197.ニノ
私の名前はニノ。
王都にある普通の家庭で育った女の子。いえ、女性よ。
私の家族は4人兄弟で、私は一番下に生まれたわ。
特別裕福なわけじゃないけど、貧しいわけでもない。王都ではごく普通の家庭ね。
一番下の妹ということもあってか、上の兄たちにはかなり可愛がられていたと思う。
両親にも念願の女の子だと、可愛がられていたわ。
そんな私に転機が訪れたのは、5歳の時。教会で鑑定魔法を受けた時ね。
なんと! 私には4属性も扱うことができるとわかったの。
火、水、土、風、基本となる属性の光と闇以外、全てを扱うことが出来る。
普通の人は2種類までで3種類以上は珍しく、4種類ともなるとかなり数が絞られる。それほどすごい才能が私には秘められていたの。
その日から私の生活は変わったわ。
両親や上の兄たちは私のために昼夜問わず働き、私の学費を捻出してくれた。
私はそれに応えるために、寝る間を惜しんで必死で学んだ。
私の目指す目標は宮廷魔術師。
冒険者も選択肢の1つだったけど、やっぱり安定した収入のある宮廷魔術師が一番だと思った。
ちゃんと理由はあるの。宮廷魔術師になるには最低でも3種類の属性が扱えることが条件なのよね。でも私は4種類も扱う事ことができる! これは他の人たちと比べても圧倒的に優位に立てるということ!
現に、私が4種類の属性が扱えるということが判った次の日には、宮廷魔術師のスカウトをしているという人からコンタクトがあったくらいよ。
コンタクトがあったとはいえ、当時私はまだ5歳。実際に宮廷魔術師に入ったとしても使い物になるわけがない。
なので、成長してから宮廷魔術師になるための受験を推奨された。勿論その試験に受かることができればの話ね。
だから私は必死で学んだ。両親と兄たちの期待に応えるために。
そして12の時、私は宮廷魔術師の試験を受けた。試験を受けるには最低でも12歳からとのことだったので、そうした。
結果は⋯⋯。
合格した!! やったー!!!!
一家総出で発表の場に行ったのですごい喜びようだったと思う。
私以外の家族が皆涙して喜んでくれた。我が家から宮廷魔術師が生まれたのだと、両親も兄たちも皆喜んでいた。……私? 私は、その事実を受け入れるのに少し時間が掛かった。今でも信じられない。なんせ……最年少の宮廷魔術師になれたのだから。
合格してからは、すごい速さで事が進んだ。
すぐさま、私の住まいは王城に隣接している寮へと移された。両親と兄たちと別れるのは寂しかったが、皆快く送り出してくれた。
私は家族の期待を裏切らないためにも、この場所で精一杯頑張らなければいけない。
不安もあったが、それ以上にワクワクとした胸の高鳴りを感じていたわ。
しょ、正直しんどい……。同僚ともいうべき人たちは優しい人ばかり。それでも宮廷魔術師としての仕事や責務は、12歳の私からしたらとんでもなく重いものだった。
くじけそうになることが何度もあった。でもそのたびに、家族からの手紙を見て自分を奮い立たせていた。
私はニノ。いずれは宮廷魔術師として認められ、家名を持つことを許される存在になってみせる。
そうすれば、両親と兄たちも私と同じ家名を名乗ることができる。
誰もが憧れる一家になる。それが私の夢。
両親と兄たちに恩返しをするために、私は今日も必死で頑張り続ける。
◇
宮廷魔術師になって1年が経った頃。
宮廷魔術師の間では、ある話題で持ちきりだった。
それは、魔王が現れたというものだった。そしてその対抗策として異世界より、勇者様を召喚するのだと。そんな噂が出回り始めた。
勇者……。
その存在は、この国で知らない者はいないほど有名ね。
私だって知っている。両親や兄たちから何度も読み聞かせてもらった。
仲間と共に魔王を打倒したという、女性の勇者様。
その偉業の凄さよりも、私の興味を惹いたのは、魔法を作り出せるというその能力だったわ。
私たちが普段使っている『生活魔法』も、勇者様がお創りになられたものだという。こんな便利な魔法を創造して、なおかつ周りの人間に無償で教えるなんて……私からしたらとても考えられないような行いね。
だからこそ憧れた。どんな魔法も自由自在に操る。
全ての属性を操り、その魔法を使うその魔法陣の姿は虹色に輝いていたと言われている。
一体どれ程の人物なのだろう、さぞかし高潔な精神を持った御人なのだろうと思った。
きっと誰もが尊敬するような人物なのだろう。
国は、新たな勇者様を召喚するつもりらしい。
らしいというのも、私はまだ1年目の新人なので正確な情報は伝わってこない。
なので、勇者様を召喚するという噂も本当のことなのかわからない。召喚の儀式は結構大掛かりなものになる。私が手伝えることなんて、まだないと思う。最年少の宮廷魔術師といえども、それくらいのことは弁えてるわ。
私はまだまだひよっこ。口では強がってみせても、心のうちでは弱気な自分がいる……。
ここでそんな姿を見せたら、すぐに蹴落とされる。誰が相手でも、強気でいないと。
そんなある日。
私の持ち場に、1人の人物が訪れた。
私たちの黒いローブとは対照的な、白いローブをまとった人物。
宮廷魔術師の最高位に位置する、ファウスト様だ。
私たちとでは、比べ物にならないくらい偉い人だ。そんな人物が何故こんな場所に?
