204.草原組と王都組
扉をノックする音が聞こえてきたので、シャロが対応する。
俺はまだ料理の最中だ。ちょうどスープの仕上げを行っている。
「いらっしゃーい」
「こんばんわ」
そう言って翼たちがやってきた。
翼、ミカサさん。そして背の小さい女の子と、人相の悪い男が続いて入って来た。これが、翼のパーティメンバーか。
なるほど。コイツラが翼に相応しいかジャッジしてやろう。
俺は初めて会う2人をジッと見た。1人は背が小さい女の子だ。……年齢的に大丈夫か? さすがに小さい子が傷付くのは見たくないぞ。もう1人も人相が悪い。なんか俺を睨んでる気がする。目を合わさないでおこう。
「座って座ってー」
シャロが来客をもてなす。シャロの物怖じしない性格はこういう時役に立つ。性格というよりも呪いなのだが。
俺も何か言っておくか。
「やっときたか。久しぶりに俺の手料理をご馳走するよ」
「空が作ったの? それは楽しみだな~」
全員が揃ったところで、料理をテーブルに並べた。
フィッシュアンドチップスにアヒージョとパン。そして野菜多めのスープに、魔物のステーキ。この肉、何の魔物だっけ……まぁいいか。
料理を並べ。グラスには酒を注ぐ。
もちろん背の小さい子にはジュースを注ぐ。異世界でも流石にこんな小さい子に酒を呑ませるのはまずいだろう。
全員コップを持ったな?
「よし、翼。なんか一言頼む」
「え!? 僕が?! 空が言うんじゃないの?」
「俺は一般ピーポーだ。勇者であるお前が号令を言うのが一般的だろ」
「えぇ? わかったよ…………えーっと、それじゃあ、この出会いを祝して、乾杯!」
「「「「乾杯!!」」」」
奇跡のカーニバル開催だ!
◇
「美味しい。さすが空だね」
「そうだろう。久しぶりだな、こうやって一緒に飯食うのは」
「そうだね……こんな日がまた来るなんて、思いもしなかったよ」
……なんだか、しんみりしちゃったな。
「ソラー、オカワリー」
「はい喜んでー!」
シャロの皿にお代わりのスープを注ぐ。
そんな俺に、1人の男が噛み付くように言った。
「おい、そろそろお前たちが何者なのか話してもらえないか?」
せっかちだな。食事会が始まったばかりだってのに。こういうのは全員の腹が膨れてから本題に入るものだ。それまでは他愛のない話をして、親睦を深め合うものだろうに。
「そうよ。いきなりここに連れてこられたんだから、説明くらいは欲しいわよ。血濡れの魔女まで居るし……」
ちびっ子も同じ意見のようだ。あれ? 翼は最低限の説明もしてない感じ? しょうがない。
「ほら、起きて説明」
俺は腰に提げていた本を叩き、勇者を目覚めさせる。
「な~んで私がするのよ」
「俺より知名度あるだろ?」
「しょ〜がないな〜」
勇者は俺の腰から離れ、2人の目の前に浮かぶ。
「どうも〜! シズクちゃんです! 気軽にシスグ様か、勇者様って呼んでね〜」
突然目の前に現れた宙に浮かぶ本を前に、2人は目を見開き驚いた。
「な、なんだコイツ!」
わかる〜。ホント、なんだコイツだよな。しかも気軽にとか言って、様付けするように指示してるし。
「なに、コレ、本? それとも魔道具? シズク? え、勇者様???」
ちびっ子はシンプルに混乱してるな。
「伝説の勇者様を目の前に何その反応〜。もっと驚いて崇め奉りな〜」
勇者は翼たちの周りをぐるぐる回り出した。鬱陶しいことしてるなー。俺はそれを見ながら、マリアさんの皿が空なので料理を補充する。
「マリアさん、オカワリどうぞ」
「ありがとうございます〜」
「ほらほらー、君たちまだ自己紹介もしてないでしょ〜。はよ! はよ!」
「あ、はい。佐々木翼といいます」
「アイン・フォン・バーベナだ……」
「ニ、ニノよ」
「ミカサと申します」
勇者に急かされて自己紹介をする4人。
……俺らもした方がいいか。
「宮野空です」
…………おい、誰か後に続けよ。
「右からシャロ、アナスタシア、マリアさんだ。よろしく」
「よろー」
「よろしくお願いいたします」
「アナさーん!」
ガン無視は止めてもらいたい。よろしくの一言くらいは欲しい。
「よろしく」
よし、これで全員の紹介は終わったな。
「それで、お前らはツバサとどういう関係だ」
アインと名乗る男が問いかける。お前らというか、関係あるのは俺1人だけなんだがな。俺は簡潔に答えた。
