈最強の盾〉であの人たちを守ってくれ!」
「おっけー」
すぐに〈最強の盾〉の板が、里の住人たちを囲うように展開される。
だがアムニオスは住人には目もくれず、地面に転がる肉塊を次々と口に放り込み始めた。すると、白濁としていた体が赤黒く変色し、その姿は巨大なオオサンショウウオのような異形へと変貌していく。
すべてを飲み込まれる前に止めなければ――そんな危機感が頭をよぎる。
「全員、そいつから離れろ! 〈深淵の墓所〉!」
アムニオスの足元からいくつもの棘が飛び出し、その巨体を串刺しにする。先ほどのようにゴムのように伸びることはなく、今度は確かに貫通した。
だが、すぐに異変に気づく。貫いた棘がじゅくじゅくと溶け出し、開いたはずの穴が瞬時に塞がっていく。
棘から解放されたアムニオスは、再び捕食を始め、さらに巨体を増していく。
最初のときより、さらに大きくなっていないか――?
その姿は、最初に肉塊を吐き出す前よりも明らかに大きい。
これ以上大きくなられても困る。〈深淵の墓所〉があまり効かないのなら、新しい魔法をぶつけるしかない。
捕食を続けるアムニオスの頭を狙い――唱えた。
「〈深淵の崩壊〉」
アムニオスの頭の真下に深緑の魔法陣が描かれ、同時に頭上には漆黒の魔法陣が現れた。
二つの魔法陣が回転し始め、禍々しい重圧と呻き声のような魔力が漏れ出す。
二つの魔法陣の動きが止まった、次の瞬間――漆黒の魔法陣から降り注ぐ重力の奔流。
同時に、深緑の魔法陣から茨がアムニオスの頭を絡め取り、魔法陣内のすべてを拘束する。
まるで深淵に引きずり込むかのように、漆黒の魔法陣から放たれる重力の奔流と衝撃が叩き込まれた。
アムニオスの頭は、勢いよく地面へ叩きつけられたが、潰れることなくその姿を保ったまま耐えていた。
おいおいマジかよ……これも効かないとなると、いよいよ打つ手がなくなる。
断続的に放たれる重力の奔流へ魔力を注ぎ込むと、膝から力が抜けてその場に崩れ落ちた。
頭が痛い。
この魔法は、断続して発動し続けるとかなりの魔力を消費するのか……。
〈深淵の崩壊〉の効果が切れ、アムニオスは頭を持ち上げると、俺を注視した。
瞳のないその顔から、明確な敵意を感じた。
そんな俺とアムニオスの間に、マリアが静かに歩み寄り、立ちはだかった。
「ソラさん。私に考えがあります」
「そう、か。どんな考え、なんだ?」
マリアの考えとやらが何なのかわからないが、今は頼るとしよう。
「俺は何をすればいい?」
「ソラさんたちは、何もしなくて大丈夫ですよ〜。上手くいけば倒せますから〜」
アムニオスを見つめたまま、マリアはそう言った。
なんだ、このマリアの自信は……。
とりあえず任せてみるか。その間にマナポーションを飲んで、俺の魔法をありったけ注ぎ込もう。
そんなことを考えていると――。
「回復力なら私の方が上なので、行ってまいりますね〜」
マリアはそう言うと、アムニオスへと駆け出し、大きく開かれた口の中へ、自ら飛び込んでいった。




