236.VS魔王④
手に握る“その剣”は、白く輝き、反りのない真っ直ぐな刀剣。いわゆる直刀というやつだった。
握る手に力を込める――不思議と、全身に力が湧き上がるのを感じた。
すごい……これなら――。
地を蹴り、魔王へと肉薄する。
速度が上がっている……? 今まで以上の自分の動きに、思わず驚愕する。
右手に握った直刀を、魔王の鎧めがけて突き刺した。
刃はなんの抵抗もなく鎧を貫通し、目もくらむほどの雷光が炸裂した。
すぐに理解した。
この刀に実体はない――刀の形をした、“雷そのもの”なのだと。
つまり、それは相手の防御をすり抜け、一方的に攻撃できるということだ。
今この瞬間も、絶え間なく刀から雷が迸り、真紅の鎧を内と外、両側から容赦なく破壊している。
もしこれが生身の肉体なら、この一撃で決着がついていたはずだ。
だが、真紅の鎧の内側は空っぽの空洞。内側からの攻撃には意味がない。
それでもいい。なぜなら――。
「〈深淵の弩砲〉!」
空気を切り裂く音と共に、漆黒の矢が飛来する。
そうだ――空の魔法を命中させるためにも、こいつの動きを止めなければならない。
漆黒の矢は魔王に直撃し、そのまま数メートルも後方へ押し飛ばした。
すごい……! 今までは当たっても、鎧の表面を滑って弾かれていたのに、今回は鎧に傷を刻むほどに威力が増している。
続けざまに、無数の黒い砲弾が魔王へと殺到し、着弾した砲弾は爆ぜるように広がり、魔王の体を僅かに凹ませていく。
魔王も黙って喰らい続けるわけではなく、迫る砲弾の幾つかを武器で弾き飛ばし、弾かれた砲弾は周囲を球体状に抉り取った。
ボロボロの武器を空に向かって投擲するも、追加の砲弾により阻まれる。
辺りに土煙が立ち込め、視界が悪くなり始めるまで、空の魔法は止むことはなかった。
さすがに仕留めたかな? そう錯覚するほどの猛攻だった。
だけど――あの真紅の鎧は、かつて勇者パーティの一員が纏っていたものだ。
幾百という修羅場を潜り抜けてきた猛者の鎧。簡単に壊れるはずがない。その姿を確認するまでは、油断できないだろう。
その時。
土煙の中を何かが動いた。
「〈側撃雷〉!」
咄嗟に呪文を唱えた。
次の瞬間、体から迸った雷光が、四方八方へと放たれる。土煙を多少晴らすことができ、同時に――放たれた雷に何かが当たった。
「ぎゃああああ!」
空だった……ご、ごめんね?
「ご、ごめん!」
「こ、ここ声かけなかった俺ががわわ悪い」
空は痺れて呂律が回らないようだ。いや、ほんとごめんね。言い訳になるけど、土煙でよく見えなかったからさ……。
空とのやり取りに、不意の邪魔が入った。
土煙を掻き分け、魔王の剣が猛然と飛び出してくる。まだ痺れて動けない空に代わり、咄嗟に剣を構えて受け止めた。
鍔迫り合いになるも、徐々に押され始めた。鎧だけのくせに力が強い……! 両手で握りたいが、今は片方の手が雷の直刀で塞がっている。声が漏れる。
「ぐぅっ……」
「〈深淵の弩砲〉!」
そこへ、空の魔法が放たれた。
しかし魔王は、魔法が発動するよりも速く飛び退き、距離を取る。
外れた漆黒の矢は、壁を打ち砕いた。
土煙が晴れ、互いの姿が露わになる。
血のように濃い真紅に染まった鎧は、かつての傷跡など比べ物にならないほど、無残にボロボロとなっていた。全身に凹みもあり、ギシギシと音を立て動きが干渉し始めている。
もう少しだ。もう少し、なのに……決定打に欠ける。
空の魔法は確かに強力だ。それを何発も浴びても、なお魔王は動き続けている。
一撃――そう、一撃で全身をバラバラに出来れば……。
やるしかないか。
心の中で描いた一撃。その為には、空に時間を稼いでもらう必要がある。
「空、頼みたいことがあるんだけど」
「なんだ? ――って、うお! 危な!」
魔王が両手に武器を構え、一直線に突っ込んできた。仕方ない、すぐに動くしかない。
剣を交わして魔王の猛攻を受け止め、僕は空に言った。
「ごめん空! 少し時間を稼いでくれ!」
「わかった! 早くしないと俺が倒しちまうぞ! オラ死ね! 〈深淵の弩砲〉!!」
空の魔法が魔王を押し返す。
少しの間だけ頼んだよ……。
その場から離れ、“ある事“を試みる。
雷の直刀では、動きを止めることはできても、鎧に傷をつけることはできない。
元から持っている剣でも、同じく傷ひとつ付けられない。それなら――。
左手に構えた剣に、雷の直刀を押し当てる。
バチバチと激しい音を立て、直刀の形が歪み始めた。
徐々に直刀が剣と溶け合うように、雷が剣を包み込んでいく。
で、出来た――けど、すごい力だ!