「こ、これはこれは、ファウスト様。このような場所へ、一体どのようなご用件で……」
私たちのまとめ役である上司は、顔に脂汗を浮かべながら対応している。無理もないわよね、本来こんな場所に顔を出すような御人ではないのだから。
「ニノという者はどの子かな?」
ファウスト様の口から私の名前が告げられた。
な、なんで私?! ファウスト様が直接訪ねてくるようなことはしていない! ………………うん、やっぱりしてない!
同僚が後ろからグイグイ背中を押してくる。ちょ、ちょっと止めてよ! やめろ!
私はファウスト様の前に押し出された。
「君がニノだね? ついてきなさい」
そう言って部屋を出ていくので、慌ててあとを追った。
◇
しばらく歩き、突然ファウスト様が口を開いた。
「君には、今日から私の元で色々学んでもらうことになった。理由は私の執務室に着いてから話そう」
「え?! わ、私がファウスト様の元でですか?!」
「ああそうだ。こちらも色々と事情があってね。君が適任だろうという結論になった」
……とんでもないことになった。なんで私が適任? 全然意味がわからない。
頭の中が混乱しながら後ろをついていくと、豪華なドアの前にやってきた。
……こ、ここはファウスト様の執務室。ドアの前すら通ったことのない場所。緊張で胸がドキドキしてきた。…………オエ、吐きそう。湧き上がる吐き気をグッと押さえ込み。開かれたドアをくぐり抜けた。
◇
部屋に入ると、ファウスト様は私に座っているよう指示した後、部屋を出ていってしまった。部屋に1人になったおかげで、少し気が楽になった。あぁ、緊張した。宮廷魔術師になってから1番緊張した気がする。
少しだけ余裕が出てきたので、部屋の中を見回す。思ったより物がない。てっきり魔道具や書類の束があるかと思ったけど、部屋の中は綺麗に片付いていた。
キョロキョロしていると、ドアが開き。ファウスト様とメイドが入ってきた。
すぐに立ち上がったが、ファウスト様は手をヒラヒラさせながら。
「座ってなさい。紅茶を用意させたが、問題ないね?」
「は、はい! 大好きです!」
「はっはっ。そうか、砂糖は好きに入れるといい。ああ、私のはミルクを入れてくれ」
「畏まりました」
メイドが慣れた手つきで紅茶を注ぎ、ファウスト様と私の前にカップを置いた。
茶葉のいい香りがする。今まで飲んだものよりも匂いが強く感じた。決して嫌な感じはしない匂いだ。
ファウスト様は、カップに口をつけると本題とばかりに口を開いた。
「さて、君を呼んだ理由なのだか。そうだな……最近勇者様を召喚するという噂を知っているかね?」
「は、はい。噂程度に、ですが……」
「そうかそうか。あの噂は本当だ。君には勇者様のサポートを任せたい。明日から色々と学んでもらうから、そのつもりでいてくれ」
「………………はぇ?」
とんでもない間抜けな声が出た。
わ、私が勇者様のサポート?! な、なんで?!
「な、なんで私なんですか?!」
「……君が宮廷魔術師の中で1番若いからだ。陛下も、勇者様の仲間を選ぶのなら歳が近い方がいいと仰られていてね。困ったものだよ。経験の少ない君に重荷を背負わせることになるのだから」
そう言うとカップの中身をグイッと飲み干し、続けた。
「君は4種類の属性が使えるらしいね。鍛えるなら、同じく4種類の属性を持つ者から学んだ方が効率がいい」
そして一呼吸おき。
「つまり、私ということになる。よろしく頼むよ? 未来の英雄君」
…………。
私の名前はニノ。
いきなり組織のトップから、教えを受けることになった女の子。
そして数ヵ月後、私は勇者様のパーティメンバーに任命された。
「えーっと、私の名前はニノよ。⋯⋯背は低めだけど、宮廷魔術師の中では最年少で、才能があるわ! 私が仲間になってあげるんだから、光栄に思いなさい」
そうよ。少しでも強くみせないと。
このチャンスを絶対ものにしてみせる。
私をこの場へ送り出してくれた、両親と兄さんたちに少しでも、いい暮らしをおくってもらうために。
弱気な自分を心の奥底へ押し込む。
だって私は最年少宮廷魔術師なのだから!!
………………え? この後、姫様とお茶会? が、頑張ります。
紅茶とお菓子は美味しかった。