「俺も翼と同じ異世界人だ。あと5歳の頃からの幼馴染だな」
さり気なく幼馴染アピール。お前らとは付き合いの長さが違うんだよ。
アインはバッと翼を見る。それに答えるように、翼もひとつ頷き答えた。
「空と僕は、同じタイミングでこの世界に来たんだよ。僕は王城で、空は別の場所に飛ばされたみたいだけど」
「誰も居ない草原だったな……」
「ウケる」
ウケるなよクソ勇者。誰のせいだと思ってんだ。
「そして私が、100年前に魔王を倒した勇者シズクってわけ。理解した?」
相変わらず、ぐるぐる回りながら勇者はそう言った。
翼を除く3人は驚いた表情のまま固まっていた。
最初に再起動したのは、ちびっ子だった。
「じゃ、じゃあ貴方も勇者ってこと?」
「違うんじゃないかな?」
正直、勇者という名前は他人が決めた称号のようなものだ、神様的なのが直接お告げしてきたわけでもない以上、勇者という称号は誰かが名付けることになる。
つまり、勇者召喚で現れたのが勇者。それ以外の方法で現れた俺は勇者ではなく、一派ピーポーだ。
俺はちびっ子にそう説明した。
「……なるほど。つまり貴方は、勇者でないただの異世界人というわけね」
「そうなるな」
「だとしたら、他にも異世界から来たのが居るってことか?」
アインがそう言うが、勇者が否定した。
「多分居ないよ。私が弄ったのは王城のやつだけだし。それ以外のは私が壊したから」
おい、サラッとやらかしてるぞコイツ。
「待て待て待て。アンタは自分が何をしたのかわかってんのか?!」
「わかるからやったに決まってるじゃ〜ん。異世界から無理やり人を呼び付けて、責任を押し付けるやり方が気に食わないのよね〜。だから、私が見つけた召喚陣は全部壊しておいたよ〜。と言っても2つしか見つからなかったけどね」
召喚陣は全部で3つか。残りは王城の1つだけ……できれば、それも壊しておきたいな。侵入は無理そうだし、機会があったらだな。
アインはなにやらプルプル震えていた。
腕を振り上げ、テーブルに叩き付ける。
おっと、間一髪。コップが倒れるところだった。危ない危ない。
俺はコップの中の酒を飲み干す。
「ふざけるのも大概にしろよ! こんな本が、あの勇者様なわけがあるか! そこの魔女が何かしたに決まってる。それに、お前みたいなのが勇者であるツバサと一緒なわけがない!」
アインは一気にまくし立てると、椅子から立ち上がり言った。
「帰るぞ! この件は陛下に報告する」
その瞬間。
部屋の温度が一気に下がった。
吐く息は白くなり。
身震いするほどの冷気が体を包み込んだ。
冷たく静かな声が響く。
「なら、ここで死ぬ?」
やばいやばいやばいやばい。アナさんがキレてる! このままじゃ勇者パーティが1人減ってしまう。止めようにも寒くてて上手く口が回るきがしない。……だがやるしかない。
「ア、アナ。ストップ!」
俺の仲裁も虚しくアインはアナを敵視しながら言った。
「……やれるもんならやってみろ」
「ふーん。いいよ、えっと名前はなんだっけ? …………あーそうだ、バーベナだったね。バーベナ……バーベナ…………私の記憶には無いから田舎の貴族? 探すの面倒臭いね。案内してくれる?」
あ、これ家ごと消す気だ。さすがにそれはやりすぎだ。俺はアナの肩に手を置き、諭すように言った。
「アナ。ストップだ。これ以上は向こうも退けなくなる。だから、ここは一旦退いてくれないか?」
アナの言うようにバーベナ家が田舎の貴族だとしても、相手は貴族だ。メンツを守る為なら何でもするだろう。血なまぐさい争いはしたくないし、させたくない。
「……わかった」
アナも本気ではなかったのか、あっさりと退いてくれた。部屋の温度も元に戻り、一安心だ。やれやれ、楽しい食事会だってのに……空気を変えないとな。
「アインだったか? 俺は翼の地位を脅かす気はないし、勇者という称号にも興味がないんだ。だから、俺のことは内緒にしてもらえないか?」
「それを信じろと?」
「ああ、見ろこの目を。嘘を言っている目か?」
俺は目を見開きキラキラさせた。どうよこの曇りのない目。嘘なんて1つもついていない。ほらほら〜。
「なんか嘘くさいな……」
……ッチ。これだから貴族ってやつはよー! 人を信じる心がないのか? そこは素直に「わかった、お前を信じよう」って言うところだろー!!
