247.ホラー映画より酷い光景
廃墟のような屋敷にいつまでいるんだとクマさんに急かされ、みんなの元へ帰ることにした。
お姫様が偽物とか、今はどうでもいい。さっさと帰ってアナに褒めてもらおう。
俺が無事に帰ってきた。ただそれだけで喜んでくれると思う。きっと、たぶん、おそらく、メイビー。
高嶺のお姫様よりも、俺を見てくれる女の子を優先するのは当然のことだ。偽物のお姫様は、翼経由で国が何とかしてくれるだろう。
俺にはどうすることもできない。アインやチビッ子たちに頑張ってもらうしかないんだ。すまんな。
瓦礫の山をを超え、屋敷の外に出ると、あれだけ居たミンミンアイの姿がなくなっていた。あの量の魔物が一体何処へ行ったんだ?
「なにか聞こえない?」
不意に翼が耳を澄ますしぐさをした。
……言われてみれば。遠くから何かの音がする。確かこの街に住人は1人もいないはずだ。魔王が現れた時に、全員避難したと聞いた。
あれ? そういえば、住民全員が避難したのに、魔王の情報が一切漏れてないのは変な話だ。住民全員に口止めした? それは無理な話だ。聞き分けのいい人間ばかりじゃない。言うなと言われれば、言いたくなるのが人間だ。俺はなんでこのタイミングで、そんなことに気がついたんだろう……。
俺の中で、最悪の結末が頭をよぎる。
街に居る大量のミンミンアイ――その正体は。
「普通に魔物だからね?」
「……そっすか」
俺の心を読んだ勇者に、即座に否定された。さすがに異世界と言えども、そんなホラー映画みたいな展開はないか。謎は残るが、多分本当に皆口を閉ざしているのだろう。そう思うことにした。
そんなことよりも、今は謎の音の方が先決だ。
音の方角からして……街の入り口から聞こえてくるな。
俺たちは足早に街の入り口へ向かった。
◇
入り口に近づくにつれ、音が大きくなっていく。
真っ直ぐ伸びる道から見えた光景。
その光景が徐々にはっきりと、そして――俺たちに、これが現実なのだと、その真実を突きつけてきた。
入り口の前に広がる開けた広場。
この騒動が始まるまでは、いろいろな人たちが往来していた場所なのだろう。
その広場が――今は血で染められていた。
正確には……ミンミンアイの死骸が溢れ返っている。
ミンミンアイの死骸が広がる中、1人の人間がその身を血に染めながら、狂喜乱舞していた。
そうマリアだ。
……なぜ?
なぜかマリアが1人でミンミンアイを駆逐している。
両手にナイフを持ち、襲い来るミンミンアイを斬り裂き、蹴りを食らわせ、ときおり殴っていた。
一応俺たちが戻るまで、あの場所で待機しているはずなんだがな……。
その時、1体のミンミンアイの目から、紫色の輪っかがホワホワと放たれた。なにあれ……もしかしてあれが催眠魔法か? だとしたらまずい! 俺はマリアを助けるために駆け出した。
マリアは紫色の輪っかをその身に受け、体が一瞬ガクッと項垂れた――その瞬間。手に持つナイフで自分の首を掻っ捌いた。
……え、えぇぇ。
あまりの光景に、助けに行こうとした足が止まった。
恐らく、催眠を受けた瞬間に、死んでデバフをリセットしているのだと思う。普通の人間では、どう足掻いても真似のできない荒業。
いや、荒すぎない? 事情を知らない人間が見たらちびるわ。
隣にいる翼が目を見開いて、口をパクパクさせている。そういえば、翼たちには内緒だったな。
そう、マリアは不死だ。
寿命以外で死ぬことはない。死ぬことはないが、だからといって死んでいいというわけではないと俺は思う。
傷がすぐに治るとはいえ、痛いものは痛いらしい。本人は気にしていないが、できればあまり傷付いてほしくないんだよな。
それに呪いの影響で、魔物を視界に入れると、無防備に突撃する。
ミンミンアイが大量にいるこの街では、マリアの呪いを止めることは不可能だ。目隠しするくらいしか対処法がないのだ。
それにしても……絵面が酷い。
シスターが目玉の魔物を次々と倒していき、時々自分の首にナイフを突き立て、すぐに目玉の群れに突っ込んでいく。全身血まみれ。足元は目玉が散乱していて、とにかく絵面が酷い。ホラー映画も真っ青な光景である。
「酷い光景だな……」
堪らずクマさんもそう言い、どこからともなく長めの布を1枚取り出した。
「すまないが、これでオレの視界を塞いでくれ」
「あ、はい」
布を渡されたので、言われた通りに目の部分を布で覆う。
布で目隠しされたクマさんが両前足をグッと握る。すると、「シャキン」とウルヴァリンのような爪を出した。
「ところで、あの娘はお前らの仲間か?」
あの娘とは、マリアのことだよな?
