260.翼と仲間の決意。
偽王女の騒動が終息してから、5日が経っていた。
あれから本当に忙しかった。
魔王討伐の式典は中止になり、後処理に追われる日々が続いた。
王女が偽物だった――意外にも、その事実を王国側はあっさりと国民に知らせた。
てっきり隠すと思っていたから、少し驚いた。何か考えでもあるのだろうか。
捕まっていたライラ様は、今では意識を取り戻し、痩せ細った体もだいぶマシになっていた……と思う。元の体型がわからないのでなんとも言えない。
ファウスト様も、今は普通の部屋で軟禁状態になっている。組織のトップが捕まり、今回の騒動が起きたと考えると、かなり軽い処分ではなかろうか。
今回の件で王城内では、防御魔法の見直しがされた。それと同時に王城に住み込みの人間、通いの人間を徹底的に調べられ、わかったことがある。
何人かの人間がいなくなっているということ、洗脳魔法、催眠魔法といった精神に作用する魔法を防止する装置が改竄されているということ。
他にも難しい話をされたけど、正直ほとんど理解できなかった。
ああ、それと、あの偽物の女は取り調べの最中に死んだらしい。
突然血を吐き、回復魔法も受けつけず、そのまま死んだそうだ。
副団長さんが「ロクな情報も得られなかった」とアインに愚痴っていた。
最後まで勇者がどうのこうの、私は姫だのと言っていたという。本当に自分が姫になったと勘違いしたまま死んだのだろう。
他にもいろいろとあったけど、団長さんからあることを聞かれたっけ。
◆
騒動から2日経った頃、王城内を歩いている時、後ろから声を掛けられた。
「おーい、勇者殿。ちょっといいかな?」
「はい。なんですか?」
振り返り相手を確認すると、第1騎士団の団長さんがいた。
彼はアインの上司であり、僕たち勇者パーティの訓練を見てくれていた人物だ。
何故か笑顔で近寄ってきて、彼は言った。
「すまんね、呼び止めて。忙しいとは思うが少し話を聞きたいんだ」
「話ですか? いいですよ。部屋にもどるだけでしたので」
「そう言って貰えると助かるよ」
団長さんは笑いながら、僕の背中を叩いた。ち、力強いな、この人……。
一体なんの話だろうか。偽物の件については、あらかた事情聴取は終わっている。
今更新しい情報なんてないんだけどね。
「スカイという男について、聞きたい」
「彼はただの協力者です」
団長さんは顎に手をやって、続けた。
「いや実はな、部下に冒険者ギルドまで行って、そのスカイという男について調べさせたんだがな……。情報が得られなくてね。それで、勇者殿に話を聞こうと思ってな」
「彼は信頼できる人物ですよ」
「今回の件に絡んでいると疑っているわけじゃないさ。ただ、あの騒動の途中で行方をくらませているからな。こちらとしても、さすがに気になる」
「用事が出来たんじゃないですかね? 僕も彼の行動を縛ろうとは思いませんし」
空のことを疑っているのだろうか。
どちらにしても、空は今回の件について本当に無関係だし、むしろ協力者として彼がいなければ、偽物を取り逃していただろう。
団長さんは少し考えるような素振りを見せたあと、何かを思い出したように振る舞った。
「あっ、そうそう。実はなあの日、こういう目撃証言があったんだよ」
「……どんな証言ですか?」
「王城の敷地内で、『血濡れの魔女』を見かけた……と。あの女の行動は読めないからな。王命の招集であっても、平気で無視するような女だ。その女が何故、王城にいたと思う?」
「そうですね……散歩をしていたら迷い込んでしまった、とかじゃないですか?」
「ハッハッハ、面白い答えだ。……それが勇者殿の答えでいいんだな?」
「ええ。やましいことは何もありませんので」
「そうか……いやーすまない。時間を取らせてしまった。もう行ってくれて構わないよ」
団長さんに一礼して、その場をあとにした。
確実に何かを探ろうとしている。
アナスタシアさん経由で探るということはないだろう、あの人の王都での暴れっぷりを聞く限り、敵に回すのは避けるべき相手だ。
そして僕たちだからこそ知っている。
彼女の地雷のスイッチが空であると。下手に探りを入れて、空に危害が及べば……考えるだけでも恐ろしいことになりそうだ。
僕は頭を振り、その考えを追い払った。
まったく……空はなんて人を惹き付けてしまったんだろうか。ライバルとするにはあまりにも強大すぎる。
そんなことを思いながら、自室へと足を向けた。
◇
そんなことを思い出しながら、自室のソファーに座って休んでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
誰だろうか。そう思っていると、待機していたメイドさんがドアに近づき対応する。
「勇者様。アイン様、ニノ様、ミカサ様の御三方が参られました」
「通していいですよ」
メイドさんは一礼し、ドアを開け3人を中に通した。
5日ぶりに目にしたニノに声をかける。
「ニノ、久しぶり」
「うん、やっと解放されたわ……」
そう、ニノは例の偽物と長く一緒にいたということで、取り調べのため、軟禁されていた。しかも偽物から直接「一緒に来ないか」と誘われたせいで、なおさら疑惑の目を向けられた。
でもまあ、こうしてこの場にいるということは、疑いは晴れたのかな?