「ウケる」
ウケるな!
◇
少し落ち着いたのか、アインは再び椅子に腰を下ろした。
「俺はまだ納得してねえぞ。この家を出るまでに結論を出す。いいな?」
「おっけーでーす」
俺の返事を聞いて、すごく微妙な顔をしている……。早まってないからな? ささっ1杯どうぞ。
「まあまあ、とりあえず飲みなって、な? アナもコップが空じゃないか。同じのでいいか? よし、2人ともコップは持ったな? じゃ、カンパーイ!!」
「カンパイ」
「な、なんだコイツ……」
コイツは酔わせてから思考力が落ちた段階で、俺のことを秘密にする約束を取り付けよう。仲間の目の前で約束するんだ、破るなんてできないよなぁ! 翼の親友面しやがって……俺こそが親友じゃぁ!!
「ふふっ、空は相変わらずだな~」
「え、この人何時もこんな感じなの?」
「違う違う。空は誰とでもすぐ仲良くなるからさ。僕の時もそうだったなって」
お? なんだ? 俺の話をしているな。どうしたどした~。
「ちびっ子も飲んでるか? いやダメだな、酒はまだ早いか。ジュースにしなさいジュースに。シュワシュワしたのもあるぞ?」
「誰がちびっ子よ! ……本当にアンタも異世界人なの?」
このちびっ子はまだ信じていないみたいだな。そうだな……信じさせるには何がいいか。異世界知識で丁度いいのはあるだろうか。そうだ。
「ちびっ子よ。背を伸ばしたくないか?」
「…………言ってみなさいよ」
「よく聞け。背を伸ばしたいのならよく食べよく寝る事だ。あと牛乳とかカルシウムを摂るのも良いらしいぞ。煮干しとかな」
「…………眠る時間があったら、勉強に使うわよ。そうしないと宮廷魔術師になれなかったんだもの……。私の学費を出すためにご飯だって少ないのに、私に一番多く食べさせてくれたし…………」
あ、やっべ。この話題クッソ地雷だった。待て待て、ちびっ子に泣かれるとさすがの俺もテンションが下がる。…………そうだ!
俺は〈収納魔法〉からハンバーグを取り出した。もちろん以前作り置きしていたやつだ。
「悪かったな。コレ、食べな」
ハンバーグをちびっ子の目の間に置く。おいシャロ、狙うな。
「何何よこれ……」
「ハンバーグだ。うまいぞ。しかもこれはチーズInハンバーグだ、ハンバーグの上位種というやつだな」
「そうなの……じゃあ貰うわね。はむ……もぐもぐ」
ちびっ子が俯いてしまった。あ、あれ? ダメだった?
ちびっ子が顔をガバっと上げ叫んだ。
「すっごく美味しい!! ありがとう!」
「……そうか! それはよかった!」
あ、ヤバイ。俺この子を守護らなければいけない気がしてきた。お腹いっぱい食べさせたい。ほらもっと食べな、まだまだ料理はあるからな。いっぱいお食べ……。
ニノと名乗るちびっ子は頬張りながらハンバーグを食べていた。ふふふ、リスみたいだな。……さて。
俺は椅子から腰を上げ、勇者をひっつかむと翼に言った。
「翼。2人で話したい事がある。こっちに来てくれ」
「え?! こ、この流れで? 急すぎない?」
「いや、何となく今かなって。取り敢えず外に来てくれ」
俺は翼と勇者を引き連れ、アナの家を飛び出した。
文字数的に今かなって。




