215.ローブの人物
ローブの人物に近づく。
改めて見ると、違和感に気づいた。
ローブの人物の周りにだけ、ぽっかりと穴が空いたようなスペースができている。
俺がそのスペースへ足を踏み入れたと同時に――。
「〈解呪〉!」
腰に提げた本から、呪文が唱えられた。
パキンという音とともに、何かが解呪され。
俺を庇うように、アナが前に躍り出る。
その手には杖が握られており、即座に呪文を唱えた。
「〈氷の鎖〉!」
青い魔法陣が空中に描き出され、4本の氷の鎖がローブの人物を拘束する。
その時。
目深に被ったフードが外れ、顔があらわになった。
茶髪で褐色の男。
その見た目に、俺は覚えがあった。
以前、鉱山都市に現れた巨大な鉱石喰らいと一体化するように生えていた男。
あの時の男と、まったく同じ顔をしていた。
虚ろな目で、どこを見ているのかわからない。感情というものが抜け落ちた、抜け殻のような顔をしている。
アナの魔法で拘束された男は、身動ぎもせずにただ立ちつくしていた。
突然。
男のローブが燃え上がり、その身体をあらわにする。
鉱石喰らいの時もそうだった。
どちらも一言で表すのなら「醜悪」そのもの。
首から上は褐色の男だが。
その下は、さまざまな魔物を継ぎ接ぎしたような、出来の悪いキメラだった。
右腕は何かの触手で、左腕には細長く鋭い爪が生えている。
両足も、それぞれ膝の関節が真逆の構造になっていた。片方は蹄、もう片方は人間の足のようだ。
一目見ればわかる。
こいつは人間じゃない。
視界の端から、飛び出す人影が見えた。
マリアが男に向かって拳を振り抜く。
男は避ける素振りも見せずに立ちつくしていた。
しかし、頬に届く前に男の触手が伸び、マリアの腕を搦めとる。
「オラッ!」
近くにいた冒険者が触手に向かって剣を振り下ろす。
触手は両断され、マリアの腕が解放されるのと同時に、アナは叫んだ。
「退いて! 〈氷柱〉!」
冒険者とマリアはすぐにその場から飛び退き、男へ向けて放たれた魔力を帯びた氷柱が男に突き刺さる。
男は微動だにしない。
冒険者は、そんな男の首をめがけて剣を振り抜く。剣は首に当たった瞬間、ガキンッという音とともに弾かれてしまった。
「ックソが! 硬ってぇな!」
冒険者は悪態をつきながら、剣を引き後退する。
俺は剣を鞘から抜き、魔力を込める。
すると、刀身が黒く塗り潰さていく。
男へ接近し、首に狙いをつけ振り抜く。
あっさりと男の首が両断され、地面に転がり落ちる。そのまま男の体は糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
……血の一滴すら出ないのか。
首を切り落としたというのに、刀身には血の跡もなく、死体からも一滴の血すら流れ落ちなかった。
その光景を目の当たりにし、俺は言いようのない不安に襲われた。
もし、あの時マリアさんの変化に気づかなければ、こいつに気づくことは無かった。
俺はそこで、ハッとして周りを見回す。
……いないか。
鉱山都市の時は近くに黒いローブを着た人物がいた。今回もその可能性を考え、辺りを見回したが、それらしい人影は見つからなかった。
うーん。気づくのが遅すぎたか? それともかなり前から、この男は冒険者ギルド内にいた可能性の方が高いか。
「何があった!」
「ちょっと通してくれ」
その声に、俺の思考は遮られた。
騒ぎを聞きつけて、冒険者ギルドの職員がやってきた。
「一体何の騒ぎ、うわっなんだこいつ」
「……これは。誰か説明してもらえるか?」
職員たちは、騒ぎの中心にいる俺たちに目を向けた。
「じゃあ私が」
アナが1歩前に出る。
「……アナスタシア様が対処されたのですか?」