「ツバサ、そっちは何か目新しいことはあったか?」
「いや何もないよ、ゆっくり疲れをとるくらいしか、やることがなくてね」
「いいわねえ、私なんか見てよ、この首輪。監視付きじゃないと部屋の外にいけないんだから」
「大丈夫ですよ、すぐに疑いも晴れますから、少しの辛抱です」
「わかってるけどさ〜」
ニノがソファーに倒れ込みブーブー言っている。
アインとミカサも空いている箇所に座り、一息つく。
最初に口を開いたのはアインだった。
「……やっと、終わったな」
その言葉の意味は言わなくてもわかる。
「そうだね……僕もお役御免かな?」
「何言ってるのよ、勇者にお役御免なんてあるわけないでしょーに」
「そうですよ。それで、今後はどうされるおつもりですか? よければゲバルト派に来ませんか? 我々と一緒に魔物を殺しましょう!」
「遠慮しておくよ……」
ゲバルト派は遠慮しておきたい。
そうか……今後か。
僕の今後についてはもう決めてある。
目を閉じ“そのこと”を考える。
目を開いて、3人に告げた。
「アイン、ニノ、ミカサ。僕の話を聞いて欲しいんだ」
3人は黙って僕を見つめる。
「僕は……いろいろなダンジョンを回りたい。そして――“あるアイテム”を手に入れたいんだ。僕がこの世界に来た、本当の理由がそのアイテムを得るためなんだと思う」
3人はそれぞれの立場がある。
だから1番最初に、3人にこのことを告げておく必要があった。半年とはいえ一緒にパーティを組んだ仲だからね。
最初にアインが口を開いた。
「……わかった。それで、最初は何処のダンジョンに行くんだ?」
「王都の近くは行ったし、もう少し遠出するしかないわよね? あっ、でも私は首輪をどうにかしてからじゃないと無理だからね?」
「ゲバルト派が確保している未発表のダンジョンもありますので、そちらから攻めるという選択肢もありますよ?」
「聞かなかったことにするわ……」
「やばいわよ、あんたらの宗派……」
3人はどうやら僕について来てくれるようだ。
……そうか、元々僕1人で行く予定だったんだけどね。
良い仲間を得られたみたいだ。
「ありがとう」
僕は3人にそう告げた。
「気にすんな。どうせやるなら全てのダンジョンを攻略するぞ」
「そうね。いっぱい稼いで、戻ってくる頃には大金持ちになっていたいわね!」
「皆さんと一緒なら、より沢山の魔物を殺せるでしょうね」
僕は幸運だったのかもしれない。
この異世界に来て、空とも再会できた。
そして、こんな素晴らしい仲間も得られたんだ。
僕の願いの為にも。
必ず見つけてみせる――『性別変換の薬』を!!
僕と仲間たちの冒険に、明確な目標が出来た瞬間だった。
この話で、王都組との話は一旦お終いとなります。
次回登場時は、アインの胃が限界を迎えていることでしょう。