257.偽物の王女③
「それでは、お話します――」
翼は魔王との戦いを堂々と語ってみせた。
今回の魔王との戦いは、本来俺と翼だけで戦った。
さすがにそのまま語るわけにはいかないため、翼たち勇者パーティで話を作ってもらったのだ。どんな話か俺も今日初めて知る。
翼の語る話を要約すると。
魔王と勇者パーティが戦っている最中に、全身黒ずくめの謎の人物――すなわち俺が、颯爽と現れ力を合わせて倒したという内容だった。
戦闘シーンについては、9割9分脚色が入っていた。
魔王との戦いの終盤にて、アイン、ニノ、ミカサさんが傷付き倒れたが、なぜか俺と翼が魔王をあと一歩という所まで追い詰める。
そして、魔王の一撃を俺が翼の代わりに受け、その隙に翼が魔王に留めを刺したことになっていた。
うーん、こんな話で大丈夫? 俺はそう思ったが。
後ろにいる人たちはザワザワ色めき立ち、口々に「さすが勇者殿だ」「これがあの伝説の……」とか言っている。……マジ? 嘘でしょ。
目の前に座る王様たちですら、うんうんと頷いている。偽物の王女に至っては目を輝かせている始末だ。きっつー。
そんなわけで、何か受け入れられた雰囲気になっていた。
そこで王様の目線が俺に向けられ、こう言われた。
「それで、その男――でいいのか? そなたはなぜフードを被っている。魔王を倒した1人だ、顔を見せろ」
俺は無言でフードを脱ぎ、黒いオーラで包まれた顔を露わにした。
ざわめく周囲に対して、すかさず翼がフォローに入る。
「陛下。ご覧のように彼は『呪い』により、このような姿となっております。ですので、フードを被った姿ではありますが、どうかご理解ください」
「ふむ……たしかに。そなたの好きにするといい。余が許そう」
俺は無言で頷き、フードを被り直した。便利ね、この設定。
翼が俺に向かって微笑みかけてくれた。うーん、女子ならトキメクだろうなぁ。俺はもう見慣れたけど。
とりあえず、魔王との戦いに関する一通りの話は終わったようだった。
翼が俺たちに目配せをした。全員がそれに頷く。
「陛下。1つ、御耳に入れておきたい話がございます」
「ほぉ、なんだ?」
「魔王との戦いの最中、魔王は“あること”を言いました。その“あること”とは――」
翼は一呼吸置き、言った。
「ライラ様は魔王が用意した偽物である――と」
ざわついていた場が、一気に、しんと静まり返った。
当の偽物お姫様は明らかに動揺している。どうやら本当に偽物のようだ。
王様も姫様を見て「何をバカなことを」と言っていた。
「スカイ」
翼が俺の名を呼んだ。
翼! やるんだな!? 今! ここで! 俺はベルトルトの気持ちになって、腰に下げた本を指先で叩き、合図を送る。
「〈解呪〉」
勇者が呪文を唱える。
50mの超大型巨人になることはなかったが、「パキン」という2つの音が鳴り響いた。
……え、2つ?! なぜか、解呪された時の音が2つ聞こえた。
1つは、当然目の前に座るお姫様だ。
俺の目から見て変化はないが、明らかに周りの反応が違う。
王様や王妃に王子たちが驚愕の表情を浮かべている。作戦は成功したようだ。
俺は立ち上がり、すぐに周囲を確認した。
“それ”を見つけた時――俺の記憶が呼び起こされる。
あれは鉱山都市で見たものと同じローブ――!
声が響く。
「陛下をお守りしろ!!」
周囲に控えていた衛兵が一斉に動き出し、狼狽している偽物と王族たちを引き離した。
そっちは大丈夫そうだが、問題はもう1人の人物だ。あの場所には誰がいた? 偽物が姫様だけと思っていた俺は周囲を確認していなかった。
「ファ、ファウスト様……」
震えるニノの声が聞こえた。
ファウスト――確か、宮廷魔術師のトップだったか。
ああ、なるほど。だから偽物を感知する魔法が機能していないわけだ。そういった魔法を管理する側のトップが、偽物と入れ替わっているんじゃ、いくらでも都合のいい人間と入れ替えることができる。
場は混乱の極みだ。姫様は偽物だし、宮廷魔術師のトップも偽物だ。当初の予定より大分ひどい状況だ。
俺たちはどう動くか。そう思っていたが、国のトップが揃う場なだけあって、すぐに動きがあった。
「ファウスト殿の偽物は俺が抑える! 他は陛下と周りの人間の避難を!」
1人だけ式典用にしては、傷の多い鎧を身に着けた男がそう叫んだ。恐らくアインが所属している騎士団の団長という人物だろう。
少なからず、こういう状況になると思っていたのかな? それか、アインが事前に言っていたという線もあるか。
衛兵たちの迅速な動きで、王様と王妃、2人の王子は謁見の間から避難した。
入口に近い人間から続々と外に逃げ出し、謁見の間にスペースが出来始める。
