255.偽物の王女①
今日は運がねぇ。
よりによって今日、夜勤で門番なんて回ってくるなんてよ。
今日に限って勇者様の式典だってのに、俺ぁ夜の門で立ちっぱなしだ。
どうせ交代しても、眠くてまともに見られやしねぇだろうに。
「……おい」
ふわぁっと欠伸してたら、隣にいた同僚がいきなり声かけてきた。
「あ、わりぃ」
「……あれ、見てみろよ」
そう言って、あいつは目の前を指差した。
まだ夜も明けきらねぇ時間帯だ。
王城と街を繋ぐ橋の上を、誰か1人がゆっくり歩いてきやがる。
〈照明魔法〉の明かりで照らされた橋を、そいつは1歩1歩踏みしめるようにして、こっちに近づいてきた。
黒いコートにフードを深く被ってて、顔なんか暗くてさっぱり見えねぇ。
ごくりと喉が鳴った。
こんな時間に何の用だ……? まさか、ひとりで王城に殴り込みとかじゃねぇだろうな。
思わず、握ってた槍に力が入っちまう。
すると、隣のやつが声を張り上げた。
「そこのお前、動くな! その場で止まれ!」
ところがそいつ、意外にもすっと立ち止まりやがった。
賊じゃねぇのか? ……いや、油断させようって腹かもしれねぇ。
俺と相棒は槍を構えて、いつでも動けるように構えた。
と、その時だった――。
「あー、ちょっと待ってくれ。その人、俺の知り合いだ」
そんな声が聞こえて、慌てて振り返ると。
なんと、そこには勇者様のパーティの1人、アイン殿がいらっしゃった。
「ア、アイン殿! そのお方と、お知り合いで……?」
「……ああ、実はあいつも魔王討伐に加勢してくれててな。俺が王城に呼んだんだ」
「そ、そうでしたか……承知しました。では、後のことはお願いしても?」
「ああ、任せてくれ。責任持って連れていく。そのまま持ち場を頼む」
「「はっ!」」
俺たちがそう返すと、アイン殿はその黒コートのやつに近づいて、何か話してから2人で門をくぐっていった。
まさか、こんな夜にアイン殿と出会うとはな。
貴族のご出身なのに、俺みたいな平民にも分け隔てなく話しかけてくださる方なんだ。
やっぱり勇者様の仲間ともなると、どこか他の人たちとは違うもんだな……。
ついてねぇ夜だと思ってたが、少しはいい夜だったのかもしれねぇ。
俺たちはアイン殿とその協力者を、しっかりと見送った。
◇
まだ陽が昇る前の時間に、ニノの指示通り俺は王城の前に来ていた。
王城の周りには堀があり、出入りするには橋を渡るしかないという造りになっていた。
なので俺は、橋を渡る前に〈限界突破〉を発動し、コートと顔を黒いオーラで包み込む。
今回は胸当てがダメになっているので、ディーテーさんが作ってくれた服とコートを着てやってきた。
魔王と戦った時はコートだけだったので、何気に新しい服を着るのは初めてだ。
万が一を考えてコートだけにしたのは正解だったわけで、多分新しい服を着ていたら、ちゃんと胸に剣が刺さらなかったと思う。
ちゃんと胸に剣が刺さらないってなんだよ……意味わからん。
黒いオーラで姿が見えなくなっているのを確認し、俺は王城へと続く橋を渡り始めた。
ぶっちゃけた話、俺は特に考えなしに橋を渡った。
だからだろうか。
「そこのお前、動くな! その場で止まれ!」
門番に止められた。
とりあえず、言われた通りに立ち止まる。
普通に考えて、こんな夜中に王城に近付くなんて怪しさしかない。
距離はあるが、門番をしている2人は槍を構えて俺をじっと見ている。
どうしたものかと考えてると、ある人物が現れた。
「あー、ちょっと待ってくれ。その人、俺の知り合いだ」
アインだ。翼の仲間である、正義感とクソ真面目が取り柄の男。時々腹を手でさすっているところを見るが、そういう癖でもあるのかな?
