235.VS魔王③
「〈限界突破〉!」
「〈神威・武甕槌神〉!」
2人の声が同時に重なった。
空の“とっておき”と、僕の“切り札”。その2つの同時発動。
雷光が再び身体を包み、バチバチと音を立て体の周囲を雷が迸る。
空は確か、リミットブレイクと言った……限界突破か。一体どんな効果があるんだろう。
僕はチラリと目線だけを空に向けた。
そこに立っていたのは、黒いオーラを纏った空――だが、白いコートの下から覗かせる“ソレ”は人ではない“ナニカ”に見え、思わず体が震えた。
黒いオーラは不気味に蠢き、形を定めず揺らいでいた。
だが次の瞬間、ピタリと動きを止め――コートの外側へと滲み出し、純白の布地を漆黒に染めあげ侵食していく。
コートの色が変わるにつれて、普段の空が現れていくように感じた。
その光景に、安堵に似た感情が生まれた。
空が違う“ナニカ”に変わってしまうんじゃないか、そんな思いが頭の中をよぎったからだろう。
いつもの空の顔を見た時、僕は心の中でほっと溜息をもらした。
「よっし! 翼、準備はいいな?」
「あ、ああ。もちろん!」
良かった……いつもの空だ。
隣に立っているのは、いつも通りの空だ。さっき感じた思いは、きっと気のせいだ。見たこともない光景だったので、そう思ってしまったのだろう。
1つ息を吐き出し、気合いを入れ直す。よし、もう大丈夫。
何故か魔王もこちらの様子を伺っているようだ。
その“何故か”の答えはすぐにわかった。
「準備は終わったか? そろそろこの体を抑え込むのも限界が近い。僅かに攻撃の軌道を逸らすことも、もう出来ないだろう。心してかかれ」
どうやら今までの戦いは、彼がある程度鎧の動きを抑えていてくれたようだ。
そうか……抑えてあれか。ということは、ここから先は本気の状態になるわけか。
「翼。最初に撃った魔法また撃てるか?」
「え、一応撃てるけど……どうして?」
「抑えてくれてるうちに、1番強い魔法を当てとこうと思ってな」
……空はすごいな。多分、相手は善意のつもりで抑えてくれてるんだろうけど、それを平気で利用するなんて。
卑怯だとか、恩知らずだと言う人はいるだろうけど、僕は空のこの考え、嫌いじゃない。
今は命を懸けた戦いの最中だ。そんな綺麗事を言っている暇なんてない。
やることは決まった。一気にケリをつけよう。
「空、準備はいい?」
「もちろん。行くぞ!」
「〈万雷神解け〉!」
「〈深淵の墓所〉」
幾重にも重なった万雷の閃光が、容赦なく降り注ぐ。
それは本来、肉を焼き焦がし、骨すら粉々に打ち砕くはずのものだ。
中身の無い空っぽの鎧に対して、何処まで効果があるのかわからない。それでも、ダメージと呼べるものが少しでもあるのなら――!
全身の魔力が高まるのを感じた。
地面に、漆黒と深緑の入り混じった魔法陣が、じわりと浮かび上がる。
……さっき見たものとは、明らかに違う。
あの時の魔法陣は、外周だけが深緑に染まっていた。
けれど、今この目の前に現れた陣は、黒と緑が対等に混ざり合っている――。
2つの模様が重なり合い、1つの陣を形成した。
現れ出ずるは、深淵の茨。
夥しい棘を生やし、ねじれるように曲がりくねった茨が、地面を割って姿を現す。
真紅の鎧を覆い隠すように――凶悪な棘がぶつかり、鉄と鉄がぶつかり合うような轟音が辺りを揺らす。
轟音が途切れ、茨が枯れるように四散する――。
姿を現した鎧は、全身に無数の傷が刻まれ、あの鮮やかな真紅の輝きを徐々に失いつつあった。
ゾクリ、と背筋を冷たいものが撫でていく。
これが……空の“とっておき”か。
先ほどまでとは次元が違う。もし生身で受けていたなら、肉片すら残らなかっただろう――その一撃に、思わず体が震える。
だが、それと同時に、別の感情が胸を満たしていく。
空は……どこまで僕を驚かせるんだ……!
それは驚愕であり、尊敬であり、そして――嫉妬だった。
追いつきたい。
離れて行く、親友の背中に追いつけるように。
そうだ。
空の隣に立つのは――僕だ!
「〈エアリアル〉!!」
魔王目掛け、魔力で作りだした足場を駆け上がる。
魔王は先ほどのダメージなどないように動きだし、地に落ちた武器へと一直線に駆け寄った。
させるか! 足場を蹴って一気に距離を詰め、魔王へと飛びかかる。剣を両手で握りしめ、渾身の力を込めて振り下ろす――が、魔王は身を捻ってその一撃を躱した。
魔王は地を転がりながら、落ちていた武器を素早く手にした。くそっ、間に合わなかった……!
だが、さっきよりも動きに精密さが欠けているように見えた。
跳躍し、魔力の足場を踏みしめた――その瞬間、ある感覚が脳裏をかすめた。
この感覚……覚えがある。
訓練の時、何度も味わった、あの感覚だ。
同時に、頭の奥底で声が響いた。
「使え。」
たった一言。
その言葉だけが、雷鳴のように脳裏をかすめた。
”1つの言葉”が口から零れる。
「〈韴霊剣〉」
剣を左手に持ち替え。
右手に、雷と共に現れた“その剣”を握る。
それは、雷で形作られた――白く輝く直刀だった。
直刀を握った――まさにその瞬間。
全身を包む雷の衣が、さらに激しく脈動するのを感じた。
それはまさに、白雷の名にふさわしく、白く、穢れなき光を放っていた。
ソラの〈限界突破〉は魔力を貯めないと使えないので、マジでここぞという時の”とっておき”となっております。
ツバサは一定量の魔力で、一定時間使えるので、使い勝手はいいです。




