263.ただいま、ドレスラード。
王都を出発してから15日が経過したある日。
見覚えのある風景が見えてきた。
俺とシャロは未だに馬車の屋根でクマさんと組み手を行っている。
すれ違う馬車からの視線に耐えながらも訓練に励む俺は、さぞ素晴らしい男に見えていただろう。そう思うことにした。
見覚えのある風景が見えてきたということは。
ドレスラードはもうすぐだ。
長かった……鉱山都市に出稼ぎに行った時よりも長い旅だった。
大体2ヶ月くらいか? カレンダーがないのでわからないが、多分それくらい日数は経っていると思う。
日ごとに増すクマさんの猛攻に耐えながら、俺とシャロは必死で訓練を続けていたのだ。
日にちとか考えている暇は無い。馬車から落ちないために必死なのである。
行きでは口煩かった勇者も、帰り道では何故か静かだった。
理由を聞いてもはぐらかされたので、何かを隠しているように感じる。
クマさんに聞いても「知らん」の一点張りだ。絶対何かを隠している。俺の勘がそう囁いている。
とはいえ、多分この2人は絶対口を割らないので、諦めるしかない。
本当にヤバい時は言ってくるだろう。なので、話してくれるまで待つ事にした。
幸いドレスラードに着けば、時間は幾らでもある。
ゆっくり体を休めて……それからでも遅くはないだろう。
この調子なら、お昼ごろには街に着くだろう。
ほんと、マジで疲れた。
王都に行く理由が、俺の他に召喚された勇者が居るから見に行こう程度のノリだった。
そんなノリで見に行けば、召喚されたのは俺の親友である、『佐々木翼』だったわけだ。
ゴミカスみたいな勇者じゃなかっただけマシだが。だからといって、翼が居るなんて誰が思うよ。
ビビったわ。ビビった以上に思った事もある。
それは翼の家族だ。
アイツは家族と仲が良かったからな、妹と一緒によく遊びに行ってたりもした。妹は時々俺を見る目が怖い時もあったが、それでも仲良くできていたと思う。
何故かあの兄妹の私物が俺の家に増え続けた気もしたが、泊まりに来ることも多かったので、それは仕方のないことだと思う。
それだけ仲の良かった兄弟が離れ離れになるんだ。しかも理由が解らずの突然の行方不明。ついでに俺も消えてるときた。
多分元の世界では、大騒ぎになっていただろう。
もうすでに半年以上経っているので、少しは落ち着いているといいけど。
せめて手紙でも出せれば、少しは安心させられたかもしれないが……まあ無理な話だ。
異世界転移なんて常識じゃ考えられない現象が起きているんだ。奇跡も、魔法も、あるんだよってね。
今のところ奇跡なんて起きる気配はないが。
いや――シャロ、アナ、マリア、そして勇者に、クマさん。
その出会いが――奇跡なのかもしれない。
オチも付いたことだしサッサと街に入ろう。
さすがに街に入る直前まで屋根の上でドタバタする、なんてことはしない。
全員、お行儀よく馬車の中で待機だ。
俺とアナが馬車の御者として、外側に座る。
当然のように顔パスだ。
門番の人のこの世の終わりのような顔は何度見ても慣れない。お疲れ様です。
俺たちはドレスラードに帰ってきた。
久しぶりの親の顔よりも見慣れた光景。「親の顔をもっと見ろ」と言われても、もう見ることはできないので仕方ない。
ブラックすぎるジョークを心の中で思いながら、ゲバルト派の教会前へと馬車を走らせる。
事前に話し合っていたことだ。
マリアを教会前で一旦降ろし、帰還の報告をしたのち、夜にシャーリー亭で宴会を開く手はずになっている。
「では、また夜にお会いしましょう~」
そんなわけで、マリアを教会前で降ろし、俺たちは次なる目的地へと向かった。
次なる目的地は冒険者ギルドだ。
予定よりも大幅に日程が押したので、報告をするために一応立ち寄らないといけない。
予定だと1ヶ月ちょいで帰ってくるって言ってたからな。アイリさんも心配してくれてると良いなぁ。
そんなわけで、冒険者ギルドの前に着いた。
俺は馬車から降り、言った。
「それじゃ、報告してくるから先帰っててくれ」
「うん、気をつけて帰ってきてね」
「じゃーねー」
アナとシャロに別れを告げ、俺は冒険者ギルドの扉を開いた。
久しぶりのドレスラードの冒険者ギルド。
特に変わったところはなく、俺の記憶にある通りだ。うんうん。こういうのでいいんだよこういうので。
俺は受付に向かうため一歩踏み出すと――声をかけられた。
「ん? お前ソラか? 久しぶりじゃないか」
冒険者ギルドで時々話す顔見知りだ。
「ソラが帰ってきたのか? 今までどこいってたんだ?」
他の顔見知りも寄ってきた。
おいおい、なんだいなんだい。みんなして俺の帰りを待ちわびてた的な感じ? いやはや、照れるねこりゃ。
そんな中、1人が言った。
「おい、今訓練所に居るから連れてこい!」
誰を? 俺が首を傾げていると、顔見知りの冒険者たちがどんどん寄ってきた。
「やっと帰ってきたか、待ちわびたぞ」
「そうよー、放置するなんてひどいわよー」
「ようやく俺らは解放されるんだな……」
「ああ、やっとだ。今日は飲み明かそう」
皆口々に訳のわからないことを言ってくる。何から解放されるんだ?
