283.次なる目的地は……
薬師ギルドからの帰り道。
俺は、エロ本を拾った小学生男子のように警戒心を高めていた。
〈収納魔法〉に例の薬は入れてある。
あんな代物を手に持った状態で、持ち歩くなんてバカのする事だ。
今知り合いに会うと不味い。
一応〈収納魔法〉に入っている物は本人にしかわからない。
わからないが……できれば知り合いとは会いたくない。
きっとまともに対応できないと思う。
そういう経験のない俺に、この薬は刺激が強すぎたのかもしれない。
人目を避けながら家に戻る道すがら、不穏な影が俺に忍び寄っていた。
「ドーモ、ソラ=サン。ハンゾウです」
アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?
いきなり建物の影から声を掛けられ、俺は急性ニンジャリアリティショックを発症し、その場で腰が抜けた。
「だ、大丈夫でござるか?」
「だだだ、大丈夫だ。で、できれば次からは姿を現してから、声をかけてくれると助かる」
「そうでござったか。次からはそうするでござる」
さっきまで人のいなかった物陰から、いきなり現れるのは心臓に悪すぎる。
このニンジャ、俺の目をもってしても、その姿を認識するのが難しいようだ。
腰の抜けた俺を支えてくれたニンジャ君に俺は尋ねた。
「ところで、何か用か? 約束の日は明後日の筈だが」
「いえ、請け負っていた依頼が片付いたので、宿に戻る途中でソラ殿を見かけたので声をかけただけでござる」
「なんだそうだったのか」
さすがに昨日の今日で返答があるわけないよな。
この世界は電話なんて物はなく、連絡を取る手段が人伝か、手紙、通信用の魔道具で行う必要がある。
もちろん人伝や手紙は時間がかかる。
かといって通信用の魔道具は個人が持つには高額すぎるので、基本的には貴族か大手の商人しか持っていない。
しかしニンジャ君は、里との通信を行える何かを持っていると言っていた。
詳しくは教えてくれなかったが、それについては別にいい。
忍びの里に行けるのかどうかが問題だ。
里からの許しを得られれば、晴れて忍びの里へご招待というやつだ。
もう俺の中では、忍びの里ツアーのスケジュールが組まれている。
初日はやはり、里の見学から始まり。
醤油や味噌、米といった日本食のルーツを案内してもらうのがいいだろう。
その中で、俺の記憶にある日本食を教えていき、さらなる発展を遂げてもらう。
そうすることにより、忍びの里の日本化を進めるのが目的の1つでもある。
それがうまくいけば……ゆくゆくは寿司に天ぷら、蕎麦やうどん、ラーメンまで作ってもらえるかもしれない。
俺は他力本願を平気で行える男。
そのうちアレックス君にも日本食をマスターしてもらう予定だ。
シャーリー亭を出たあとは、少しアレックス君の料理が恋しくなった。
クマさんの料理も当然美味しい。
美味しいのだが、俺はアレックス君の料理も好きなんだ。
……クソ、そう思うとアレックス君の料理が食べたくなってきた。
アレックス君の作るハンバーグをおかずに白米を食べたい!
それは一旦おいておこう。
俺はある疑問をニンジャ君に問いかけた。
「そういえば、ニンジャの依頼って何があるんだ?」
「あまり詳しくは言えぬでござるが……依頼された人物の身辺調査でござるな」
「へー、てっきりニンジャらしく暗殺とかしてるのかと思った」
思ったよりも探偵寄りの仕事をしているようだ。
浮気調査とかもしてるのだろうか。
一応この世界は、一夫多妻制やその逆もあると聞く。
双方が同意の上であれば、特に問題はないのだとか。
そんなことを考えたが、次のニンジャ君の言葉で全て吹き飛んだ。
「暗殺はしておらぬでござるよ、天誅でござる」
「一緒では?」
「全然違うでござる。拙者たちは依頼での暗殺は承っておらぬでござる。天誅を下す相手も、ちゃんと調べた上で悪人だと判断してから首を落とすでござる」
「そっすか」
あー、そういえば雫の日記に、ハンゾウとかいうのは首をよく持って帰ってきてた、と書いてあったな……嫌だよそんなお土産。
……もしかしてこいつもその系譜なのか?
そう考えると何で、俺のところには100年前の勇者パーティの関係者が集まってくるんだろうか。
もっとのんびりとした異世界スローライフを送りたいのに……。
まあいいや、俺が深入りしなければいい話だ。
さすがに忍びの里で何かしらの問題が起こるなんてことはないだろう。
フラグが立つ音がした気がする……気のせいかな。
とりあえず俺は、親睦を深めるためにニンジャ君を引き連れ、市場を回ることにした。
◇
それから日が過ぎ――。
約束の日がやって来た。
皆で朝食を食べていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「来たか」
俺はひとり呟き、席を立って玄関へ向かった。
扉を開けると、そこには――知らない男が立っていた。
「……どちら様ですか?」
「拙者でござるよ、ハンゾウでござる」
「ハンゾウ……そういう顔をしてたのか。悪い、忍び装束で来ると思って気づけなかった」
「任務のとき以外は着ないので、普段はこの姿でござる」
でも口調はそのままなのね。
俺の中のニンジャ君のイメージは完全に某スレイヤーになっていたので、全く気づかなかった。
忍び装束に、口元を覆う鉄製のメンポ付きだから、顔がほとんど隠れていたのも大きい。
ぶっちゃけずっとあの格好だと思っていたので、他の服を着るという発想がなかった。
そんなニンジャ君の素顔は、金色の短髪に、綺麗な青い瞳、整った顔立ち。
背丈はアナと同じくらいだが、どこか幼さの残る顔立ちから、シャロと同い年くらいだと推測できる。
声の感じからして若いとは思っていたが、まさかここまで若いとは……。
ニンジャ君は、ぱっと見はなかなかのイケメンな街の住人といった風貌だ。
さぞモテることだろう。……これなら今後は遠慮しなくてもいいな。
玄関で立ち話もなんだから、入ってもらうか。
「どうぞ、もう皆起きてるから、紹介するよ」
「かたじけないでござる」
俺はニンジャ君をリビングに通し、皆に紹介した。
「はいはい注目〜。こっちが前に話してた、米と醤油と味噌の提供者ね」
「ドーモ、皆さん。3代目ハンゾウです」
ニンジャ君は手を合わせお辞儀をした。
古事記にも記されている、実際奥ゆかしい作法だ。
そんなニンジャ君に対して、我が家の面々は、食事の手を止めることなく反応した。
「シャロでーす」
「アナスタシア」
「マリアと申します〜」
ボスも片手を上げて自己主張した。
よし、お互い自己紹介は終わったな。
それじゃあ早速、結果を聞くとしよう。
「それで、里からの返事はなんて?」
「珍しく里長から返答がありまして、『無理やりにでも連れてこい』と書かれていたでござる。あっ、もちろん『歓迎する』とも書いてあったでござる」
無理やりにでもって……まあ自分から行くけどな。
それに、歓迎してくれるなら問題なさそうだ。
俺は全員を見回して、こう告げた。
「次の冒険は忍びの里だ」




