259.偽物の王女⑤
俺は再度〈限界突破〉で黒いオーラを纏い、地下牢から出て、元来た道を戻ることにした。
本物を回収したことを告げ、早く本格的な治療を施してもらわなければいけない。
幸いにも骸骨は全て片付いているようだった。帰り道はスムーズでいいな。
そして――。
謁見の間へ戻ってきた俺たちを待っていたのは――。
剣を振るう鎧の男に、拳を振るう筋骨隆々のおじいさん。
そしてその2人を相手にするローブの男。
ローブの男は、球体状のシールドらしきもので防御を行っていた。
剣を弾き、当たる拳を受け止め、余裕の態度を示す。
俺の魔法でぶち抜くか? いや、これ以上目立つのもなぁ。どうしよう。
先に鎧の男がこちらに気づいた。
「おお、でかした! ライラ様とファウスト殿はこちらの手にある、そろそろ降参したらどうだ?」
「――ハァァァ。逃げろと言ったのに、なぜ本人のところに行くのか……理解できませんね、これだからバカは嫌なんですよ」
ローブの男は続ける。
「そもそも、私1人でも十分だというのに、なぜ頭の悪い女を王女と入れ替えなければいけないのか……アイツらの考えは理解できませんね。楽しければいいと思っている。バカの相手は疲れると思いませんか。ねえ?」
「同意を求められても困るんだがな。どうやらお前以外にもいるようだな。洗いざらい吐いてもらうぞ」
「無理ですよ、貴方たちに『あたあっ!』うわ!」
いきなりおじいさんがローブの男を殴り付けた。
殴り付けたが、シールドのようなものに阻まれダメージは無い。
「……こちらが話している最中ですが?」
「戦いの最中に気を抜く方が悪い。魔物は話したりしませんからなぁ、隙があるとつい癖で攻撃してしまう」
「この異常者共め……。自分たちがイカレタ集団だという自覚はおありですか?」
「何と言われようとも、我々の心は変わらぬ。“退かぬ!媚びぬ!省みぬ!” 我がゲバルト派に逃走は無いと知れ!!」
おお、まさに頭ゲバルト。なんでこの人たち世紀末な脳みそしてるの? どの時代の転移者がやらかしたんだ? 先生怒らないから手を挙げなさい。
時空を超えて謝罪に来るものは現れず、場はカオスになりつつあった。
しかし、ローブの男はまともにやり合う気がないようだ。
懐から魔石を2つ取り出し、言った。
「もういいです。今回は逃げさせてもらいますね。ああ、そのバカは差し上げますので、煮るなり焼くなり好きにしてください。大した情報も教えていないので」
「逃がすと思うか!」
「死ねぃ!!!!」
鎧の男とおじいさんが、ローブの男に詰め寄り剣と拳を振り下ろす。
「〈転移〉」
一瞬でローブの男が消え、2人の攻撃は空振りした。
うわ、マジか。消えた! どこだ?!
全員が周囲を見回し、1点に注目した。
玉座にローブの男が立っていた。体が消え、一瞬で玉座まで移動したのだ。
汗が1つ垂れた。まずくないか? コイツはどんな場所にでも一瞬で移動できるということだ。目立たないようになんて言っている余裕なんてない。
ローブの男は勝ち誇ったように言った。
「転移の魔石は希少なのですが、致し方ありません。私はこのままお暇させていただきますが、貴方方の相手はコイツに任せるとしましょう」
そう言って、1つの魔石を地面に叩きつけた。
すると、先ほど偽物王女の時と同じように地面に魔法陣が描かれる。
そして這い出してきた”モノ”それは――。
炎の魔人。
全長4メートルはあろう人型の炎が魔法陣より這い出してきた。
絶え間なく燃え盛る炎が、人の形を保とうと絶え間なく動き続ける。離れていても伝わるほどの熱量。
このままだと王城が燃えてしまうかもしれない。そう思えるほどの熱を感じる。
そこで、ローブの男は思い出したように言った。
「そうそう、ニノ。もし良ければ貴女も一緒に来ますか? 少しの間、弟子のように面倒をみてきたので、少し情が湧いてしまいました。どうです? ああ、もちろん家族も一緒に連れて行ってさしあげますよ」
ここでまさかのヘッドハンティングとは……そうか、ニノはアイツがファウストの偽物として過ごしている時に鍛えてもらっていたんだな。どうするよ、ちびっ子。
ニノが返答するよりも先に、翼が告げた。
「悪いが彼女は僕の仲間だ。貴様に渡す気はない」
「……そう、ですか。非常に残念です。次に会う時は敵同士ですねぇ」
ローブの男は残念そうにしながらも、すぐに高笑いをしながら言った。
「ハーハッハッハッハ! では皆さん。私はこれで失礼します。城が燃え尽きるまで精々足搔いてくださいね? では皆さんさようなら。ニノ、貴女もお元気で」
ローブの男は手に持った魔石を割ると、その姿が一瞬で消えてしまった。
その場にいた全員が理解した。
逃げられた――と。
その時。
俺の視界の端にあるものが映った。
それは謁見の間にある窓。
その窓の外側に、見覚えのある“薄桃色の髪”が見えた。
……。
……どうやら、俺にもお迎えが来たようだ。
お迎えが来たとはいえ、この状況で帰るのはさすがに人としてどうよ。俺は悩んだ。
窓の外から、アナがひょこっと顔を出し、手招きする。うん、可愛い。
たぶんアナさん的には、問題が解決した扱いなのだろう。この状況で? マジ?
どうしよう……まあいいか、翼ならあの炎の魔人くらい問題ないだろう。何となくだがそう思った。
俺は背負っていたファウストなる人物をニノに託す。
「ニノ、あとは頼む」
「……え、ええ!? 今?!」
ごもっともなツッコミを受け、困惑するニノの頭をポンポンと叩き、俺は別れの挨拶を告げた。
「そう今だ、ニノ、ミカサさん、アイン。ごめんね! いやマジで。またどこかで、じゃ!」
俺は窓に駆け寄り、窓枠を掴むと一度振り返った。
別れの挨拶なんていらないよな。
同じ世界にいるんだ、会おうと思えばいつだって会えるんだ。
そうだろ? 親友。
「翼!」
俺の言葉に翼が頷く。
「またな!」
「ああ! またね!」
窓の外にいるアナに向き直ると、アナが微笑みながら言った。
「おかえり」
「……ただいま!」
アナの手を取り、設置されていた氷の滑り台に一緒に飛び乗った。
あ、待って、高い、やば! あああああああああああああああああああああああああああ!!
◇
空は行ってしまった。
大丈夫。同じ世界にいるんだ。
会おうと思えばいつでも会いに行ける。
そうだよね? 親友。
ここから先は、空に頼ることはできない。勇者である僕が、なんとかするしかない。
――さあ、行こうか。
「〈神威・武甕槌神〉」
雷光が身体を包み、バチバチと音を立て体の周囲を雷が迸る。
皆には初めて見せるこの“切り札”。
でもね、今日はもっと驚いてもらうよ。
「〈韴霊剣〉」
静かにそう告げた僕の右手に、雷でできた直刀が現れる。
1つ息を吐き。
地を蹴り。
炎の魔人へと、雷の刃を振るう。
一瞬――。
瞬きするほどの時間で、炎の魔人を幾重にも斬り裂き――。
その命を奪い去った。
炎の残滓を纏う雷の直刀を地面に向けて振り払い。
全ての魔法を解除した。
身に纏う雷が四散し、手に持つ直刀も同じように空気中に四散した。
「……ふう、皆。終わったよ」
僕は微笑みながらそう告げた。