280.日本食記念日
リビングではシャロ、アナ、マリアの3人がすでに席に着き、お喋りをしていた。
「おかえり」
両手に持っていた皿をテーブルに置きながら、3人にそう声をかけた。
「ただいまー。何、これー?」
「白い……野菜?」
「あっ、いい匂いがしますよ〜」
まあ、初めて見るならそんな反応にもなるか。
俺にとっては、生まれたときから当たり前の存在だから違和感なんて無い。
米を知らない人からしたら、白い粒の塊だもんな。
「これは米といってな、俺の故郷で食べられている主食だ」
3人に簡潔に説明した。
食べ物だってことが伝われば十分だろ。
でも、俺の予想に反して、3人はおにぎりをじっと見つめたまま動かない。
あれ〜? シャロとマリアは飛びつくと思ったのに。
それなら次だ。
味噌汁を〈収納魔法〉から取り出して、それぞれの皿に注ぐと、味噌の香ばしい匂いが広がった。
「「「……」」」
は、反応が微妙だ……。
たしかに今回の味噌汁は、味噌をただお湯に溶かしただけなので、味噌100%の味噌汁だ。
出汁の存在を忘れていたわけじゃない、断じて。
普段は本だしを入れているが、手元に無いので味噌だけの味噌汁になった。
俺のテンションがおかしかっただけで、こうなったのも事故だ。
俺は言った。
「シャロ、飲んでみろ」
「え、あたし?」
「そうだ。グイッと、さあ! 美味いぞ!」
「……しょうがないな〜」
シャロは器の中の味噌汁をスプーンですくい、口に運んだ。
「初めての味……ふむふむ」
そのまま何口か飲んだあと、器を持って一気にグイッと飲み干した。
「おかわり!」
「――あいよ!」
シャロは味噌汁が気に入ったようだ。
その様子を見て、アナとマリアもようやく味噌汁に手を伸ばした。
その様子に俺は満足げに頷き、〈収納魔法〉から作っておいたおかずを取り出し、テーブルに並べた。
醤油とニンニクに似た野菜で味付けした唐揚げ。
オークの肉を使った生姜焼き。
鶏の照り焼きに、上からマヨネーズをかけたカロリーマシマシなやつ。
どれも米との相性は抜群――と俺は思う。
見事にテーブルの上が茶色いな……。
まあいいか、茶色い食べ物は美味いと相場が決まっている。
アナとマリアにおかわりをよそい終えたあと、俺もようやく食べることにした。
だが、3人ともおにぎりには手を伸ばさない。
最初にシャロが口を開く。
「ソラ……この白いの、食べれるの?」
「もちろんだ、こうやって――」
俺はボスの握ったおにぎりを1つ手に取り、ひと口かじる。
う……美味い……久しぶりの米。
五臓六腑に染み渡るとはまさにこのことだ。
日本人としての必須栄養素が満たされていく。
――っ! も、もう無い……!?
手に持っていたおにぎりが、いつの間にか消えていた。
いや……俺が食べてしまったんだ。
気づいたときには、もう胃袋の中だった。
そんな俺を見て、マリアがおにぎりを手に取り、かじりついた。
「――んっ! おいひ〜です!」
「それはな、米を固めた料理で“おにぎり”って言ってな。本当は中に具を入れるんだが、今回は初めてだから米の味を知ってもらうために、塩むすびにしたんだ」
あとは手掴みで食べれるという利点もあるしな。
お箸の使い方はまた今度教えよう。
シャロはすでに、おにぎり片手に唐揚げを頬張っている。
そんな2人を見て、アナもおにぎりを手に取り、ひと口食べると、パクパク食べ始めた。
何度も頷きながら、あっという間に食べ終えてしまった。
「コメだっけ? 美味しいんだね」
「そうだろう。ちなみに他のおかずと一緒に食べると旨さが増すんだ」
そう言って俺は、おにぎりをひと口かじり、生姜焼きを口に放り込んだ。
巷では“口内丼”なんて呼ばれていたりするが、俺はそんな言葉どうでもいい。
美味けりゃいいだろの精神って大事。
白米ひとつで、ここまでおかずが美味く感じるとは……。
醤油と生姜をその他諸々の調味料で合わせて作った生姜焼き。
付け合せのキャベツっぽい野菜もいいアクセントだ。
そうなると欲しくなる。
そう、お酒だ。
今日はお祝いの日だ。
「この味がいいね」と君が言ったから今日は日本食記念日。
テーブルの料理がどんどん消えていく。
せっかく握ったおにぎりだが――しかたない。
皿に乗せたおにぎりを崩して、その上に鶏の照り焼きを乗せ、さらに追いマヨネーズをかければ――
照り焼き丼の完成だ。
味の濃いタレをまとった米をかき込み、飲み込むと、
口の中に残った余韻を、炭酸を注いだ酒で一気に胃袋へ流し込む。
た、たまらん……! 大人ってこんな美味い食べ方してたのか!
この世界には飲酒の年齢制限なんてものは存在しない。
さすがに子供に飲ませる奴はいないが、俺くらいの年齢なら普通に飲んでる。
飲めないのは、体質的に下戸な人くらいだ。
いつの間にかボスもテーブルについていて、
酒を片手に、唐揚げにレモンをかけて口に放り込んでいた。
なんかコイツ手慣れているな……他の人の唐揚げにまでレモンをかけないのは評価しよう。
俺はマヨネーズをつけて食べる派だ。
ひと口噛めば――醤油とニンニクの香ばしさが肉汁とともに口いっぱいに広がり、
そこにマヨネーズの濃厚さが加わって、口の中が――なんというか、圧倒的に美味しい。
これは何個でもいけるな。
そんなことを思っていたら、ラスト1個をボスが口に放り込み、そのまま自分の寝床へと戻っていった。
自由なヤツだ。
一通り食事が終わったタイミングで、アナが口を開いた。
「ところでこのコメっていうのは、どこで手に入れたの?」
「ああ、それはな――」
俺は昼間あった出来事を3人に話し始めた。
ニンジャである3代目ハンゾウのこと。
そして、そのニンジャから米と醤油、それに味噌を譲ってもらったこと。
「私たちが出かけている間に、そんなことがあったんだ」
「ああ。俺も予想外な出会いだったからな。まさかこの世界に米と醤油と味噌があるとは思わなかった。味に関しては今食べてもらったとおりだ」
「すっごく美味しかったよー。もちろんまだまだあるよね?」
「もちろんだ。で、ちょっと相談があるんだけど……」
俺は、これからの予定について3人に相談することにした。
実は、俺1人で勝手に決めてしまったことがある。
3人ならきっと賛成してくれるだろうが、それはそれ。
ちゃんと反対意見も聞いておくべきだ。
俺は3人をまっすぐ見て、言った。
「忍びの里に行こうと思う」」




