265.その願い
あの後、俺はすごく頑張った。
背後にいるメイドさんから、首筋に爪を押し当てられながらも、アナとアウラお嬢様の仲を取り持ったんだ。
その結果。
アナとアウラお嬢様は、友達ということになった! やったね!
2人は握手をし、互いの友情を確かめ合った。
これにて一件落着……のはずなのに、メイドさんは俺の肩から手を離してくれない。これ以上何を望むと言うのだろうか。なに? 遊びに行く約束でも取りつければいいの? やってやろうじゃないか。
俺はアナに言った。
「アナ。今度アウラお嬢様と2人で、遊びに行くってのはどうかな?」
「えー、うーん。場所によるかな」
場所かぁ……このドレスラードに、遊ぶ場所なんてあっただろうか……なくね? いや、貴族であるアウラお嬢様なら、どこか心当たりがあるかもしれない。
「アウラお嬢様は、どこか行きたいところはありますか?」
「そうですわね……その、いっ、一緒にドラゴンを狩るというのは///」
……頬を赤らめる内容かそれ。何この人怖いんだけど。ゴブリン狩りに行くノリで、ドラゴン狩れるのか? もしかして俺が知らないだけで、[白金]ランク的には定番の遊びなの? わからない、何も理解できない……怖ぁ。
そんなアウラお嬢様に、アナが一言。
「ドラゴンを狩るなら、1人の方が楽だから嫌かな」
「そ、そうですわね。お互いの戦闘スタイル的にも、1人で戦った方が邪魔になりませんしね!」
確かに2人とも攻撃の手段が違い過ぎるからな。
アナは、氷を撃ち出して戦う遠距離タイプだ。
アウラお嬢様は、接近戦で戦う近距離タイプ。
傍から見れば相性は良いように思えるが、どちらも我が強いせいで、連携ができるかと言われれば首を傾げる。絶対無理でしょ。
俺たちのように実力の劣る相手なら、アナは手加減して合わせてくれるだろう。
だが実力の近い者同士なら? 多分相手に遠慮をしない。そうなるとどうなるか……周囲は氷の世界になり嵐が吹き荒れるだろう。
2人だけで狩りに正直行かせるのは危険だな。俺もついて……正直怖いなぁ。以前、2人の戦いを止めた時も全身ズタボロになったのに、また酷い目に遭いそうな気がする。
ここは大人しく、ドレスラード内でショッピングでもしてもらうしかない。
俺の行きつけの店を教えるか? ダメだ、むさい男どもしかいない。行きつけなんて、次いで言えばヴィーシュさんの鍛冶屋くらいだ。
もうどうしようもないから諦めよう。メイドさんも、そろそろ俺から手を離していただきたいんだよな。アナがさっきから空いた手でテーブルナイフを弄んでいる。怖っ。
アナの手がピタッと止まるのと同時に、メイドさんが俺から手を離した。
「――チッ」
アナが舌打ちをし、テーブルナイフから手を離す。
メイドさんは、アナの限界ギリギリを攻めていたのだろう。よくできるな……というか、限界を超えたらどうなってたの? だいたい予想はつくが考えないようにしよ。
俺たちはその後、みんなで心穏やかに談笑して過ごした。
そういうことにした。
次の日、シャーリー亭の壁がぶち抜かれてるのを見たが、多分気のせいだ。
シャロが「シズクさんがアウラ様の胸に突撃したー」とか言っていたが……聞かなかったことにする。
◇
俺は今、ドレスラードの街をブラブラ歩いていた。
ヴィーシュさんに武器と防具の依頼をしようと思ったが、どうもそんな気分ではない。もっとも、今すぐ必要なわけではないので、急ぐ必要もないだろう。
なんとなく。
ほんとになんとなくだが。
勇者と話したい気分だ。
腰に提げてある本に視線を落とすと、本の表紙には拳で殴られた痕がついていた。
……。
どこか腰を下ろせる場所に行こう。
どこがいいか……喫茶店はダメか、人の目がある。そこら辺のベンチには他の人が座っているので、これもダメだ。
となると――。
◇
俺は街の城壁の上に来ていた。
ここならあまり邪魔も入らないだろう。
時々見回りの衛兵は来るが、遠目からでもいつ来るかわかるので問題ない。
本を腰から外し目の前で開くと、1人の女性が映し出された。
印刷技術の発展していないこの世界では、有り得ないほどの精巧さで、まるでそこに人が居るかのようにさえ思えた。
まあ、実際に居るのだが。
目の前に映る勇者に言った。
「なあ、お前何隠してるんだ?」
「んー? まあね〜。そりゃ女の子だもの秘密の一つや二つくらい、あるに決まってんじゃん」
「そうじゃなくて……俺に対して、なにか重要な事を隠してるだろ」
勇者は宙を舞い、俺の周囲をクルクル回り出した。誤魔化す気だな……。
まあいいさ、今日は“あること”を伝えるために話がしたかったんだ。
勇者と出会い、共に王都へ行き、かつての仲間を助けることができた。
心残りを少しでも、解消できただろうか。
一応、気づいてはいた。
最初の頃に比べて、勇者の口数が減っていることに。
活動している時間よりも、そうでない時間の方が多くなってきている。
それを言ったところで、勇者は否定するだろう。
否定し、明るく振る舞うだろう。
もう残された時間は少ないのかもしれない。
ミーシャも言っていた、“本に魂を移す行為”が無茶だと。
俺は王都への旅で色々と成長できた。
勇者の特訓のお陰で、魔王にも打ち勝つことができた。
〈限界突破〉やアラクネの布だってそうだった。
彼女からは与えられてばかりだ。
俺も覚悟を決める時がきた。
彼女の――。
勇者の願いを叶えるために――。
俺は――。
 




