232.魔王?ミーシャ
扉の先は、開けたホールだった。
豪華なシャンデリアと、意匠の凝った布が壁にかかっている。あれの名前、なんて言うんだろうな……まあ、今はどうでもいいか。
おそらく、パーティなどに使う場所なのだろう。他の部屋に比べて豪華な雰囲気だったので、そう思った。
部屋の中央に、ソレはいた。
真紅の鎧を身に纏う人物。
その身を包むのは、頭から足先まで血のように濃い真紅に染まった鎧。窓から射し込む光に反射し、まるで血糊のように脈打つ輝きを放っている。全身に刻まれた傷痕の1つ1つが、“彼”の戦歴を物語っていた。
そして、胸当ての中央には、不格好な熊の紋章が描かれていた。
ただその場に立っているだけで感じるプレッシャー。
これが100年前の勇者パーティの1人。
“赤錆”ミーシャ――か。
俺と翼は、部屋の入口から動けずにいた。
それはなぜか。全身の毛が逆立つほどの威圧を感じていたからだ。
下手に動けば恐らく、ただでは済まない。
そう思わせるだけの存在が目の前にいる。
ヤバいな……これほどとは……。
勇者が何とかなると言っていたので、割と気楽な気持ちでいたが、そんな生易しい状況じゃないとわかる。
まあ、勇者の言葉を鵜呑みにした俺が悪いのだが……。
ハッキリとわかることは、“コイツはヤバい”ということだ。肌がひりつくこの感じ。“鉱石喰らい”や“白い魔物”以上のように感じる。俺は無意識のうちに、左手に握る盾を力強く握っていた。
「おーう。ミーシャ〜、あんた、意識ある?」
そんな呑気な声を上げながら、勇者は俺の腰から離れ、宙に浮かんだ。
先ほどまで俯いていた鎧の顔が、勇者を捉える。
「……その声は、シズクか?」
「そうだよ。シズクちゃんだよ〜。」
「そうか、間に合ったようだな。まだ寄生霊の支配は完全ではない。今のうちにどうにかできないか?」
「あんた、まさか王国への伝言にあった勇者って、私のことを指してたの?」
「ああそうだ。他に勇者はいないだろう?」
……マジか、とんでもない事実が判明した。
どうやら、このミーシャという人物は、まだ勇者が生きていると思って、あんな伝言を託したのか。え、マジ? そんなことある?
チラリと翼を見ると、翼は天井を見上げていた。まあ、うん。どんまい。俺は翼の肩に手をポンと置いた。
「こんのクソボケがあああああ!!! 100年も経ってんだから、私は死んでるに決まってんでしょうがぁぁ!」
「100……年? そんなに経っていたのか。というか現に生きてるじゃないか。それに……なんだ、その姿は」
「魂だけこの本に移したのよ。擬似的に、あんたと同じ種族になってる感じ」
「まったくお前というやつは、またそんな無茶を……いや、それほどの事情があるとみるべきか。それで、その2人はなんだ?」
「あんたがクソボケかますから、新しく召喚された勇者よ」
勇者がそう言うと、ミーシャは視線を俺たちへと向けた。
先ほどよりも弱まっているが、それでも威圧感を感じる。
「お前よりも弱そうな奴らだな」
ああん? 俺らがあの本よりも弱そうだと? 勝手にこの世界に呼んでおいて、なんという言い草。許せんよなぁ! 俺は叫んだ。
「俺たちはあんたを倒すためにここに来たんだ。なめてもらっちゃ困るね!」
ミーシャは俺に視線を向け、すぐに勇者に向き直る。無、無視しやがった……! ムキー!
「シズクよ、あれがお前と同格とでも?」
「そうよ。いずれは使徒さえも殺せる男、ソラよ。あ、もう1人はツバサ君ね。あっちは王国が召喚した現勇者だからね。ツバサ君じゃ使徒は殺せないけど、ソラなら殺れるし、彼らを解放してくれる。私はそう信じてる」
「使徒を……なるほど、お前にそこまで言わせる存在か。興味が湧いてきた。この場に連れてきたということは、お前の代わりと受け取っていいんだな?」
「もちろん。一応言っておくと、真紅程度ならあの2人で倒せるから。無様な姿は晒さないように、わかった?」
「甘く見られたものだな。いいだろう、お前の企みに乗ろう。何か考えがあるのだろう?」
「そりゃあね。寄生霊を完全に殺すには必要な手順だから、あんたも全力でやりなさい。手を抜いて死んだら、私が殺すわよ」
「愚問だな。お前の期待に応えるとしよう」
ミーシャが俺たちに向き直る。
「我が名はミーシャ、勇者パーティが1人。まずは“赤錆”ではなく“真紅”で応じることを詫びよう。向かってくる者への礼儀として、“全力”を出せぬ今の状況では、これが精一杯だ。許せ」
なるほど……武人気質な人物のようだ。
全力を出せないことを謝られるとは、思わなかった。
「俺の名前はソラ。勇者と同じ、異世界人だ。あんたには悪いが、ここで倒させてもらう」
「僕はツバサ。貴方を倒すためにこの世界に呼ばれた勇者です。申し訳ないですが、少し八つ当たりさせてもらいますよ」
翼が俺に続いて名乗りを上げた。そうだよな、八つ当たりもしたくなるよな。あの人……あの鎧が呼んでいたのは、100年前の勇者だからな。まったく無関係な俺たちがこの世界に呼ばれる羽目になったんだ。少しくらい八つ当たりしてもバチは当たらないだろう。
「そうか……すまないことをした。本来ならば、気の済むまで殴られるところだが、今はそうもいかん。体の支配権が寄生霊にある以上、お前たちが攻撃を仕掛けてくるなら、反撃するしかない。今のオレは、こうして喋ることしかできんのだ。許せ」
そういう感じなのか。ということは攻撃をしなければ動くことはないってことか。
つまり戦うのは、こちらのタイミングでいいってことだ。
「だが急げ。寄生霊の支配が完全なものになった時、赤錆を出す可能性がある」
クソが。ならさっさと倒すしかないな。無駄に時間を掛けて、赤錆に出てこられたらその時点でアウトだ。負けイベント開始ってわけね。
俺は剣を握る手に力を込めた。
――が、勇者が言った。
「ちなみに“真紅”は魔法防御力が赤錆に次いで高いからね〜、その代わり物理防御力が、低めだよ。低いって言っても、ツバサ君の鎧以上の強度はあるから、気合い入れて挑みなさいね〜、が〜んば!」
なんとも気の抜ける応援だ。
そうか、魔法防御力が高いのか……ということは俺の魔法の威力がある程度、減衰してしまうな。
「シズクの言う通りだ。お前たちの実力を俺に示して見せろ」
「ああ、言われなくとも。そうするさ」
「そうだね、僕たちならやれるさ」
そうだ、俺たちならやれる。そうだろ? 親友。
「いい目だ……来い。次世代の勇者よ! 俺を超えてみせろ!」
「行くぞ翼!」
「ああ!」
俺と翼は2人同時に駆け出した。




