256.偽物の王女②
「おい、起きろ」
「んあ?」
寝ていた俺を誰かが起こした。誰だよ、気持ちよく寝てたのに……。
ベッドから体を起こし、声の主を確認した。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
声の主は――アインだった。
記憶にある鎧よりも、豪華な鎧を身に着けている。
「なんか鎧、違くない?」
「ああ、これは式典用のだからな。傷だらけの鎧で陛下の御前に出るわけにはいかないからな」
「なるほど、それじゃ行きますか」
俺はベッドから降りた。
気合い入れて、その陛下とやらに会いにいきますか。
翼をこの世界に呼んだ元凶の顔を拝んでおかないとな。
俺はアインの後ろをついていき、城の中に入った。
◇
また城の中を登ったり降りたりして、窓の景色が城壁よりも高くなり始めた頃、ひとつの扉の前でアインが立ち止まった。
扉の前にはメイドさんと、鎧を着た騎士風の男が4人、ローブを着た人が2人いた。
「来たか。そいつが例の協力者か?」
「ええ、そうです」
「そうか……見た目が怪しすぎるから、一度『鑑定』はさせてもらうぞ」
「わかりました。お前もいいな?」
俺は無言で頷いた。
いくら勇者である翼の紹介といえど、さすがに素性の知れない人物を国のトップに会わせるわけがない。
こうなることは想定済みだ。そして、その対策もしてある。
勇者の魔法で、俺に〈鑑定の結果を胡麻化す魔法〉を掛けてもらっている。
一応、念のために本人も連れてきた。
今は俺の腰にぶら下がって大人しくしている。喚かれても困るので、そのまま大人しくしててほしい。
「〈鑑定〉……名前は『スカイ』。加護は祝福が『夜目が効く』で、呪いが『黒いモヤを纏う』……なるほど、呪いでこのような見た目になっているようです」
「そうか。わかってると思うが、陛下に危害を加えてみろ。お前の一族郎党まとめて殺すことになる。いいな?」
俺は無言で頷く。
一族郎党皆殺しか……怖い怖い。この世界にいる俺の一族は俺1人なので、そうなっても俺が死ぬだけだから問題ないな。だからといって危害を加える気もないが。
「……アイン、しっかり見張っておけよ? 下手したらお前の実家も処分される可能性があるからな」
「わかっていますよ。コイツはそんなことはしません。安心してください」
「そうか……お前がそこまで信頼しているとは。団長のカンが外れたか?」
「団長がですか? 何を言ってたんですか?」
「ああ、お前たちの話を聞いて、『その協力者は警戒しておけ』と言っていたからな。一応俺らも、そいつから目を離さないようにするからな」
ほー、その団長という人はなかなかいいカンをしている。だって俺たちがやらかすもん。
「じゃ、時間まで中で待っててくれ」
「わかりました。行くぞ、スカイ」
俺は無言で頷く。
念のために喋らないようにしているからだ。もっとも人の目がない場所でなら喋るけどな。
メイドさんがドアを開けると、以前入ったアネモス家の一室のように、豪華な造りの部屋が広がっていた。
ただただ広い部屋の中心に、低めのテーブルと座り心地の良さそうなソファーが向かい合って置かれている。
そこに3人の人物が座っていた。
翼、ニノ、ミカサの3人だ。
3人とも着ている服が、普段よりも豪華になっている。
俺は手を挙げ3人に挨拶する。
部屋の中にはメイドさんが何人かいるので、無言だ。
「おはよう。ちゃんと来てくれたんだね」
翼の言葉に、俺は親指をグッと上げて肯定の意を示す。
4人には事前に人がいる状況では、声を出さないと伝えてある。
「昨日はありがと、あれすっごい美味しかった」
ちびっ子? その話題は割とギリギリだからな? 俺とお前は昨日会ってないんだから。俺は無言で頷く。
「お姉様は来られないのですね……」
お前もな? メイドさんたちからしたら「お姉様とは」となるだろうに。
マリアは街で待機中です。俺は無言で頷く。
「あー、ソ……スカイも来たから、いよいよ陛下と謁見なのよね。緊張してきた」
「そうですね、私も数回しか会ったことがないので緊張します」
「スカイもこっちに座りなよ」
翼が自分の隣に座るよう手で示したので、俺は隣に座った。ソファーふっかふかだ〜。
とりあえず、このあとの段取りが気になる。俺は黒く染った顔で翼をじっと見る。
「たしかこのあとは、謁見の間に行って、魔王討伐の報告をした後に、陛下から労いの言葉があるんだよね?」
「そうだ。くれぐれも失礼のないようにしてくれよ?」
アインが俺に顔を向けるが、なぜ俺? 俺は品行方正を絵にかいたような男だ。何の問題も起こす気はない。起こすけど。
俺は無言で親指をグッとした。
それを見たアインが何故か溜息をもらす。
その後、しばらくの間部屋で待機し。
ついにその時がきた。
ドアをノックする音が聞こえ、メイドさんがドアを開けて、告げた。
