230.天啓
「それじゃあ、明日の話をしようか」
団長さんにある部屋に招かれると、待っていたのは、そんな団長さんの一言だった。
明日の話か……確か朝から僕の顔見せをするとか言っていたな。
顔見せって、何をするんだろうか。やっぱりパレード的なことをするのかな?
それはさすがに恥ずかしすぎるので、やめてもらいたいんだけど……。
こういう時、貴族のアインが居てくれたらいいのだけれど、空たちに事情を説明するために王城を離れているので、頼ることができない。
団長さんもアイン抜きで話を進めようとしている。
「あの、アインが戻ってから始めませんか?」
「ん? 大丈夫、大丈夫。あいつが居なくても後で説明すればいいだろ? というわけで話を進めるぞ」
ダメそうだ。ニノもスンッとしていて、空気になることを決めているようだし。ミカサは頭に「?」マークを浮かべていた。
「やる事は簡単だ。屋根のない馬車に乗って城下町を一周するだけだ」
そうやって聞くだけなら簡単な気もするけど、実際にやるとなるとだいぶ違うと思う。
僕のイメージでは、馬車に乗って笑顔で手を振るとかそんな感じなんだけど……。いいの? そんな感じで。
そりゃあね、笑顔で手を振るくらいならできるよ? でもさ、それ以上のことはできないわけで。
今まで、僕が勇者ということは隠してきたんだし。それなりの態度で接してきた人もいたわけなんだよね。
その人たちの反応を考えると、やっぱり黙っていた方が良い気もする。
でも、僕のそんな気持ちも、団長さんには関係ないようで。
「なんだなんだ、3人共。せっかくの晴れ舞台なんだ、気合い入れて挑めよ~。ハッハッハ」
団長さんは心なしか楽しそうだ。こっちの気も知らないで……。
パレードなんてやったことがないのに……どちらかというと夢の国のエレクトリカルなやつしか見たことがない。
さすがにあんな感じではないんだろうけど。馬車に乗るだけならなんとかなるのかな?
ニノとミカサも巻き込もうっと。
「ニノとミカサはどう思う?」
「え、私は見る側だったし……どう思うって言われても。ここまできたら、もうやるしかないんじゃない?」
「ですね。きっと皆さん、祝福してくださいますよ」
「そうだといいんだけど……」
覚悟を決めるしかないか。
もしかして空にも見られることになる? そ、それはちょっと恥ずかしいな。
その後、遅れてやってきた副団長さんから、パレードの道順や作法的なことを説明され、解放された。
◇
団長さんの話が終わってしばらくすると、アインが戻ってきた。
こちらの状況を説明してもらった結果、空は先に魔王のいる街へ向かうことにしたそうだ。
これならパレードを見られずにすむ。ホッとした気持ちと、少し残念に思う気持ちがあった。我ながら優柔不断である。
そうか……向こうに着くまでは、また空と会えないのか。
明日、僕たちは第1騎士団と共に向かうわけだし、そこに空たちも加わって一緒に行くのは変だよね。
明日のことを考えると少し憂鬱になるけど、勇者としての責務をちゃんと果たさないと。
いずれは、空が異世界人だと知られても大丈夫なように、下地は作っておかないと。
その為には勇者という肩書は結構便利かもしれない。
そうと決まれば、明日はできるだけ愛想を振りまこう。少なくとも評判の悪い勇者になることはないだろう。
◇
夜が明けた。
それと同時に、色々な人と共に準備が行われる。
何故か僕は、学生服に着替えさせられた。
シズクさんがそういう式典の時は、制服を着ていたかららしい。まあ、そのほうがわかりやすいか。この世界ではあまり見かけないデザインだし。
アインは普段着ている鎧ではなく、第1騎士団の紋章が入った、騎士団の正式な鎧を着ていた。なかなかさまになっている。
ニノは宮廷魔術師のローブを着ていた。
黒色で、いくつかの意匠が施されている。