「そう。認識阻害のローブを着ていたのがいたから、拘束したら中身がコレだったって感じ。それで、襲われたから殺した」
……最初に襲ったのはこちら側だが、訂正する必要もないな。誰がどう見ても、この男のほうが異常だ。
今のうちに手足も切り落としておくべきか? ……いや、今そんなことをすれば、俺が頭のおかしい奴に見えるだけか。
その後、俺たちも軽い事情聴取を受け、解放された。
◇
解体してもらった肉と買取金を受け取り。冒険者ギルドを出た俺たちは、そのままアナの家で話し合うことになった。
アナの家に向かう途中、先ほど冒険者ギルドで起きた出来事を話す者はいなかった。外でペラペラ話す内容ではないと、皆なんとなく感じていたからだ。
「とんかつー♪ とんかつー♪」
シャロにいたっては、既に頭の中がとんかつに支配されている。シャロはああいうのを見ても、怖いと感じたりしないからな。
俺は違う。
今も周りをキョロキョロしながら、不審な人物はいないか探っている。傍から見れば都会に来た田舎者に見えるだろうが気にしない。不審な人物を見つける為だ、仕方ない犠牲と言えよう。あ、あの剣カッコイイな。
しばらく歩き、アナの家に到着した。
結局不審な人物は見つからなかった。もう王都から逃げていったか? 前回も鉱石喰らいに気を取られている隙に、居なくなっていたし。いないものは仕方ない、頭の片隅に置いておこう。
◇
「そういえばさ、翼はなんの理由でこの世界に呼ばれたんだ?」
俺はオーク肉を丁度いいサイズに切りながら問いかけた。
「え? あれ、言ってなかったっけ」
「多分……聞いてない気がしたからな」
俺は切った肉の筋を切り、フォークを刺しながら答える。
「アイン。話してもいい?」
「あー、誰にも言わないならいいと思うぞ」
「俺は口が固いぞ」
人に知られるとまずい理由なのか? どちらにしろ人に言いふらす気なんてないからな、遠慮せずに言って欲しいな。
「今から何ヶ月か前に、ある街が魔王に占拠されたらしいんだよね」
「え、魔王って確か100年前に倒されたんじゃないのか?」
俺はバッター液に肉を浸し、パン粉をつけながらそう言った。
「いや、それとは別の魔王みたい。それで、その魔王が「勇者を連れて来い」って要求したらしいんだよね。だから僕が召喚されたみたい」
「……なんか、理由が雑過ぎないか?」
理由がなんかフワッとしている。王国はそんな理由で異世界人を呼んだの? 正気か?
俺はパン粉を付けた肉を〈収納魔法〉に仕舞う。
勇者を連れて来いで異世界から呼び出されたんじゃ、たまったもんじゃないな。まだ勇者の理由の方がしっかりしてるぞ。
……いや、待てよ。
「なあ、もしかしたら。上の連中がそう言ってるだけで、本当は別の理由があるんじゃないか?」
「……別の理由か。確かに、その考えはなかったね」
「聞き捨てならないが、可能性としてはあるな」
あるんだ。もしかしてって感じで言ってみただけなんだが。
俺は鍋に油を注ぎ火にかけた。
パン粉を一粒入れ、温度の度合いを確認。よし、いい温度だ。
肉を油の中に投入する。
「あー、そうだ。私からも言うことがあったわ」
勇者が寄ってきた。言うこと、ねぇ。そういえばあの時の魔法は助かったな。
「あの時なんか魔法使ってくれてありがとな」
「ん?ああ、アレね。私もあそこまで近づかないと気づけなかったのは驚いたよね。この体になってだいぶ劣化しちゃってるね〜」
やっぱり魂だけだと、人間の頃よりも力は落ちるか。
「そうそう。言いたいことってのはさー」
そして勇者は、ある事実を俺たちに言い放った。
「あの褐色のやつ。私が倒した魔王と同じ顔してたわ」




