239.VS空?②
振るわれる剣を防ぐ。
やはり動きに荒さが目立つ、太刀筋がブレブレだ。やはり空の体の動きに、まだ慣れていないと見るべきだ。
隙を見て手を向けたが、すぐに距離を取られてしまう。
先の戦いの経験から、こちらの動きを警戒しているのだろう。
それなら――。
「〈側撃雷〉!」
次の瞬間、体から迸った雷光が四方八方へと放たれる。これなら当たる!
予想通り、突如として放たれた全方位の雷光に対応できないようだ。
雷が空の体を容赦なく蹂躙した。
黒い靄に覆われたその身が、どれほどの痛みを感じているのかはわからない。だが、確かに効いている――そう確信できる手応えがあった。
空はたまらず数歩よろめき、後退した。そのまま膝をつき、肩で息をする。
よし! この勢いでたたみかけ――。
「ア、〈深淵の墓所〉」
空の足元に、漆黒の魔法陣が不気味に浮かび上がる。
さらに外周に刻まれた深緑の魔法陣が回転し始め、まるで歯車が噛み合うように融合していく――1つの巨大な魔法陣へと。
まずい!
直感が叫んだその瞬間、全力でその場を飛び退き、一気に距離を取った。
次々と飛び出す漆黒の棘は、空の周囲を避けるように突き出した。
危なかった……そうか、空の魔法も扱えるのか。空の魔法が自分に対して牙を向く――その事実に、額を伝って一筋の汗がこぼれ落ちた。
ここから先は、1発でも当たるとアウトだ。それ程までに空の魔法は恐ろしい。防御が意味をなさないからだ。
魔王の鎧でようやく防げるレベルの魔法を、僕が防ぐことは出来ない。ひたすら避けるしかないだろう。
ポーションのおかげで、体の疲労はある程度回復している。ベストコンディションには程遠いが、それでも普段通り戦うことは出来る。
漆黒の棘が四散していく。
中央にいた空がゆっくりと立ち上がる。
手のひらをこちらに向け、魔法陣を展開した。――来る!
「〈エアリアル〉!」
直ぐに魔力の足場を空中に作りだし、その場から離れる。
「〈深淵の弩砲〉」
放たれる漆黒の矢は、先程まで僕がいた場所へと突き刺さり、床を抉る。
その様子を見て考える。
空のように、無詠唱や複数同時に撃つことはできないのか? いや、決めつけは良くない。魔王の時だってそうだった。あえてそうしないようにしているだけかもしれない。少なくとも魔法を避ける時は、大きく距離を取った方がいいだろう。
魔力の足場を強く踏みつけ、空目掛けて跳躍。振り下ろす一撃を、空は剣の腹で受け止め、払い除ける。
おっとっと。払い除けられ、少し体勢が崩れてしまった。そこに空が剣を振るい襲いかかる。
よし、乗ってきた。
即座に体勢を立て直し、迎え撃つ。
剣がぶつかり合い火花が散る、数度剣を交えわかったことがある。
どうも太刀筋がフラフラしている、剣の見た目は普通だ、特別変わった様子もない。ないのだが、剣を振るう空の動きはふらついている。試しに蹴りを入れてみると、転んでしまった。
うーん、なんか弱くなってない?
転んでもすぐに立ち上がり、剣を構える空。あまり何度も魔法を当てるのは忍びないんだけどね……気を失ってくれると助かるんだけど。
「〈雷撃〉」
サッと手を向け、魔法を放つ。
空も直ぐに反応し、横に飛び退き回避。
空はゴロゴロ転がっていき、クレーターの中に落ちていった。
……なんだろう、この締まらない感じ。さっきまでは、肌がひりつくようなプレッシャーの中で戦っていたからだろうか、空との戦いはなんというか……何故か安心する。「こういうのでいいんだよ、こういうので」って感じかな。
ん? 空がクレーターから這い出してきた。手に持つ剣が変わっている……先程の剣より一回り小さめだ。クレーターの中に別の剣が落ちてたのかな?
クレーターから出てきた空は、すぐに魔法陣を展開した。さっそくか。
空を中心にし、弧を描くように走り出す。
すぐさま漆黒の矢が放たれるが、飛び交う矢は見当違いの方向へ突き刺さる。やはり狙いが甘い。本来の空なら余裕で当てただろう。まったく……寄生霊というやつは空の魅力を全然引き出せていない。どうにかして、引き剥がさないと……。
寄生霊を引き剥がすには、どうすればいいのかわからない。わからないけど、今は空を無力化するのが最優先だ。隙を見て打撃を叩き込んで、気絶させるのが1番かな?
続けざまに放たれる矢を避けながら考える。そういえばシズクさんは何処に? 魔王との戦いが始まってから姿が見えない。
空の腰にぶら下がっていない。となると、この部屋の何処かに隠れているのかな?
いや、今はそんなことどうでもいい。空をどうにかするのが最優先だ。
「〈迅雷風烈〉」
一時的に雷を纏い、左右に激しく揺さぶりながら、空との距離を一気に詰める。剣の鞘を手に取り、すれ違いざまに、一撃を空の胸へと叩き込んだ。
空は息を詰まらせるように呻き、胸元を押さえて膝をつく。
……ごめん。終わってから、いくらでも謝る。だから今だけは、許してくれ。迷いを断ち切るように鞘を振り上げ、容赦なく叩き込む。腕、足、腹と、怒涛の勢いで打ち据えた。
最後に首筋へ振り抜くと、空はその場に崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。
咄嗟に駆け寄ろうとした――だが寸前で思い留まる。罠の可能性があるからだ。空はまだ手に剣を握っている。倒れたと見せかけて、近づいた所を切られる可能性だってある。
剣の届かない位置まで離れ様子を見る。
空はピクリともしない。上手く気絶させることができたのかな? 漫画とかだと首筋を殴って気絶させてるけども……。近づいて確認してみようか。そう思った。
その瞬間――空の体が動いた。
そしてガバッと起き上がると。
「痛ってーな! 何しやがる!」
空の声だ。見た目は黒い人のままだが、確かに何時もの空に思えた。
「空! 意識が戻ったんだね?!」
「意識? あー、そうだな、戻った戻った。心配かけたな」
……本当に? 何処か様子が変な気がする。怪しんでいるのが伝わったのか、空は言った。
「なんだ。騙されないか」
その一言で十分だ。
空はまだ寄生霊に支配されている。そう確信した。続けて空は言った。
「なんだ? もしかしてこの男を救いたいのか?」
「ああ、そうだ。僕の大切な友人なんでね」
僕は静かに返した。
寄生霊か……正直な話、そんな存在のことなんて、どうでもいいと思っていた。だが今は違う。ふつふつと怒りが湧いてくる。誰の真似をしている……誰の姿を使って喋っている。誰の……その体は空の物だ、お前の物じゃない!!
「その体を返してもらおうか」
「それは無理だ。あー、まて。方法はある。こいつからの伝言だ」
そう言って空は自分を指さした。
こいつ? もしかして本物の空のことか? それだと、意識自体はまだ消えていないということになる。それならまだ助けられる。
空――寄生霊は言った。
「俺を殺せ。だ、そうだ」