そんなアインが門番とやり取りをしたあと、俺の側に歩み寄ってきた。
「悪いな、こんな時間に呼び出して」
「気にするな。手を貸すと言ったのは俺だしな」
「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃ着いて来てくれ、王城の中に案内する」
俺はそのままアインの後に続き、王城へと入っていった。乗り込め~。
◇
「とりあえず、時間までは俺の部屋で待機してくれ。時間になったら呼びに来るから、それまでは部屋の中で好きにしてくれて構わない」
門をくぐり、歩いているとアインがそう言ってきた。
まだ日も登っていない時間だしな、王様への謁見だって色々と準備があるだろうから、それが終わるまで暇だ。
アインの部屋でひと眠りでもしようかと思った。
王城の中をアインと共に歩いていると、ある絵を目にした。
その絵を見た時、俺はたまらずアインに問いかけた。
「なあ、もしかして、あの絵がライラ様って人か?」
「ん? ああ、そうだ。あの絵に描かれているのがライラ様だ。……お前が見た姿は、その絵とは別人だったんだよな?」
アインがそう言うので、俺は記憶の中の人物と照らし合わせた。
照らし合わせたが……合わせるまでもなく別人だとわかる。
絵のライラ様は、その……胸が豊満だ。それに対して、俺の見たライラ様の胸は実際に平坦だった。というか、見た目が違いすぎる。絵のライラ様は美少女といった感じだが、俺の見た人物はお世辞にも可愛いとは言えない容姿だった。
ふーむ。めっちゃ可愛い。
今回の騒動が解決したら、翼はこの子から感謝されるわけだ。なるほどなるほどー。羨ましいという感情はあるが、俺にはアナがいる。最近はマリアとの距離も近付いた。シャロは……大して変わらんな、アイツはいつもあんな感じだし。
翼が王族の仲間入りしたら、今後は気軽に会うことは出来なくなるか……。
それは寂しいが、それくらいで俺たちの友情が壊れるとは思えない。まっ、なるようにしかならんだろうし、流れに身を任せよう。
そして俺はある疑問をアインに問いかけた。
「なあ、この国はそんな簡単に王族の偽物が入り込める程、セキュリティが甘いのか?」
「セキュリティが何なのかわからないが、本来は有り得んな。催眠、洗脳、幻覚、他にも色々あるらしいが、宮廷魔術師たちがそういうのを跳ね除ける魔法を常にかけているとニノが言っていた。正直、今回の件はかなりの大事だ」
なるほど。さすがに対策はしているよな。
アインはその対策を信頼しているみたいだが……。俺は言った。
「俺の話を信じてるみたいだが、疑ったりしないのか?」
「……俺たちは、ツバサと半年共にした。アイツがどんなやつなのか、どういう性格なのかも、お前ほどじゃないがわかっている。そのツバサが、お前に対して俺たち以上の信頼を寄せてるんだ。だから、理由はそれで十分だ……それに嘘はついてないんだろ?」
俺は力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ」
「ならそういうことだ。親友を裏切るようなことはしないでくれよ?」
アイン……お前、いい男だな。
ツバサは良い仲間と巡り会えたようだ。アインたちになら、翼を任せても大丈夫だろう。くそー、男の仲間はいいなぁ。うちは全員女の子だから、男同士の馬鹿みたいな会話が出来ない。ドレスラードでも、知り合いの男はほとんど歳上だし……あれ、もしかして俺、友達少なすぎ?
王城の中を進む。
さすが王城、デカイな。
夜明け前で外はまだまだ暗いが、城の中は〈照明魔法〉の光源が至る所に設置されている。
時おりメイドや、鎧を着た兵士とすれ違う。その度に皆足を止めアインに一礼していた。
「アイン……お前、もしかしてかなり偉い立場の人間なのか?」
「いや、勇者のパーティメンバーだからだろ。俺の肩書きは『第1騎士団所属の騎士』だからな。偉くも何ともないさ」
「なんだ、そうなのか。なら接し方は今まで通りでいいな」
「偉くなっても、そのままでいいぞ?」
俺達はそんなやり取りをしながら、城の中を突き進む。
……遠くない? さっきから上がったり降りたりして、全然目的地に着かない。
そんな俺の様子を察したのか、アインが告げた。
「もう少しだ。侵入者対策で少し複雑に作られているんだよ」
「上がったり降りたりする必要はあるのか?」
「当然だ、入口から一直線に陛下の部屋まで行けたら危ないだろ?」
「まあ、それは確かに……理にかなった作りをしているってことか」
「そういうことだ。ほら、もう着くぞ」
そう言ってアインは扉を開けた。
扉の向こう側は外に繋がっているようで、そこに3階建ての横長の建物がいくつかあった。
「外じゃないか! なんであんな歩き回ったんだよ!」
「確かに外だが、よく見ろ。外壁で区切られてるから外側からは迂回できない作りになっているんだよ」
そう言われて周りを確認すると、確かに壁があり、外側からは入って来れない作りになっている。
内側から外壁に登れる階段はあるので、何か起きた際はそこから出撃するのだろう。
「一応説明しておくとだな、城と城壁の間に色々な施設があるんだ。ここは主に城勤めの人間が住む場所だ。一応城下町に住んでる連中もいるが、基本的に家庭を持ってるやつらだけだな」
「へー、それじゃ翼もここに住んでるのか?」
「アイツは城の中に部屋を与えられてるから、そこに住んでる」
まあ予想はしていたが、豪華な部屋に住んでるんだろうな。こっちはベッドと机しかない部屋だというのに……。
俺と翼の格差ある暮らしに震えた。
一通り震えたあとアインと共に、建物の中へと入っていった。
◇
「ここが俺の部屋だ」
アインがそう言って案内した部屋は、シャーリー亭の4倍はある部屋だった。
やはり騎士団勤めはいいとこ住んでるな。
俺は言った。
「ここで待ってればいいんだな?」
「ああ、俺も少し休んだら出るから、日が昇るまでゆっくりしててくれ」
それじゃあ早速のんびりさせてもらおう。俺はベッドに寝転がり寝ることにした。
「おやすみ〜」
「……遠慮ってもんを知らんのか」
アインが何かを言った気がしたが、よく聞こえなかった。