人の波に逆らうように1人の人物が歩み出た。
「では、私も加勢いたしましょう」
そう言って、明らかに位の高そうな衣装を身にまとった教会関係者のおじいさんが、団長の隣に並び立つ。
その様子を見たローブの人物は、心底面倒くさそうな態度をとり、こう言った。
「あー、失敗しましたね。もう少し時間をかけるつもりだったのですが、さすがは異世界の勇者と言うべきでしょう。――しかし、誰です? 我々の偽装を打ち消す魔法を使えるなんて。少なくとも、この国にそれ程の技量を持った者はいないはずですが」
ローブの男は周りをゆっくり見回し、俺に視線を向けた。
「貴方ですか。見たところ、そのような力は持ち合わせていないように思えますが……我々以上の偽装をお持ちで? まあいいでしょう。今は逃げるとしましょう」
ローブの男が動こうとしたが、団長さんが抜き放った剣をローブの男に突きつける。
「まあまあ、もう少しゆっくりしていってくれ。ライラ様の居場所まで案内してもらいたいしな」
「――ハァ。以前から貴方が我々の周りを嗅ぎまわっているのは知っていましたよ。我々に辿り着けもしない癖によくそんな大口が叩けますね」
「ハッハッハ。いやーさすがに宮廷魔術師のトップが偽物だったとは思わなかったんでね。いつ入れ替わった? 勇者召喚の前か? それとも後か?」
ローブの男は、少し考える仕草をした。
「なるほど。我々が思っていたよりも前から感づいていましたか。ノクオフ、貴方も逃げなさい。捕まっては面倒です」
「い、言われなくても! 逃げるわよ!」
ノクオフと呼ばれた人物――偽物の王女は何かを取り出し、地面へと叩きつけた。
地面で弾けた“何か”は魔法陣を描き出し、そこから骸骨の魔物が這い出してきた。
頭は例の元魔王と同じで体は骸骨と、これまた歪な見た目をしている。そんな骸骨がわらわらと魔法陣から這い出して来る。
正直俺は気絶しそうになった。ホラーはやめてって言わなかった?
そんなホラー映画めいた光景に俺は、翼の服の裾をそっと握った。
アインは剣を抜き、骸骨を切り伏せる。
ニノとミカサさんも魔法で対応するが、数が多い。
俺は翼の後ろに隠れえてコソコソするしかない。あんまり目立ちたくないのだ。しかも敵が生首骸骨だし。近寄らないで!
周囲の衛兵が骸骨の対応に人員を割く隙を突いて、偽王女は数体の骸骨を引き連れ謁見の間から飛び出してしまった。
人を避難させたせいで、逃げるだけのスペースを確保されてしまったようだ。どうしよ、追う?
「勇者と仲間は女を追え、ここは俺たちがどうにかする! 行け!」
団長さんがローブの男に斬りかかる。
じゃあお言葉に甘えて行きますか。俺は翼の袖を引っ張り入り口に行こうと誘う。
「わかった! アイン、ニノ、ミカサ! 行くよ」
「おう!」
「ああもう、何なのよこの状況!」
「ヴィクトル枢機卿、あとはお願いします!」
俺たちは偽王女を追うべく謁見の間から飛び出した。
◇
謁見の間に残ったのは無数の骸骨とそれを相手にする衛兵。
そしてローブの男と対峙する2人の男。
1人は式典には不釣り合いの傷だらけの鎧を着け、もう1人は対照的に格式高く一目で位の高い人物だとわかる服を着ていた。
鎧の男が口を開く。
「申し訳ありません、ヴィクトル枢機卿。このような事態に手をお貸しいただいて」
「構いませんよ。最近運動不足でしたからちょうどいいですよ」
「そう言っていただけると助かります」
2人のやり取りを黙って聞いていたローブの男が口を開く。
「そろそろいいですかね? 私も忙しいので、お暇させていただきたいのですが」
「させると思うか?」
「たった2人で私を仕留めることが出来るという考えが、愚かなのですよ」
「ハッハッハ、若いですなぁ。久しぶりに血が滾りますな――フンッ!!」
そう言ってヴィクトル枢機卿は全身に力を籠めた瞬間――上半身の筋肉が盛り上がり、着ていた服を引き裂きながら露わになった。
先程までヨボヨボだった老人が、突然筋骨隆々の男に変わったことにローブの男は驚愕した。
「まったく……ゲバルト派の連中は、そろいもそろって異常者揃いですね」
「同感だ――あ、失礼した。ゴホン、頼りになる人材が多いのも事実だぞ?」
「民の生活を脅かす貴様らのような存在は魔物と同じ。言ってみろ我らが教祖の名を――貴様らの血で8つ目の星を描いてくれるわ!!」
老人とは思えないほどのプレッシャーを放ち、ゲバルト派の頂点に位置する男は己の拳を握り締めた。
そして、アガーレムヴ王国の第1騎士団を任される男もまた、手に握る剣に力を籠める。
ローブの男は「やれやれ」と呟き、杖を取り出し告げた。
「少しだけなら相手をして差し上げますよ」
ローブの男に、剣と拳が襲い掛かる。