213.今晩はトンカツよ~。
鐘が鳴り、陽が昇る。
今日も異世界での1日が始まる音。
この世界に来てから何度も聞いた鐘の音。
元いた世界では目覚まし時計をかけて起きていたので、最初の頃は慣れるのに苦労した気がする。
俺は馬車から降り、アナの家に向かった。
隣りにあるからすぐなんだけども。
扉をノックして返事を待つ。
「はーい」
元気な女の子の声が聞こえてきた。
扉が開かれ、出迎えたのは。
「おはよー、ソラー」
俺が初めて組んだ相棒的存在。
シャロだ。
俺が異世界に来て間もない頃から、共に冒険者として依頼をこなしてきた。
小さい体で大きな盾を自在に操る、我がパーティのメイン盾。
恐怖心がバグっているため、どんな相手でも怯むことなく向かっていく。
思えば、シャロには何度も助けられたな。
俺はシャロの頭を撫でながら部屋の中に入った。
「えへへー」
部屋に入ると、テーブルの上には既に朝食が用意されており、シスター服を着た女性が配膳を行っていた。
「おはようございます〜」
彼女はゲバルト派という、頭のイカれた魔物スレイヤーが数多く所属している宗派の1人。名はマリア。
俺たちの中で一番の年上で頼れる?女性だ。
ちなみに『不死』というぶっ壊れチートを所持している。その代わりに、魔物が視界に入ると問答無用で襲い掛かる。視界に入れなければいいので、対処はできる。
不意の遭遇ではどうしようもないが。
「んん……おは、よう」
そう言いながら起きた少女。
異世界である、この世界でも珍しい薄桃色の髪をした彼女は、『血濡れの魔女』と異世界の人々から恐れられている、[白金]ランク冒険者のアナスタシアだ。俺たちはアナと呼んでいる。
寝癖がライオンのたてがみみたいになっているが、俺たちの中でぶっちぎりに強い。
正直、強さの次元が全然違う。
どれくらい強いのかというと、マリアさんの不死を完封して、寿命まで封印できるくらい強い。かすり傷くらいなら見たことあるが、それ以上の傷やダメージを負っているところを一度も見たことがない。
なんで俺たちのパーティにいるのか疑問にすら思う。
「〈清潔魔法〉」
「うわっ! あ、おはよう」
俺はアナに〈清潔魔法〉をかけ寝癖を直す。
「おはよう」
これが俺のパーティ。
『ハーデンベルギア』の仲間たちだ。
◇
朝食を食べた俺たちは、王都の門で翼たちを待っていた。
今日は、王都周辺の魔物を狩る予定だからだ。
門の近くに馬車を出し、のんびり座りながら待っていると、翼たちがやってきた。
「おはよう、空」
こいつの名前は佐々木翼。俺と同じ世界から転移してきた幼馴染だ。
顔も良いし性格も良い。しかもこの世界に勇者枠として転移してきたので、実はコイツが主人公なのでは? と思ったりもする。するが……俺の人生なんだ、俺が主人公だよな。
翼……お前は親友ポジのモブということになる。すまんな。
「高そうな馬車乗ってるな……」
そう言ったのはアイン。王国の第1騎士団の一員で、現勇者パーティの前衛枠だ。詳しい経歴は知らん。出逢ってまだ2日目なので深い話はしていないせいだ。
「この馬車普通のより良いやつよね……」
次いでアインの影に隠れるくらい、小さいちびっ子ことニノ。シャロよりも小柄で翼たちの魔法使い枠だ。実家に仕送りをしているらしく、苦労しているのかもしれない。一杯美味しい物を食べさせたい。
「おはようございますお姉様!」
マリアさんに一直線に向かって行った彼女はミカサ。なんとあのゲバルト派の聖女だという。聖女といっても思考回路は他の信徒と同じなので、魔物を殺すことに躊躇いはない。聖女らしく争いを好まないとかそんな事は無い。バリバリ争うし、物騒な言葉を口にする。
「はい。おはようございます~」
正直な話。マリアさんは呪いのせいで魔物に襲い掛かるが、普段の言動はそこまでアレじゃない。魔物に対しての増悪もそこまで強くないので、ゲバルト派の中でも結構おっとりしている印象がある。そもそもゲバルト派に入信したのも途中かららしいので、他とは考えが少し違うのだろう。