「勇者様、アイン様、ニノ様、ミカサ様、スカイ様。準備が整いました、こちらへどうぞ」
俺らは全員で顔を見合わせ、1つ頷くと立ち上がり、メイドさんのあとに続いた。
というか俺もちゃんと様付なんだな、これが本物のメイドさんか……アネモス家のメイドさんたちとはだいぶ違うな。あっちは何か油断できない雰囲気を感じるんだよな。常に警戒されてるみたいな。
そう例えるなら、魔物と対峙している時のような感じだ。一瞬の油断も許されない。そんな感じがして少し苦手だ。
俺たちがメイドさんのあとに続くと、部屋の前にいた騎士とローブの人たちも付いて来た。
いよいよだな。今更ながら緊張してきた。
今回俺は姫様が偽物かどうかの判別する役だ。
謁見の途中で翼から合図があれば、俺が姫様の正体を暴くという手はずだ。
俺がというか、勇者が魔法を使うんだけどな。
手順はこうだ、翼の合図で勇者が『解呪の魔法』を使い→偽物の姿が露わになる→そのタイミングで周りの騎士たちに取り押さえて貰う→解決。以上だ。
作戦としてはガバガバか? でもなぁ、これ以外に方法がないんだよなぁ。
城の中に偽物の仲間がいるのは確定だろう。下手に色んな人に相談して、逃げられたら元も子もない。
かといって、姫様が1人のタイミングで仕掛けるというのも、俺たちが怪しまれる可能性が高い。
それ以前に俺が城の中に入って、王族と会えるタイミングが今しかない。
やるしか……ねぇよなぁ。なるようになれ。
◇
随分と豪華な扉の前にやって来た。
ここが謁見の間への扉か……。
扉の前にいる騎士たちが扉を開け放つと、部屋の全体に響き渡るような声で告げた。
「勇者様ご一行、ただいま入場いたします!!」
天井高く聳える大広間。
黄金の装飾が張り巡らされた柱が両脇に並び、入り口から敷かれた赤絨毯が玉座までまっすぐに延びている。
場を埋め尽くす人のざわめきは静まり返り、壁際に控える衛兵たちの甲冑のきしむ音だけが響いていた。
「みんな、行こうか」
その光景に臆することなく、翼は歩き出した。
さすがだな。この光景を前にしても、翼には動揺の色が見えない。
勇者様というやつは、なんて頼りになるんだ。うちの勇者も見習えよ? 腰に下げた本が小さくバタバタ暴れるのを手で押さえながら、翼のあとに続いた。
玉座の置かれた場所は他よりも数段高く、そのための階段が設けられており、自然と玉座を見上げる形になっていた。
これはあれか、王様が下々の者を見下せるようになってるのかな? 「こちらが上で、お前は下だ」と暗に言ってるんだろう。
別に構いやしないけどな。実際、権力は向こうの方が圧倒的に上なんだし。
俺が異世界人といえど、そんなことでいちいち目くじらを立てたりはしない。
どうせもう会うことはないだろうし、今回を無難に乗り切ればそれでお終いだ。
俺たちは赤絨毯の上を歩き、玉座の前へ並び立った。
そこへ、ふたたび声が響いた。
「カルヴァドス・フォン・ダリア・アガーレムヴ国王陛下がご登場されました!!」
その声を合図に、その場にいるすべての人間が跪いた。
隣にいる翼たちも同様に跪いたので、俺も慌てて真似をした。
お、おお……映画とかで見たことあるやつだ。すげぇ。俺の感想はそんなシンプルなものだった。
そこに1人の男が玉座へ腰かけ、威厳のある声で一言。
「楽にせよ」
隣にいる翼たちが顔を上げるのがわかった。俺も顔を上げ、国王陛下の顔を見る。
見た目の歳は4-50位だろうか、白い髭を蓄え、ガッシリとした体格をしている。
服装はさすが王様というだけはある、煌びやかな衣装を身にまとい。頭には金色の王冠を載せていた。
玉座の挟むように置かれた椅子にも、それぞれ男と女が2人ずつ座っていた。
事前に聞いていた、第1王子と第2王子。それに王妃と第2王女だろう。
俺の目に映る4人は、顔つきが両親である王と王妃に何処となく似ている。
だがやはり――第2王女。彼女だけが異質だった。
1番目についたのは髪の色だ。
王様たちは全員奇麗な金髪だ。それに対して、第2王女は赤毛。
目もそうだ。ある程度離れていてもわかる。王様と王子たちは同じ青い瞳をしている。王妃は違う色だが、それでも第2王女のそれとは別物だとわかる。
まあ、あれだ、一番の違いというのなら……王妃のお胸は豊満だった。対して第2王女の胸は、平坦。壁。ロッククライミングで掴むとこなし! という感じだ。
それにだ……こうやって並べるとわかる。
第1王子と第2王子よりも老けている。絵に描かれていたライラ様は、2人よりも年下に見えた。つまり年増の偽物が若い子の演技をしているということになる。
あいたたたたーきっちー。俺の感想はそんなシンプルな物だった。
俺の思考を中断する様に、王様が告げた。
「勇者ツバサよ、そなたの口から、今回の魔王討伐について余に報告せよ」
ついに始まるんだな。魔王騒動のフィナーレを飾る――最後の戦いが!
できたら、今日で解決しますよーに!