これは宮廷魔術師の階級を表しているもので、一番下の階級が黒1色。そこから階級が上がるにつれ、意匠が追加されていくという。
ニノの服にはその意匠が複数施されている。
それはつまり、彼女の階級がかなり上がったという証拠だ。本人の顔は、そんなこととは裏腹に感情が死んだみたいになっているけど。
多分、緊張とあまりの出来事にフリーズしているんだと思う。
ミカサは、ゲバルト派の聖女としての正装を身にまとっている。普段よりもなんだか神々しく感じる。宗教的なやつだからかな? 後光もさしてる気がする……あ、違う。〈照明魔法〉を複数個、後ろから当てて光らせているのか。そういう使い方もあるのね。
そんなわけで、僕たちの準備は終わった。
ここから先は、一気に駆け抜けよう。
◇
パレードの感想としては、思ったよりも苦労はしなかった。
単純に屋根のない馬車に座って、周りに手を振るだけだったので、疲労感もあまりない。強いて言うのなら、暫くは人の視線を浴びたくないかな。見られるという行為が、これ程大変なものだと初めて知った。
アインとニノは、いざ馬車に乗って城下町に繰り出すと、ガチガチに緊張していた。逆にミカサは普段通りで、さすがは聖女だと。その貫禄に感心した。
僕も一応笑顔で手を振れていたと思う……たぶん。
無事顔見せのパレードも終わったので、そのまま王都を出発し、僕たちは馬車の中でしばしの休憩をとっていた。
思えば、王都を離れるのはこれが初めてだ。空と日帰りで行ける距離までは離れたことがあるけど、それ以上はまだなかった。
そう考えると、今回が僕にとっての初めての旅ということになる。どうせなら、空も一緒がよかったな……。
その後、魔王の居る街までの道のりは、順調そのものだった。
◇
魔王の居る街まで半日の距離の場所で、予定通りに第1騎士団は野営地を敷いた。
今日はここまでにして、明日の朝、僕たちだけで魔王の居る街を目指す。
もっと近くでもいいのでは? と思ったが、どうやら王様からそう指示されたという。半年前に軍で立ち向かい、全滅したので、少人数ならその被害も少なくてすむとでも思われてるのかな? まったく……ゲームの世界じゃないんだから……。
ここで愚痴っていても仕方ない。今日はゆっくり休んで明日に備えよう。
その日の晩、僕のところにミカサがやってきた。
「ツバサさん、その……少し、お時間よろしいでしょうか?」
「僕に? もちろんいいよ。さ、入って」
僕は各自に割り当てられた小さな小屋に、ミカサを招き入れた。
こんな時間に一体何の用だろうか。これといって心当たりもなく、ミカサが僕のところに来た理由がわからなかった。
部屋の明かりに照らされたミカサの顔は、血の気が引いたように青ざめていた。
何かあったのか? そうだとしたら、こんなに落ち着いているのはおかしい。
もっと慌てふためいていてもいいはずだ。
ということは、別の理由があるのかもしれない。
そこで、僕はミカサに尋ねた。
「ミカサ。何かあったの?」
「……はい。実は先程『天啓』を授かりました」
天啓――たしか、ミカサの持つ祝福という名の、不思議な力だったっけ?
未来が少しだけ見える、とか言ってた気がする。
そうか、ミカサは未来で何かを見たのか。
おそらく、それは魔王との戦いに関することだろう。
でもミカサは、その未来は変えられるとも言っていた。
見た未来と違う行動を取ればいい――言うのは簡単だけど、実際その時にそう動けるかどうかは別の話だ。
そのためにも、まずは彼女の話を聞かなくてはいけない。
そのうえで、今後の行動を決めよう。
「――何を、見たんだい?」
ミカサは押し黙ったまま、言うべきかどうか迷っているようだった。
少しの沈黙のあと、ミカサは、口を開いた。
「ツバサさんが……その、あの、ソラさんを…………剣で、刺している光景を見ました」
その言葉を聞いた瞬間。
僕の心に浮かんだのは、ただ一つの思いだった。
ああ、やっぱりそうなのか――と。