「空。これ返すよ」
「おう。無理言って悪かったな」
そう言って翼は一冊の本を俺に手渡した。
俺の手に握られた本がブルブル震え、バッと開いた。
「人を漫画の貸し借りみたいに扱わないでほしいねー」
この光景を見たら誰もが驚くだろう。
異世界といえど、喋る本は存在しないのだという。しかも宙に浮いて自由に動き回るし、魔法も使う。
理由は簡単だ。この本にある人物の魂が宿っている。その人物は――。
「そう。100年前の勇者様こと、美少女シズクちゃんです」
……そう。この本に宿る魂は、100年前にこの世界に転移してきた勇者本人だ。ナチュラルに人の心の中を魔法で読むことが出来る。
色々な経緯を経て、自身の魂を一冊の本に写すという荒業をやってのけた。
そして、俺をこの世界に呼び寄せた張本人でもある。
理由はシンプルだ。
俺に殺してほしいそうだ。
彼女の魂ごと。
俺の魔法なら……それが出来るという。
俺の覚悟が決まるまで待ってくれると言っていたが。
何となくだが、その日はそんなに遠くない気がする。王都への道すがら、俺を鍛えたのはその為だろう。
「うぇーい。ソラ君うぇーい」
絶対ぶっ殺す。
俺の顔の周りをグルグル回りながら煽り散らす勇者を見て。俺の決意は更に強くなった。
◇
「オーク狩りだぁあ!」
俺たちは王都周辺の森にいた。
ドレスラード周辺ではゴブリンだったが。王都周辺はオークが出没するらしい。
俺の初オークはダンジョン産の上位種だったからな。普通のオークがどんなものかわからない。
とりあえず叫んではみたが。8人も人間がいるのにオークが襲って来るなんてことがあるのだろうか。
「プギィイイイイイイイ」
襲ってきたわ。
「シッ!!」
マリアさんのハイキックがオークの頭を粉砕した。ヒュ~、はやーい。
俺の初オークはあっさり終わった。
襲って来たのは1匹だった。
地面に横たわるオークの死体を観察する。ふむふむ。豚が二足歩行している感じだな。
手足は俺の知る豚よりも長く、指も蹄ではなく4本ある。人間よりも1本少ないのか。ゴブリンは5本だったが、人型の魔物といってもその辺の違いはあるか。
「なあ」
俺は一番気になる話題を切り出すことにした。
「コイツって食えるの?」
だって見た目豚だもん。ゴブリンと違って食えそうな感じがする。
食えるならトンカツにするか……醤油があれば角煮やチャーシューにもできるな。
だめだ。完全にトンカツの口になってしまった。トンカツソースが欲しい。いや、もう白米と一緒にがっつきたい。
「食えるぞ。王都にもかなり出回っているしな」
「私もこのお肉好きよ」
王都住みのアインとニノがそう言った。
よし、今夜はトンカツだ。……生姜焼きも食いてえなー。ないものねだりをしても仕方がないとはいえ、やはり醤油が欲しい。
忘れてた、翼に聞けばいいんだった。
「翼。王都に醤油、味噌、米はあるか?」
「残念だけど無いよ。似たようなのも見つからなかったね」
ガーン、だな。王都に無いということは絶望的だな……。
「それより空」
「なんだ?」
翼が若干引き攣った顔で俺に言った。
「本当にソレ。食べるの?」
「……食べるが?」
え? なに? 翼は食べない感じ? 俺からしたら魔物って時点で、食えるなら食うつもりでいるんだがな。
うちの子たちなんてもう食う気満々だぞ。
「オークってどこが美味しいー?」
「私は脂身の少ない所がいいかな」
「もう何匹か狩っていきましょう!」
あと何匹か狩らないといけないな。肉の補充にはちょうどいいか。
シャロとマリアさんの目が肉のマークになっているし。
「というわけだ翼。今夜はトンカツだ。楽しみにしとけ」
「……トンカツか。うん、そうだね。楽しみにしてるよ」
その後俺たちは、出会うオークを片っ端から狩っていった。




