227.ミンミンアイ
勇者からの無茶振りを受けた俺は、悩んでいた。
それしか方法がないとはいえ、さすがに厳しい。会ったこともないミーシャのために、そこまでできるかと言うと無理くね?って話。
だからだろう、勇者もあまり乗り気ではないようだ。珍しく渋い顔をしている。
「正直な話、私はソラにそこまでしてもらう必要はないと思ってるよ。本来、寄生霊を殺すには、寄生先を無くせば勝手に消滅するけど、今回のは多分、ミーシャを倒してもしぶとく生き残ると思う。ま、その都度倒せばいいだけの話だしね。それだけの話よ」
それだけの話……か。そんな悲しい顔をしておいて何を言っているんだか。仲間が目の前で死ぬのを指をくわえて見てろってか? お前は一度経験しているんだろうに、かつての仲間が目の前で、自ら死を選んだ時のことを。100年経ってもまた同じことを繰り返すなんて……。
俺は自分の頬を両手で叩き、気合いを入れる。
よし。覚悟決めますか。俺は言った。
「シズク」
「なに?」
「俺に任せておけ」
「……」
勇者は無言で首を振った。
「いいよ。私はもう覚悟を決めているから。正直な話、成功するかもわからないんだし、賭けるにはリスクが大きすぎるよ。だから……まあ、ミーシャにはお別れくらいは言いたいかな」
こちらの調子が狂うくらい、しおらしい態度の勇者に、俺は言った。
「シズク、2度も言わせるな。俺に任せろ」
そう、俺はやれば出来る子だ(自称)。この世界に来て、なんやかんや上手くやってきたんだ。死にそうな目にあったのも1度や2度ではすまない。今更1回増えたところで問題ない。
「シャロ、アナ、マリアも納得してくれるか?」
「……ソラがいいなら、あたしはオッケー、かな?」
「私は反対……だけど、ソラはそういう人だからね。もしもの時は私に任せて」
「皆さんがよろしければ、私も異存はありません。離れたところから、ソラさんのために祈りを捧げますね」
……ふっ。良い仲間を持ったものだ。
俺にはすぎた仲間たちだ。やれ魔女の手下だの、ゲバルト派を懐柔しただの、イカれた集団の頭目だのと言われる時もあり、相対的に見て「シャロが1番まともでは?」という意見も出ているが、俺にはかけがえのない仲間たちだ。オマケに問題児の勇者もいる、隙を生じぬ二段構え。飛天御剣流かな?
「よし。ミーシャの話はこれでおしまいにして、本題に入ろう」
俺は話題を変えるべく、そう切り出した。
「本題? 他になにかあるのー?」
シャロが頭に「?」マークを浮かべていた。おバカ! 俺の一大事を忘れるとは、まったく……。俺はシャロに説明した。
「勇者が言ってたろ? 俺と翼だけで魔王と戦うことになるって。意味わからんよなぁ? 全員でボコれば早くね? っていう」
そうだ、全員で魔王を囲んで棒で叩けばいいものを、勇者は俺と翼だけで戦わせようとする。理由があるんだろうが、どうせ昔のブロリーが悟空を恨む理由くらいしょうもないものだろう。
「一応、全員で行けないこともないけど、催眠対策をしなきゃいけないんだよね〜」
「催眠? なんでそんなものが必要なんだ?」
「街の中に“ミンミンアイ”がうじゃうじゃいるんだよね。さすがにあの数は、対策しないとキツいと思うからさ」
ミンミンアイか……初めて聞く名前だ。名前の響きからしてクソザコくさいけど、そんなに厄介な魔物なんだろうか。
「そのミンミンアイってのはどんな魔物なんだ?」
「体長が15cmくらいで、見た目は剥き出しの眼球って感じで、催眠魔法が得意な魔物だね。多分、軍がやられたのはこいつらのせいだろうね。とにかく数がすごいし、虫みたいにうじゃうじゃいてね。きっと、誰かが意図的に連れてきたんだと思うよ」
「ミンミンアイって、この辺にはいない魔物なんだけど」
「そうなのか?」
どうやらアナは知っているようだ。シャロとマリアは頭に「?」マークを浮かべているので、この辺りでは一般的な魔物ではないんだな。
「うん。生息地はここよりもっと南側だから、この辺で見かけたなんて話は聞いたことないかな。それに、催眠魔法が厄介ってだけで、強さで言ったらホーン・ラビット以下だね。単体だと弱いから、基本的に他の魔物と一緒に行動してることが多いかな」
なるほど、特殊能力に特化したタイプの魔物か。催眠魔法……いやな感じしかしない。この世界の魔物は、大体が人間を見つけると襲ってくる。催眠にでもかかったら、なすすべなく殺されてしまうな……。本体は弱いのが救いか?
