287.忍びの里
ニンジャ君の合言葉で、秘密の洞窟が現れた。
隠れ里感が増してきたな。
この洞窟の先に、俺の求めているものがあるのか……。
「ささっこちらでござる。薄暗いので足元には気をつけるでござる」
ニンジャ君はそう言うと、洞窟の中へと踏み出した。
四人がなぜか俺を見てきたので、頷いて告げた。
「よしっ行こうか」
俺はニンジャ君のあとに続き、洞窟へと足を踏み入れた。
◇
それからしばらく、洞窟内を進んでいた。
洞窟の中は仄かに光っており、薄暗いが視界の確保には十分だ。
ニンジャ君曰く、光を放つ鉱石がこの山でよく採れるらしく、その鉱石が洞窟内にも点在しているため、ある程度の明るさがあるのだそうだ。
洞窟内は一本道かと思ったが、意外と枝分かれしていて、案内役がいないと確実に迷ってしまうだろう。
もっとも出口を探れる魔法や魔道具があれば問題はなさそうだが。
そんなものあるのかな? あとでアナに聞いてみよう。
それにしても結構歩いたが、まだ着かないのだろうか。
陽の光が無いせいで、時間の感覚がわからない。
――ん?
不意に風が顔を撫でた。
そのタイミングと同時に、ニンジャ君が言った。
「出口でござる。里はすぐそこでござるよ」
「やったー! 外だー!」
その言葉にシャロが駆け出した。
おいおい、いきなり走ったら危ねーだろうに……俺が先だ!!
俺はシャロを追いかける為、駆け出した。
突き当たりを曲がると、遠くに光が見えた。
あそこだ。
あの光指す方へ――。
俺とシャロは光に包まれた。
薄暗い洞窟内から陽の光の下に出たことにより目が眩む。
俺の目は暗い場所でもある程度よく見えるが、いきなり強い光の下に出ると目が眩むのは仕方がない。
光に目が馴染んだころ。
俺にとっては黄金と同じ価値のある光景が広がっていた。
周囲を山に囲まれ、 山の斜面に沿って緩やかに広がり、棚田には陽の光を浴びた稲穂が黄金色に染まり、段々畑では色とりどりの野菜が実り、 まるで山へ続く階段のように空へと続いているようだった。
俺の居る場所は、そんな風景を一望できる高さにある。
隣にいるシャロもその光景を目の当たりにして「きれい……」と一言呟いた。
あとから続いた面々も、同様にこの光景にただ息を飲む事しか出来なかった。
◇
洞窟の出口は里の外れにある崖の頂上で、そこからグルリと山間を回るようにして道が敷かれていた。
結構な高さだ。落ちたらひとたまりもないだろう。
里の広さは……東京ドーム何個分だろうか、いや東京ドームの正確な広さがわからないのでこの喩えは意味をなさない。
あの喩えってピンとこないよな。ディズニー○ンド何周分のほうがわかる気がする。
とにかくそれなりに広い。
ドレスラードと比べたら狭いが、あそこは大きめの街らしいので仕方がない。
俺たちはニンジャ君を先頭に下へ降り、畑の横にある道を登っていた。
すごい……米だ、米が実っている。
枝豆のような植物もある。これは豆腐への期待度が高まるな。
それに里に来てから味噌の良い匂いがしている。
日も傾き出しているので、皆夕飯の準備をしているのだろう。
そういえばこの里には宿屋はあるのだろうか。
なければ野宿になるのだが……さすがに忍びの里に来たのなら、その里特有の家屋で寝たい。
今のところ、そんな家屋は見えない。
ニンジャ君……君の“おもてなし力”を俺は期待しているよ!