俺の頭の上には?マークが浮かんでいた。
その時――不意に背後から俺の名前を呼ぶ声がした。
「貴方。ようやく戻ってきたのね」
その声に俺は思わず振り向いた。
その声の主――それは。
「ごきげんよう」
ほほ笑みを浮かべたアウラお嬢様だった。
俺は瞬時に全てを理解した。
顔見知りたちが口々に発していた言葉。
彼らが解放されるその理由――。
俺は声を大にして叫んだ。
「〈限界突破〉!!!!」
俺のとっておき。
ここぞという場面で切る『切り札』。
そう今、この瞬間が! その時だ!
続けて呪文を叫ぶ。
限界まで魔力を注いだ。範囲は最大、量も最大。俺史上もっとも魔力を注いだその呪文。
「ブラインドォォオオオオ!!!!!!」
俺の周囲に、無差別に黒い靄が吹き荒れる。その場にいる全員の視界を黒く染め上げた。
それはさながら煙幕のように冒険者ギルドのロビーを覆い隠す。
電気を突然消したかのような事態に、冒険者たちはすぐに動き出す。
冒険者たちの怒号が響く。
「逃がすな!!」
「入り口と窓固めろ! 死んでも逃がすな!」
「入り口確保完了!」
「窓確保完了!」
「アイツのせいで俺らが酷い目にあった事を忘れるな!!」
――チィッ! クソ共が! ヤツら俺をアウラお嬢様への生贄にしようとしていやがる!
俺は外に出ず、すぐさま壁際に設置してある椅子の下に身を隠した。
〈限界突破〉で体から出る黒いオーラを使い、身を隠す。
椅子の影に紛れてるように身を隠したんだ。アウラお嬢様とて簡単に見つけることは出来ないだろう。この場にいる全員が思うだろう、「外に逃げられた」と。その時が逃げるチャンスだ。
俺は息を潜め、その時を待った。
その時――。
「このような場所で横になっておりますと、お召し物が汚れてしまいますわよ?」
俺はアウラお嬢様に捕まった。
◇
「なんでいるの?」
場所は変わり、『シャーリー亭』へ帰ってきた俺を待っていたのは、そんなアナの一言だった。
「あら、私がどこへ行こうが勝手でしょ? ねえ、ソラ」
「そ……っすねぇ」
「アウラが無理やりついてきたんでしょ? そうだよね、ソラ」
「まあ冒険者ギルドで会ったというかなんというか……」
俺は今、[白金]ランクの2人に挟まれている形となっていた。
両サイドからの圧が凄い。何がとは言わないが、とにかくすごい。
そろそろ、ちいかわのように泣きそうになろうとしたその時――救いの手がやって来た。
「何をしているんだ、お前たち。ソラ、暇なら調理を手伝え」
エプロンを着けたクマさんが、取り皿をテーブルの上に並べながらそう言ってきた。呼ばれてしまったんじゃ仕方がない。
俺は、すぐに厨房へ向かった。頼られるって素晴らしいね! 久しぶりにアレックス君の顔も見たいと思っていたんだよね。
「あ、逃げた」
「意気地のない方ね」
そんな2人の声が後ろから聞こえたが、気にしない。
俺は、料理を作る!