とりあえず、勇者の話ではそのミンミンアイとかいうのが、大量に街にいるわけだ。どちらにしろ、俺と翼だけが戦うという理由の答えにはなっていないわけで…………あっ、もしかして。
「そういえば、ディーテーさんのとこで魔眼だっけ? あれが効かなかったから、俺と翼だけで行くってことか?」
「そうだね。理由はよくわからないけど、私たち異世界人って、精神に影響を与える魔法とか毒の影響をほとんど受けないんだよね。転移特典ってやつかな? それと、ほとんどの言葉とか言語も普通に理解できちゃうから、そのへんも気をつけてね〜」
「……なんで気をつけるんだ?」
「周りの人からすると『なんで普通に話してるの?』って怪しまれるからね。中には、失われた言語とかを秘密の暗号として使ってる組織もあるだろうし、うっかり反応したら目をつけられるかもよ」
なるほど……そういうこともあるか。
俺が気付いていないだけで思ってたより、転移時の特典って多いんだな。死んだら使徒に転生のおまけ付きだし。……あれ? もしかしてあの時ママの言葉がわかったのって、俺だけだったりする? それってつまり、ママと心が通じ合えるのは俺だけって……コト!?
「いや、一応、私とツバサくんもわかるからね?」
「そんなん知らん。俺だけのママだからな」
「キッショ」
「……チッ。それでぇ! 俺と翼が魔王と戦ってる間、他の皆は何をするんだ~?!」
まったく。俺とママの絆を「キショイ」呼ばわりとは何てやつだ。この怒りは魔王にぶつけるしかないよなぁ!
「とりあえず、魔王と直接戦うのはソラとツバサ君になりそうだから、他のみんなは街の外で待機だね。催眠魔法喰らって同士討ちなんてシャレにならないし」
まぁ、そうなるよな。でも街の外で待機してたらミンミンアイが襲ってきそうなもんだが、何か考えでもあるのだろうか。
「ミンミンアイが襲ってきたらどうするんだ?」
「倒せばいいんじゃない? ミンミンアイって、まんま目玉だから、石でも当てればそれで死ぬし」
「思った以上に弱いんだな……」
「弱いよ。催眠魔法がめんどくさいってだけだし。目が合った相手に催眠魔法かけてくるから、目を合わせなければ問題ないよ」
そんな雑魚に王国の軍は負けたのか……いや、きっと何か理由があったはずだ。俺ですら催眠に掛るような、すごい仕掛けがその時起きたのだろう。きっとそうに違いない。
「じゃあ、最終的な作戦は翼たちが来てから決めるってことでいいか?」
「そうだね。向こうのパーティが何か道具持ってるかもしれないしね〜」
「だといいけどな……というか、アナは催眠魔法に耐性のある魔道具とか持ってないのか?」
「残念だけど持ってないね。催眠魔法を使う魔物自体、数が少ないうえに基本的に弱いから、本格的な対策ってあんまりしないんだよね。ごめんね?」
「いや、いいさ。そうか……だから王国の軍もあっさり催眠に掛ったのかな?」
「かもしれないね」
ミンミンアイを集めた何者かも、それを知ったうえで魔王の周囲に配置したんだな。めんどくさい相手だ。コチラの手の内を知り尽くしている可能性が高いか。王国内のゴタゴタに巻き込まれるのは嫌なんだけどなぁ。翼の将来のために頑張るかな。
いずれはアイツも、お姫様と結婚して王様になるだろうし。その時にでも色々と恩恵を受けようじゃないか。
翼たちが来るまで、あと何日だろうか。
それまでのんびりしながら、情報を集めておこう。




