248.おバカさん
マリアがなぜここにいるのか。
マリアは語り出した。
それは、俺たちが魔王討伐に向かってしばらく経った頃に起きた出来事だった。
◆
ソラさんたちが、そろそろ街に着きましたかね〜というタイミングでした。
そんなとき、アナさんが突然。
「じゃ、行こうか」
そう言い出しました。
その場にいた全員が、首を傾げました。
ソラさんたちを置いて、どこへ行くつもりなのかと。
それにつられて、アインさんが言いました。
「待て待て、どこへ行く気だ?」
「決まってるでしょ、街の近くよ。きっとソラは疲れて帰ってくるから、迎えに行かないと」
なるほど、と思いました。
2人で魔王を倒すんですから、かなり疲れて帰ってくるはずです。
そんな状態で、街からここまで歩くのはかなり大変ですよね。
アインさんが、露骨にため息をつきながら言いました。
「はぁぁぁ……アンタは、ツバサたちの話をちゃんと聞いてたよな?」
「もちろん。何か問題でも?」
「……あるだろ! 俺たちは対策ができないから、ここに残ってるんだろうが!」
そうですね。
現在あの街には、「ミンミンアイ」という魔物が大量にいるそうです。
なんでも催眠魔法をかけてくるとか。
どのような効果のある魔法かはわかりませんが。
ソラさんとツバサさんのお2人は耐性があるため、2人だけで街に向かったんですよね。
私はちゃんと覚えています。
アナさんも、ため息をひとつ吐きながら言いました。
「はぁ。あの程度の魔物の魔法が、私に影響を与えられると本気で信じてるの? あの程度、跳ね除けるくらいの耐性はあるわよ」
「……なに? じゃあなんでお前はついて行かなかった。ソラが危険な目に遭うかもしれないんだぞ?」
「ソラが、それを望んだからよ」
アインさんが、私とシャロちゃんに向き直り尋ねました。
「2人も知ってたのか?」
「もちろーん」
「はい、存じ上げておりました」
そう、私たちはソラさんが何をしようとしているのかも知っています。
最初は全員反対しました。
私がその役目を引き受けると提案もしましたが、私の場合はすぐに傷の再生が始まるため、意味がないそうです。
それに、寄生霊という存在を完全に殺すには、ソラさんでなくてはならない理由があるそうなんですよね。結局、教えてはくれませんでしたけど。
そんなわけで、私たち3人はソラさんを1人で送り出すことにしました。
……? なぜかミカサが青い顔をしていますね。
「ミカサ、どうかしましたか?」
私の問い掛けに、全員がミカサに注目しました。
ミカサは青い顔をして、震えながら言いました。
「実は……先日、天啓を授かりました」
天啓……ミカサの持つ「祝福」ですね。私の「不死」と同じ、生まれ持った力。
彼女はこれから起こる出来事が時折、見ることが出来るそうです。
今回も“なにか“を見たのでしょう。
「ミカサ。何を見たのか話して貰ってもいいですか?」
ミカサの状態からみて恐らく、ソラさんとツバサさんに関する”なにか”を見たのでしょう。
一体何をみたのでしょうか……余程衝撃的な光景だったのでしょう。
「私が見たのは――ツバサさんとソラさんが殺し合っている光景でした」
そうなんですね〜。
ということは少なくとも、魔王を倒すことは出来るということです。
ミカサの話を聴いて安心しました。
寄生霊を殺す作戦が始まるのは、魔王を倒した後なのですから。
「すいません……ツバサさんに話した際、他のメンバーには黙っているように、と」
震えるミカサの手を握り、私は言いました。
「大丈夫ですよ。2人ともちゃんと帰ってきますから」
「お姉様……」
握る手の震えが、少し収まると――。
「何で今まで黙ってたんだ。いや、今はそんなことどうでもいい。それで、天啓の内容はそれだけなのか? 魔王は倒せたのか? どうなんだ」
震える女の子に対して、ぶっきらぼうな言い方ですね。そんなアインさんに、ニノさんが言いました。
