206.どうかご内密に⋯⋯。
翼との話が終わり、アナの家に戻ってきたのだが。
ミカサさんはマリアさんにべったりで、シャロとちびっ子ことニノは2人でおしゃべりしている。アナとアインはテーブルの対角線上に座り、お互い無言だ。
みんな仲良くやってる……のか? シャロとちびっ子は、歳が近いから意気投合したのかな。マリアさんとミカサさんは元々知り合いだから、久しぶりに交友を深めているのだろう。
アナとアインは……無理そうだな。面と向かって喧嘩を売ったんだ。仲を取り持つにしても、アナが興味なさそうだ。
俺はアナの隣に座り、翼はアインの隣に腰掛けた。
「話は終わったのか?」
「ああ、悪いな翼を借りて」
「別に俺に許可をとる必要はないだろ」
アインはそう言うと、ジッと俺を見つめる。
「本当に翼と同じ所から来たんだな」
「そうだな。ちなみに、あの勇者も同じだ」
「……勇者様は、100年前に亡くなられている。いや、行方が分からないだけか。俺は元の世界に戻ったと思う」
頑なに信じようとしないな。
仕方ないか、いきなり空飛ぶ本が「自分は勇者です」とか言ってきたら俺でも疑う。俺は日記を読んだから、アイツが勇者だと確信がもてる訳だが。
別に信じて貰えなくてもいいか。あの勇者の存在は今の認識のままの方がいいだろう。下手に確信を持たれても王族が出てきそうで面倒くさい。俺はスローライフを送りたいのだ。
それよりも今は、俺の存在を秘密にしてもらう事のほうが大事だ。もう1人の異世界人が居るなんて知られたら、絶対に面倒事になる。確実に。とはいえ、この男は一筋縄ではいかなそうだ。アナが脅しても屈しなかったくらいだ。
俺は頭をひねり、どうしたものかと思案する。翼が口を開いた。
「アイン。出来れば空の事は内密にしてほしい」
「……何でだ?」
「多分……空なりの考えがあるんだと思う。それはきっと、今後に繋がると思う」
何も考えてませんが? 面倒な事になるのが嫌なだけだ。
俺は黙って成り行きを見届けることにした。余計なことは言わないでおこう。
「ねえソラ」
「ん? どうした?」
「国に狙われても、私が守るからね」
狙われたくないから秘密にして欲しいんだよなぁ。アナは本気で国とやり合いそうで怖い。それだけ思われてるということか?
「その時は頼む」
「うん!」
可愛い。
「……チッ。わかったよ。国と魔女が正面からやり合うのは被害が大き過ぎる。少なくとも俺は誰にも言わねえ。それでいいな? ニノとミカサは自分で説得しろ」
アインはそう言うとコップの中身を一息で飲み干し、俺にコップをずいっと差し出す。
「ほら、次の酒ついでくれよ。お前が明確な敵にならない限り、ツバサの顔をたててやる」
「なら大丈夫だ。翼の顔に泥を塗るようなことはしないさ」
「そうかよ……なら、まずは魔女をどうにかしてくれ。俺の足の感覚がない」
足? 俺がテーブルの下を覗いてみると、アインの足が氷漬けになっていた。わーお。
「アナさん?」
「コイツが逃げないように……ね?」
アナは可愛らしくそう言った。
「可愛い……じゃなかった。解放してやってくれ」
「ふふっ、はーい」
アナが指を鳴らすと、アインの足を覆っていた氷が砕け散る。
「……ハァ。噂通りとんでもねえ女だな。どうやって手懐けたんだ?」
手懐けたとか、そんな関係ではない。一緒にいたいからいるだけだ。うーん……なんて答えようか。俺が考えてる隙にアナが答えた。
「初めて会った時、ソラの方から口説いてきたんだよね」
え、そうだっけ? 最初会った時に髪は褒めたけど、口説いた覚えはないぞ。俺が忘れてるだけか?
「異世界人ってのは、とんでもねえ事するな……」
そもそも血濡れの魔女なんて知らなかったしな、いきなり目の前に美少女が現れたら、誰だっていい格好したくなるものだ。
もうアインは大丈夫そうだな。残りの2人を説得しないと。
ミカサさんはマリアさんに頼もう。
俺はマリアさんに近づき、耳打ちした。
「マリアさん。その子に、俺が異世界人だということを秘密にするよう説得してもらえませんか?」
「いいですよ〜」
マリアさんはミカサさんの目を見ながら言った。
「ミカサ。ソラさんが異世界人ということは内緒ですよ〜?」
え、そんな感じでいいの? 大丈夫?