俺は頷いた。
「ああ、そうだ」
「了解した。では、加勢してくる」
クマさんは目隠しされているとは思えないほどの速度で、ミンミンアイの群れに向かった。
1番近い目玉に向けて前足を振るうと、目玉はサクッと4枚に切り裂かれ、矢継ぎ早に次々とミンミンアイを屠っていく。途中で紫の輪っかを受けていたが、催眠にかかった様子はない。あの輪っかを出す目玉を正面から見るとアウトなのかな?
そうしている間にも、クマさんはどんどん目玉を倒していった。
目隠しをしていても、こんなに動けるのか……やっぱり気配とか、野生の勘的なもので判断してるんだろうな。
マリアに群がるミンミンアイを、外側から切り崩していくクマさん。当たり前の話だが、真紅の鎧の時よりも動きが速い。返り血ひとつ浴びていない。
くそっ! 俺も負けちゃいられない!
俺はマリアの援護をするために駆け出した。
俺に気づいたミンミンアイが、ホワホワと紫の輪っかを放つ。
……フッ、俺にそんなものは効かないねぇ!
1番近くにいたミンミンアイ目掛けて剣を振り抜く――剣を握る手には、恐ろしいほど手応えを感じなかった。
よ、弱い。弱いぞこいつ! 話には聞いていたが、めちゃくちゃ弱い!
新たな敵が現れたと見るや、俺目掛けてミンミンアイが殺到する。
まとめて潰してやるよ。
俺は〈深淵の砲弾〉を次々と放った。漆黒の砲弾が当たり、弾けて広がるたびに、ミンミンアイの姿が消えていく。
にしても……数が多すぎる! このままだとシンプルに物量で押しつぶされてしまう。何か手はないか……。ミンミンアイを倒しながら模索していると、翼が駆け寄ってきて告げた。
「空。僕に考えがあるから、マリアさん とミーシャさんを連れて一旦離れてて」
「わかった! 任せるぞ?」
「ああ!」
俺はマリアの元に走りより、告げた。
「マリア、一時撤退! 離れるからついてきてくれ!」
「私は大丈夫ですよ〜?」
そうだね。不死だからね。ってそんな理由で放置してたまるか。
俺はマリアを無理矢理抱き抱え、クマさんにも声をかける。
「ミーシャ! 撤退だー!」
「ほぉ――了解した」
クマさんは聞き分けがいいな。周りのミンミンアイをサクッと細切れにし、その場を離れる。俺もマリアを抱き抱えながら走る。
――くっ、お、おも……くない!!
女性に体重のことで不満を言うのは失礼だからな、重くない、重くないんだ。マリアもギュッと抱きついてくれている。
……クソッ! 胸当て外しとけばよかった!
本来感じる感触を、鉄の胸当てがしっかりガードして防いでくれていた。
目玉の大群から逃れるように必死で走る。幸いにも奴らの移動速度は遅い。ミンミンアイを正面に見据えた翼の脇を通り抜ける。
「〈雷霆万鈞〉」
翼が呪文を唱えた。
瞬間、空気を裂く轟音と共に、雷の束が前方へと一斉に解き放たれる。
無数に枝分かれした稲妻は、目玉の大群を次々と貫き、まるで導線を走る電流のように連鎖しながら、さらに広範囲へと凄まじい勢いで広がっていく。
おおお……すげっ。
翼の魔法の一撃で、大量にいたミンミンアイは、1匹残らず焼け焦げ地面へ落下していく。その光景を見て、俺は思った。
自分の時とは桁違いの威力を目の当たりにして、俺は震えた。
もしかして、俺の時はかなり手加減してくれてた?
とりあえず、見える範囲のミンミンアイを一掃できたので、マリアを下ろす。
地面に足がついてるのに、何故か俺に抱きついたままだ。
この子こんな子だったっけ?? あ、目がなんかグルグル渦巻いてる。
「〈解呪〉〜」
勇者は気の抜けた声で呪文を唱えた。
パキンッと、何かが割れた音と共に、マリアは正気に戻った。正気に、戻った!
正気に戻ったはずだが、俺に抱きついたままだ。
正気の状態で抱きつかれてるなら仕方ない。俺は諦めて、抱き締められることにした。うへへへ。
「マリアさん……何でここにいるんですか?」
翼が言った。
確かに、他のメンバーが居ないのも気になる。さすがにマリア1人で、ここまで来たということはないだろう。
マリアは俺から離れると、事の顛末を話し始めた。
「実はですね――」




