279.出汁? ほんだしで良くない?
ニンジャ君が帰ったあと、我が家では日本食祭りが開催されることになった。
まずは米を炊くことから始めたが、俺は炊飯器でしか炊いたことがない人間だ。
うろ覚えの知識で「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ」という言葉だけは覚えていた。
言葉の意味がわからないから、炊き方のヒントにはならなかった。
だがその心配は、ニンジャ君が炊き方を知っていたおかげで解決した。
クマさんが早速キッチンで米を炊き始め、部屋にいい匂いが立ち込め始めた。
いい匂いだ。俺も早く味噌汁を完成させなくては。
味噌汁を作るとき、俺は基本的に具は2つまで、多くても4つまでにしている。
具を増やしすぎると味が散らかるので、いつもそうしている。
豚汁は別だ、あれは具があればあるだけいい。
ちなみに俺は豚汁の読みは「とんじる」派。
何処かで無駄な争いが生まれた気もするが、俺のせいじゃない。きのことたけのこくらいの不毛な争いだと思う。
さて……具はどうしようか。
豆腐やワカメは手元に無い。
いっそ具無しの汁だけでいいか? そうだよな、具無しでもいいじゃないか。
そのほうが、初めて食べる味噌の味をしっかり楽しめるってもんだ。
俺は早速、味噌汁作りに取り掛かった。
取り掛かったと言っても、お湯に味噌を溶かすだけなんだけどな。
魔導コンロでお湯を沸騰させないように、火加減に注意しながら味噌を溶かす。
味噌汁を作る際に、沸騰させると香りや味が変わると言われているが、ぶっちゃけ俺にはその違いが判るだけの質の良い舌は備わっていない。
普段は気にしないが、今回は皆が初めて食べる味噌汁だ。普段以上に気を使う必要がある。
初めて食べる日本食を嫌いになってほしくないからな。
味噌汁が出来上がった。
うーん、ちゃんと味噌の匂い。
味見はちゃんとしたが、元の世界の味噌と比べると……正直、味は劣っている。
それはしょうがないことだ。長年培った知識や技術があってこそ、あの味が作り出せる。
だからこそ、この味でも俺は十分満足だ。
忍びの里でしか味噌が作られていないのなら、コレがこの世界での最高峰の味噌だ。
いわば最高級品と言っても過言ではない。その事実だけで俺の心は満足だ。
さてと、味噌汁は一旦〈収納魔法〉に仕舞うとして、醤油を使った料理は何を作ろうか……。
やっぱり当初の予定通り、目玉焼きにするか? 肉を醤油に漬け込んで唐揚げでもいいな。たしか生姜に似たのもあるから生姜焼きも作れるし、マヨネーズも作ってあるからテリヤキという手も……。
まだシャロたちが帰ってくるまで時間がある。
いっそのこと全部作ってみるか。
「――よし! 作るぞ!」
俺が拳を突き上げると、そばで見学していたボスも「おー」と手を上げ応えてくれた。
◇
「たっだいまー!」
玄関からシャロの元気な声が聞こえてきたが、俺は今手が離せない。
クマさんに対応を任せて、俺はせっせとおにぎりを握る作業を続けた。
あのあと、一通り料理を作り終えた俺は、米の炊きあがり具合を確認するようクマさんから求められ、チェックをおこなった。
結果から言えばちゃんとした米だった。
炊きたての良い匂いが湯気とともに立ち込め、米の一粒一粒が「俺が米だぜ?」と主張するように立っていた。
味見もしたが、噛めばほのかに甘みを感じることのできる味で、硬さもちょうどいい。
鍋の底についたお焦げもいい感じだ。
米が炊きあがったことにより、どう食べるべきか悩んだ。
この世界は、基本的に食事の際に使う道具はフォークとスプーン。
それか直接手づかみで食べるかのどちらかなので、箸という物が無い。
俺は個人的に使うので、自分でいい感じの木を削って作ってあるが、やはり箸という道具自体が一般的ではない。
料理を摘む道具としてトングはあるが、あれは箸ではないし、あくまでも調理器具なので、トングで食事をするなんてこともない。
そうなると米を器によそって食べるよりも、ニンジャ君のようにおにぎりにするほうがいいだろう。
しかしおにぎりを握るうえで問題点が出てくる。
それはクマさんの手が毛で覆われているということだ。
クマさんの体は作り物なので、毛が抜けることは無いそうだが、米を握るには不向きすぎる。
試しに挑戦していたが、毛の間に米がくっつきうまく握れないので、俺が握ることになった。
軽く濡らした手に塩を少しつけ、三角になるように握る。
空気を抜かないように優しく、力を入れすぎないように握れば、ふっくらとしたおにぎりになる。
だが俺はそんな高等技術は持ち合わせていないので、綺麗な三角にはならない。
食えれば良いだろうの精神って大事。
隣でボスも俺の真似をしながらおにぎりを握ってくれていた。
コイツが握ったやつ、食べても大丈夫か? 念のため、ボスが握ったものは俺が食べるようにしよう。
余談だが俺はボスや、やみけん共のことを皆に話してある。
俺にだけ見える謎の存在がいる、という認識は持ってもらえた。
そうでなければ俺が、何もない空間に向かって独り言を言っている男になってしまうからだ。
姿の見えない同居人みたいなポジションになったボスは、勝手に入ってきて家の中で堂々とくつろいでいる。
食事も夕飯時だけボスの分も用意されており、俺から見れば普通に食べているが、他の4人から見るといつの間にか皿の料理が無くなっている認識なのだそうだ。
一度マリアの皿にそーっと手を伸ばしたときに、マリアの裏拳がボスの顔面にめり込み、壁に叩きつけられていた。
マリア自身も「理由はわかりませんが、無意識に手がでました〜」と言っていたので、もしかしたら意識の外側からなら干渉できるのかもしれない。
実際、俺も何度かボスにぶつかったことがある。
そのときはお互い「なんだよ」という感じで、そこにいるのに気づいていなかった。
お互いの存在を意識していない時だけ触れ合える的な感じなのかな? 要検証だ。
そんなボスが握るおにぎりは、俺の握るものよりも小さいので判別しやすい。
ボスはおにぎりを5個ほど作ったところで、満足したのか額を拭う動作をして、リビングにある自分の定位置に移動した。
リビングの部屋の一角には、シャロがどこかで買ってきた布と藁で作った簡易ベッドが置かれている。
そこがボスの寝床であり定位置になっている。
簡易ベッドでボスが寝ると、どうも軽く沈んだあとが見えるらしいので、それでシャロたちはボスの存在を判別しているらしい。
俺から見ると、黒い人形みたいな何かがうずくまって寝ているだけなので、沈んでいるのかどうかはよくわからない。
そうこうしているうちに家の中が騒がしくなってきた。
全員揃ったところで、いよいよ宴の始まりだ。
俺は握り終えたおにぎりの乗った皿を両手に持つと、リビングで待つ仲間のもとへと向かった。