里を練り歩く俺たち一行を、里の人たちは「なんだアイツら」という目で見ていた。
ニンジャ君の話では、この忍びの里はかなり閉鎖的な里だ。
基本的によそ者は受け付けない。
俺たちが足を踏み入れたのも、かなり例外的なのだそうだ。
この里の長が俺たちに何か話があるのだとか……俺たちというよりも、異世界人の俺に対してっぽいがな。
俺に聞きたいことって何だろうか。
忍者に対しての正しい知識か? だとしたら、ござる口調は直す必要がある。
そんなことを考えていると、一際大きな家の前に着いた。
この家だけ塀が家の周りを囲んでいた。
平屋の屋敷ってかんじだ。
恐らくはここが里の長がいる家なのだろう。
正直、周りからいい匂いがするので俺の空腹がヤバイ。
挨拶はあとにして、とりあえず夕飯を食べたいとすら思える。
シャロとマリアがそわそわしているので、俺たちの空腹が限界に近い。
とっとと挨拶を済ませて、飯にしよう。
屋敷の中に入ったが……外側は日本家屋だが、中はこちらの世界の家の内装だった。
外側が日本風で、内装は洋風みたいな感じだ。
さすがの雫も、そこまでは教えていなかったようだ。
とはいえ、土足厳禁はちゃんと伝えていたようで、
「あっ、履物は脱いでからあがってくださいでござる」
ニンジャ君の指摘に、俺以外の面々は首を傾げていた。
なので俺がフォローを入れる。
「俺のいた世界では、自分の家に入る時は靴を脱ぐんだよ」
実際に靴を脱いで実践してみせると、同じように靴を脱いで中へと入った。
クマさんは一人、入ろうとしない。
「どうした?」
「オレは靴を履いていなんでな。どうしたらいい?」
「〈清潔魔法〉で汚れ落とせばいいと思うぞ」
「そんなものか。〈清潔魔法〉」
クマさんにはそう言ったが、俺たちもさっきまで洞窟内を歩いていたわけだから、それなりに汚れていた。
一応、俺らも綺麗にしておこう。
全員に〈清潔魔法〉をかけ、扉の前で待つニンジャ君の元へと向かった。
「ここで少々お待ちくださいでござる」
ニンジャ君は扉にノックした。
「里長。ハンゾウ、ただいま帰還しました」
「入りなさい」
「失礼します」
ござる口調が消えてる……。
ニンジャ君に促され、俺たちはその部屋へ入った。
部屋の中は床が一段高くなっており、ここだけ日本風になっていた。
そこには一人の老婆が佇んでいた。
「ようこそ我が里へ」
老婆は口を動かさずにそう告げた。
ふーん、なるほどね?
「初めましてシャロです!」
「マリアと申します〜」
「これはこれは、私はこの里の長をしております。カスミと申します」
シャロとマリアが老婆に挨拶をした。
元気に挨拶できて偉い!
二人は老婆を見ているが――俺とアナとクマさんは老婆ではなく、別の方を見ていた。
部屋の隅に半透明の少女が一人。
彼女の口が動くと同時に、老婆の声が聞こえてくる。
これはつまりあれだ。
この少女が腹話術的なので老婆を操っているわけだ。
俺たち三人が部屋の隅をじっと見つめているのを不審に思ったのか、ニンジャ君が声をかけてきた。
「あ、あの……何を見ているんでごさるか?」
「いや……別に……」
これは言っていいやつなのかな? 正直判断に困る。
この里の闇に触れる可能性がある。
ここまで来て面倒事は勘弁して欲しい。
どうしたものかと考えていると、アナが口を開いた。
「人を出迎えるのに人形は失礼じゃない?」
「確かに礼儀に欠けるな。そう思わないか? お嬢ちゃん」
お二人は礼儀に厳しいようだ。
言ってしまったものは仕方がない。
俺は指を差して言った。
「そこに居るお嬢ちゃん、俺らには見えてるから出ておいで」
少女は驚いた顔をして、明らかに動揺している。
「ハ、ハンゾウ……ど、どうしよ……」
老婆の声で。
「……出てこい」
ニンジャ君がそう言うと、半透明の少女の色が濃くなり、その姿がハッキリと現れた。
 