両手で必死に握り締めているが、今にも暴れ出しそうなほどの力が込められている。
でも、これなら。
「空!!」
空に呼び掛けた。
空は僕を見て、1つ頷く。
そうだよね。言わなくても、空ならきっと――僕のやりたいことが伝わる。
それならば、ここで――決める!!
暴れ狂う雷を纏った剣を肩に構え、足に力を込める。
この一撃に全てをかける。
地面が割れる程の力で、地を蹴った。
魔王がこちらに向き直る。止ま――いや、このまま突っ込む!!
全身に力を込め、一息で魔王との距離を詰めた。
その時。
「〈盲目〉」
黒い靄が、魔王の全身を包み込んでいく。
魔王は怒りに任せるように、デタラメな方向へと武器を振るう。
――そして、僕の目に映るのは。
全身から漆黒のオーラを噴き出し、魔王へと突き進む空。
周囲の空間までも黒く塗り潰していく“ソレ”は、空の剣へと吸い込まれるように集まり、刃を漆黒に染め上げた。何処までも深く、ひとかけらの光すら届かない、底知れぬ深淵。
背筋が凍るような“黒“に、全身の毛が逆立つのを感じた。
それと同時に、沸き起こる感情。
――負けるものか。
両手で握り締めた剣に、自然と力がこもる。
つい先ほどまで暴れ狂っていた雷は静まり返り、代わりに刀身は一層眩い光を放っていた。光り輝く白雷をその身に纏い。
目が合う。
同時だ、いいな?
ああ、もちろん!
口に出さなくてもわかる。
未だデタラメに武器を振り回す魔王に向かって、挟み込むように渾身の力で――剣を振り下ろした。
「――見事だ」
魔王――いや、彼から、そんな声が聞こえた気がした。
白と黒、2つの刃は真紅の鎧を破壊しながら突き進み、中央で激突し、すさまじい衝撃が内部を駆け巡る。
ぶつかり合った2つの力が生み出したエネルギーは、真紅の鎧を内側から破壊し尽くし、原型を留めぬほど粉々にした。
そして、そこに残ったのは2人の異世界人。凄まじい衝撃を受けた2人は横たわっている。
――その手に握られた剣は、どちらも中程から無残に折れていた。
――いたたた……や、やった……のか?
全身が痛い。疲労感もある。それに目がチカチカする。
何とか体に力を入れ起き上がると、目の前には小さなクレーターが出来ている。
その中央には、赤い兜が転がっていた。
よく見るとほかの部位も散乱している。
そうか……あの一撃でバラバラに出来たのか。…………そうだ、空! 空はどこに!
僕は次第にハッキリしてきた頭で、周囲に空がいないことに気づいた。
「空! どこにいるんだ!」
すると。
ガラガラと音を立てながら、瓦礫の中から空が立ち上がった。
「ここだよ」
「空! 怪我はしてない?」
「ああ、全身痛いが、このコートのお陰でなんとかな。お前はどうなんだ?」
「全身痛いけど、大丈夫」
「そうか。じゃあほれ」
そう言って空は片手を上げた。
僕はその手を叩く。
「イェ〜イ。俺たちの勝利だ」
「ふふ、そうだね」
僕と空は――魔王との戦いに勝利した。