「わかりました! お姉様との約束は、墓場まで守ります!」
大丈夫だった。そこまで気合いいれなくてもいい気はするが、秘密にしてくれるならなんでもいいか。
これで2人目。残るはちびっ子だな。
ちびっ子はシャロとおしゃべりしていた。楽しそうじゃん。俺も混ぜてもらおう。
「シャロ〜、ニノ〜、俺も混ぜて〜」
「えー、友達はいいの?」
「今はちびっ子に話があるんでね」
「ちびっ子言うな」
ちびっ子ことニノの前に置いてあった、ハンバーグの皿はキレイに完食されていた。よしよし、ちゃんと食べてくれたか。
「ニノ。おかわりはいるか?」
「……うん」
俺は〈収納魔法〉からハンバーグを取り出し、ニノに渡した。そうだ、いっぱい食べなさい。子供はよく食べ、よく寝るものだ。
ハンバーグを食べ始めるニノを見て、俺はそう思った。シャロに次いで、美味しそうにご飯を食べる娘が現れてしまったか。俺の母性が芽生えてきてしまったかもしれない。
「ほら、ちゃんと野菜も食べなさい」
「う、うん」
俺はサラダを取り出した。当然、ドレッシング付きだ。これはアレックス君が開発した逸品で、出来がいい。ドレスラードに戻る頃には、どれほど腕を上げているか……フフフ、楽しみだな。
ニノはサラダを一口食べ、目を見開き驚き、次々に口へと運んだ。口いっぱいに頬張る姿はリスみたいだ。
「ソラー、あたしのはー?」
「……え、ああ、ほら」
シャロに催促されサラダを差し出す。シャロもニノのように口いっぱいに頬張る。もしかして張り合っているのか?
2人してムシャムシャ食べている。
本題を忘れていた。
「ニノ」
「ふぁに」
「俺が異世界人という事を内緒にしていてくれないか?」
「ふぁんで?」
「……もし内緒にしてくれるのなら、会う度に好きな物を食べさせてあげよう。あと、ハンバーグのレシピも教える。どうだ?」
ニノは無言でハンバーグを咀嚼した。
「……わかったわ。3人も黙ってるみたいだし、私も秘密にしておく」
「そうか! ほらもっと食べな」
俺は〈収納魔法〉からハンバーガーと唐揚げにオムレツを取り出し、ニノの目の間に並べる。
今までの分いっぱい食べるんだぞ……。この子持ち帰っても良いかな? ダメ? そうか……。
よし。これで俺の存在が王国にバレる確率が低くなった。面倒事はさけたいしな。
俺は翼、アナ、アインの居る席に戻る事にした。
「ほら、これが小学1年生の時の写真だよ」
「――ッツ!! こんな!? 小さい頃の……」
何してんのコイツら。
見た感じ、翼がアルバムをアナに見せているな。え、なにそれ。
「何してるんだ?」
「あ、空。この子に空の小さい頃の写真を見せているんだよ」
「あ、ふーん。なんでそんな物持ってるんだ?」
「……………………たまたまね。たまたまあの日カバンに入っていたんだよね。多分、妹……の仕業だと思うんだよね。僕もびっくりしたよ」
なんだろう。何だか引っかかる感じはするが、翼がそういうのならそうなんだろう。
俺はアナの隣に座り、アルバムを眺める。
懐かしいな。小さい頃の俺の写真がいっぱいだ。
というか俺率高くない? 翼と妹も映ってはいるが、俺より少ない。というか俺単体のが多い気がする。
たまたまだよな? たまたまそういう写真のアルバムを持って来てしまっただけだよな? 信じるぞ?
俺の幼少の頃の写真を片手に、アナが酒をゴクゴク飲んでいた。
何だか俺をつまみにしているみたいに見えるが気のせいだよな? 信じるぞ?
その後、アナに写真の場面の説明を求められながら夜は更けていった。
それにしても懐かしい写真ばかりだ。
ほんの少しだけ、元の世界に戻ったような気分になれた。
…………なんでうちの両親と俺が映っている写真も持っているんだ?




