229.魔王討伐の任
夜が明けた。
昨日は翼たちと合流して、情報を共有することができた。
翼たちの話によると、本当に第1騎士団はここから半日くらいの場所に留まっているらしい。
勇者とアナの索敵によれば、周囲に監視する者はいないという。監視しなくてもいいのかな……。
なんというか……王国側の動きに、ちょっと違和感があるな。普通ならすぐに駆けつけられる距離に居てもいい気がする。異世界だから、そういうものだと言われれば、それでおしまいだが。翼も、なぜかそのことについて深く考えないようにしている節がある。
俺の考えすぎならいいんだけど、もしもの時に備えて動く必要があるかもしれない。そうなると、ほぼ全ての魔法を使える勇者は持っていくべきだな。居残り組には、アナに警戒を強めるよう言っておこう。
そんなわけで、各々朝の準備を進めていた。
食事に関しては、申し訳ないが、作り置きを食べてもらうことにした。朝から体力を使わないためだ。
食事を摂り終えて、装備の確認をする。
武器や防具の不備は無いな。すぐに使えるようにポーション類を〈収納魔法〉から取り出し、腰のポーチに入れる。虹色に光るポーションも、ちゃんと入ってるな。王都への旅で数もだいぶ減ってしまったが、魔王戦くらいは持つだろう。
「そういえばさ、空の装備はどんな効果が付いているの?」
隣で装備の点検をしている翼が言った。装備の効果? 武器のエンチャントのことだろうか。俺は答えた。
「剣に自分の属性を付与するエンチャントは付いてるな。お前はどんな効果が付いているんだ?」
「僕の剣には、空と同じ奴と他には“切れ味上昇・耐久上昇・再生”が付いてるかな。切れ味と耐久が上がって、刃こぼれも、魔力を流すと再生してくれるから便利なんだよね」
え……ズルくない? 何その高性能武器は。装備の性能の差が酷すぎる。……もしかして、防具にも何か効果があるのか?
「……防具はどんな効果があるんだ?」
「えーとね、“身体能力向上・再生・自属性上昇・疲労度軽減・重量軽減”だったかな」
「ずるい!」
俺は思わず声を上げた。ず、ずるい! サポートが手厚すぎる! 王城スタートとはいえ、そんな高性能な武器と鎧を最初から装備してるの? ずるくない? 勇者だから? ぐぎぎぎぎ……。このやりようのない怒りは、魔王にぶつけよう。
「ずるいって言われても……向こうが勝手に用意したのを着てるだけだし、装備のデザインとか種類も選べないから、この装備が僕に合ってるかわからないんだよね。まあ使いやすいけど」
「俺なんて、制服売り払って装備を揃えたんだぞ……。今着てるのも、依頼をこなして稼いだ金で買ったものだしな」
「結構苦労してるんだね……魔王を倒した報奨金は、やっぱり貰った方がいいんじゃない?」
「……それはそれで、別の面倒事になりそうだしな。お前が王族の仲間入りした時にでも、何か融通してくれよ」
「王族……ねぇ。もしも、そうなった時にね」
なにか含みのある言い方だな。そんな簡単に王族の仲間入りなんてできないか。お姫様だって、翼を選ぶとは限らないし、許嫁がいるかもしれないしな。
そうなった時の候補は……チビッ子かミカサさんくらいか。それとも他にも女がいるかもしれない。翼に相応しいか、ちゃんとチェックしておかないと、変な女に俺の親友を渡すわけにはいかない。
「準備はこれくらいでいいか」
俺は翼の恋人候補の審査基準についての考えを一旦保留にし、そう言った。これ以上準備する物もないし、パッと行ってパッと帰ってこよう。
俺はそんな舐め腐った考えを浮かべていた。
「そうだね。そろそろ行こうか」
「ああ」
俺と翼は装備の最終チェックを終わらせ、腰を上げた。
いよいよだ。 これから俺たちは命懸けの戦いをしに行く。
仲間に別れを告げ。
俺と翼と勇者は、魔王の居る街へと歩き出した。
◆
時間は少しだけ遡る。ツバサたち現勇者一行が王城に呼び出された日のこと。
「急な呼び出しだな……いよいよか?」
先頭を歩くアインが言った。
「そうね。ついにって感じね」
ニノは手に持つ杖を、ギュッと握り締め緊張した面持ちでいる。
「無事に、またここに戻って来ましょうね?」
ミカサは落ち着いた様子でそう言った。
「ああ。僕たちならきっと大丈夫さ」
そうだ。僕たちなら、きっと大丈夫だ。空だっている。
それに……空と再会してから、“例の夢”を見なくなった。この異世界で1人だったから、不安で見ていた夢なんだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
僕は自分にそう言い聞かせ、王様が待つという謁見の間へと向かった。
◇
謁見の間でいただいた王様からの言葉は、思った以上にシンプルだった。
「明日、第1騎士団と共に、東の街の魔王を討伐せよ」
それだけを告げ、王様は部屋を出ていった。さすがに僕たちも顔を見合わせる。あっさりしすぎでは? てっきり演説的なものでもあると思っていたのに……それに、僕をこの世界に呼んでまで、倒したい魔王なんじゃないのか……。なんか釈然としない。
謁見の間から出て直ぐに、3人も口々に不満を表した。
「やけにあっさりとしていたな……なんでだ?」
「さあ? 陛下の勅命なんて私初めてだし、こんなものなんじゃない」
「何か事情でもあるのでしょうか……」
「何にしても、ようやく魔王を倒しに行けるってことだよね? それなら早く空たちにも知らせないと――」
「勇者様!」
こちらに誰か走りよってくる。
あれは……ライラ様だ。
「勇者様。魔王を討伐に行かれるのですか?」
「ええ、先程王様から魔王討伐の任を受けましたので」
「はい! 存じ上げております。ですので、こちらをお渡しに参りました」
そう言って、ライラ様は1つの宝石を取り出した。淡く光を放つ赤い宝石だ。
それは、見た瞬間に心を奪われる赤だった。深紅の光がゆらりと揺れる。
宝石の奥底にある“何か“に、心が惹きつけられるような気がする……。
パチリと胸の辺りに痛みが走る。痛っ……なんだろう、今の、なにか。
よくわからないが、この宝石はなんだろうか。
「ライラ様。これは何ですか?」
「……お守りです。どうか、無事に戻ってきてくださいね?」
「わかりました。必ず戻ってきます」
僕たちはライラ様に別れを告げ、王城を後にしようとした。
その時。
「おーう。お前ら、明日は俺たちと一緒に行くから、今日は王城に泊まってくれ」
第1騎士団の団長、ブルーノさんが来た。
「え、そうなんですか?」
「ああ、明日の朝、俺らと一緒に城下町を練り歩きながら、勇者であるお前の顔見せを行う予定だ。だから、今日は明日以降の話し合いもしたいからな、このまま残ってくれ」
「わかりました……どうしようか?」
「それなら、俺がひとっ走りしてアイツらに話してくるわ。ツバサはここに残った方がいいだろ」
「わかった。それじゃお願いするよ」
「ああ。じゃ、また後でな」
アインは空たちに事情を説明するために、城下町へ向かった。
今日は空に会えそうにないか……仕方ないよね。明日になれば、また会えるんだし。
1日くらいは大丈夫だ。