「ちょっと、ミカサも口止めされてたんだから、そんな問い詰めるように言わないでよ」
「魔王を倒すのが俺らの使命だ。それが達成されてるかどうかが重要なんだよ。それに、ソラがツバサに勝てるとは思えない。はっきり言ってツバサの方が上だ。だから、殺し合いになったところで、勇者であるツバサが生き残ればそれでいいんだ」
本当にはっきり言いましたね。
確かに、今回はソラさんが負けるのが前提条件なのですが……私から見て、ソラさんがツバサさんに劣っているとは思えませんね。
「はいはい、そっちの言い合いは後でやってね。私たち3人は街の前まで向かうけど、貴方たちはどうするの? ついてくる気ある?」
アナさんが面倒くさそうにそう言うと、〈収納魔法〉から馬車を取り出しました。
「――ッ。わかった、わかったよ! 行きながらお前らの企みを話せ。ニノ、ミカサ、行くぞ」
「忙しいやつね、アンタは」
「うるせぇ」
アインさんとニノさんが馬車に乗り込みましたが、ミカサはまだ私の手を握り、俯いていました。
「ミカサ、ソラさんとツバサさんの件は、貴女のせいではありませんよ。さあ、行きましょう」
「――ふぇっ、あ、はいっ! お姉様がそう仰られるのでしたら、そうなんですよね?! でも、不安なので手を握っててもよろしいですか?!」
「ええ、そのくらいでしたらいいですよ〜」
「お姉様、行きましょう!」
ミカサに手を引かれて馬車に乗り込みます。
少し元気になったようですね。落ち込んでる時は、よく手を握ってあげていましたけど、まだまだ小さい頃のままですね。
「シャロさんも行きましょう」
「はーい。あっそうだ、あたし運転したーい」
「ダメよ。運転は耐性のある私がするから、シャロちゃんとマリアは中でソラの作戦の説明をしてあげて」
「むー、仕方ないね。帰りはあたしに任せてねー」
「その時はお願いね」
全員が馬車に乗り込み終わると、アナさんは馬車を走らせ、私たちは街の入り口付近へと向かいました。
◆
「と、いうことがありました〜」
「そうなのか……」
マリアが話を終えた。
……え、終わり? やべぇ、なんでこの場にいるのかの説明がない。もうちょっと、こう、あるだろ、なんか。
俺は戦っていた理由を聞くことにした。
「この街に来た理由はわかった。それで、マリアが戦っていた理由は何だ?」
「その事でしたか、えーっとですねぇ」
マリアはそう言うと、顔を少し赤くする。可愛いじゃん。
「目的の場所に着いた時に、興味本位でミンミンアイという魔物を見てしまいまして……気付けば馬車から飛び降りて駆け出してましたね〜」
おバカ〜〜〜〜〜〜!!
なぜこの人は好奇心を抑えられないんだ! 自分の呪いを把握しているのになぜ! ……天然なのか? 不死という力がなかったらとっくに死んでるぞ、この人。
まっそんなところも、マリアの魅力のひとつなのかもな? 捨てちまえそんな魅力。
この話続けてたら余計疲れそうだ。
他の連中の所在を聞くことにした。
「そ、そうか……他の連中はどこに?」
「入り口付近で、アナさんが氷で防御していると思いますよ? たしか、走ってる時に後ろからそんなことを言っていましたので」
入り口ねぇ。
確かになーんか、門の外側に薄桃色の氷がチラチラ見えてたんだよな……正直あれはスルーしたかった。いやまじで……仕方ないか。
「はぁ……皆、行こうか」
「はい! あ、でもその前に……そちらの獣人の方はどちら様でしょうか?」
そう言ってマリアはミーシャを見る。
獣人か……この世界の人から見てこのクマさんは獣人判定なのか。割とガバいな判定が。マリアだからか?
「あーそれについては、皆と一緒に説明するから、先に合流しよう」
「わかりました〜」
街の外を目指して歩き出すと――。
マリアに手を握られた。
「どこにも行かないように、握ってて下さいね?」
「――ああ!」
マリアの不意打ちに、俺は死ぬかと思った。




