195.勇者とダンジョン②~勇者side~
ダンジョンを進む。
1階層目は魔物と遭遇すらしなかった。
2階層を抜け、3階層では魔物と何度か戦ったが、王都の外にいる魔物と同程度の強さしかない。もちろん、苦戦するはずがない。
4階層目に降り立つと、少し空気が変わったように感じた。
肌に触れる空気がヒンヤリとする。
何かに見られている? ほのかに血の匂いが香る。3人も感じたようだ。先程とは打って変わって真剣な表情になる。
アインとニノの様子から、予想外の事態が起こっていると察した。
慎重に通路を進む。
1階層目はほぼ直進だったが、2階、3階と進むごとに分岐が増えた。
4階では分岐がさらに増え、迷宮のようになってきた。
アインとニノは5階層目に続く階段の場所を知っているが、今は別の分岐を進んでいた。
今僕たちが感じている嫌な感じの正体を確かめる為だ。
ニノが気配を探知してくれるので、指示に従いながら通路を進む。
通路の曲がり角でアインが立ち止まり、僕たちにも静止を促した。
耳を澄ますと、何人かの話し声が聞こえてきた。
アインが慎重に覗き見ると、腰に下げた剣を抜き放った。
ダンジョンへ入る前にアインの言葉を思い出す。
「ダンジョンは、魔物以上に人間も警戒しないといけないんだぜ? 悪意ある者は魔物と同じように人を襲う。死体はダンジョンに吸収されるからな、何かあってもダンジョンのせいにできるんだ」
恐らく今がその時なのだろう。アインの表情が怒りに満ちている。彼は顔に似合わず正義感のある男だ、不正や不義を許さない性格をしている。それほどの光景が曲がり角の先で行われているのだろう。
アインの様子を見た僕たちは臨戦態勢をとった。
恐らく、敵は魔物ではない。
アインが僕たちに合図を送る。
相手が誰かわからないが、一瞬で場を制圧する為の魔法を選んだ。
僕は曲がり角から飛び出し唱える。
「〈雷霆万鈞〉!」
掌から、通路に向けて雷が迸る。
本来は広範囲に散る魔法だが、ダンジョン内の通路では壁や床、天井に当たり、跳ね返った雷が通路全体を覆い隠した。
威力は意図的に弱くしておいた。相手を殺すためではなく動きを止めるためだ。
雷が収まると、床に5人の人間が倒れていた。そして、血まみれの2つの死体も地面に転がっていた。
5人の男たちは、うめき声をあげながら地面に横たわる。
さて、どうするか……。万が一この人たちがたまたま、この死体を見つけただけの可能性もある。その時は謝れば許してくれるだろうか、ダメそうなら大臣さんに頼めばいいか。
そんなふうに考えていると、男の1人が口を開いた。
「クソッ何だテメーら……俺らは『大帝の牙』のメンバーなんだぞ。こんな事してただで済むと思ってんのか……」
大帝の牙? なんだろう、聞いたことがない名前だ。3人は知っているかな? 僕が尋ねるより速く、アインは男の1人に剣を突き立てた。
「おい!?」
「『大帝の牙』は犯罪組織の名前だ。尋問用に1人だけ生かしておけばいい、他は殺しても問題ねえよ」
アインはそう言いながら、残りの3人を次々と突き殺した。
この世界に来てから、こうした光景は何度も見てきた。最初の頃は夢にうなされたが、今ではすっかり慣れてしまっている自分がいる。
◇
その後、残しておいた1人から話を聞き出した。
ダンジョンのクリスタルは、登録した本人しか使用できない。そのため、誰であっても最初は各階層を自力で踏破しなければならない。だからこそ、僕たちは1階層目から順に下っている。
この『大帝の牙』を名乗る連中は、ダンジョンに初めて入る者たちを狙って襲っているという。
1階層から3階層までは迷うことなく進めるが、4階層目からは分岐が一気に増える。そのため、正解のルートを外れた者を狙い、襲っているという。
装備や金目の物を奪い、男は殺し、女性は別の目的で利用するという。聞いてて気分が悪くなる話だ。
さらに、死体もバラバラに刻めばダンジョンへの吸収が早まり、短時間で証拠を消せるのだそうだ。
ダンジョンの特性を利用した犯罪行為をする者もいる。コイツらはそういう連中だ。
「ねぇアイン、コイツはどうするのよ?」
「あー、憲兵に引渡してもいいんだけどな……こんなの連れて引き返すのも面倒だろ?」
……アインは、この男を生かしておく必要はないと暗に示しているようだ。
知りたい情報も聞いた今、この男の価値は無くなった。この世界は、そういった者の末路は決まっている。
「そお? じゃあこっちに魔物が向かってきているみたいだから、コイツは放置で良いわよね? ツバサもそれでいいでしょ?」
「……え、あ、ああ。早くこの場を離れようか」
いきなり話題を振られて吃ってしまった。そうだよね、一応このパーティのリーダーば僕ということになっている。意思決定の最終判断は僕が示す必要がある。
「オッケー。〈麻痺〉」
ニノは男に魔法を放った。体の自由を奪う魔法。この男は手も足も動かせない状態で、魔物と対峙することになる。それはつまり……いや、これ以上考えるのはやめておこう。
「ミカサ。行くよ」
僕は2人の亡骸に祈りを捧げている彼女に声をかけた。聖女である彼女は、僕たちの行いをどう思っているのだろうか。
「わかりました。では参りましょう」
「……何も言わないんだ?」
「何をですか?」
「え、ほら、あんたシスターでしょ? この男を見殺しにするのは辞めましょう。とか言うと思って……」
確かに。僕が思っていたことを、ニノは代弁してくれた。
ミカサは首をかしげながら言った。
「盗賊や犯罪者は魔物と同じです。私の宗派ではそう教わっておりますので、魔物同様皆殺しにするべき存在ですよ」
そういったミカサの目を見て、僕は背筋に冷たいものが走った。
「そ、そう……そういえばあんた、ゲバルト派だったわね。普段が他の奴らと違いすぎるから忘れてたわ……」
ニノは納得したようだ。ゲバルト派? その宗派なら、なぜ納得するのだろうか。
「ほら、さっさと行くぞ!」
「ごめん今行く。さっ2人とも急ごう」
アインに促されて、僕たちはその場を離れた。
◇
今度は5階層へ向かうルートをたどり、下へ続く階段を見つけた。
階段の途中にあるクリスタルに触れ、登録を行う。
次の階層から罠も出現し始めるという。
先に進んでもよかったけど、予想外の出来事もあったため、1度地上へ戻ることにした。
クリスタルに触れ、1階層前のクリスタルをイメージする。
すると視界が一瞬途切れ、別の場所へ転移したのがわかった。すぐに残りの3人も現れた。
「凄いね、これ。誰が設置してるの?」
「クリスタルはどこのダンジョンにも最初からあるわよ?」
「……そういうものなんだね」
この世界では、魔法や魔物の存在は詳しい原理がわからないまま、「そういうもの」として扱われることが多い。ダンジョンも同じのようだ。
一応研究している人たちは居るが、その情報が一般人にまで知れ渡るかといえば、そうではない。秘匿されることが多いらしい。知られるとまずい内容でもあるのだろうか。僕がどうにかできる問題でもないし、別にいいか。
「それで、この後どうする?」
「俺は一応さっきの件を、団長に報告したいから城に戻るわ」
「私も嫌なもん見ちゃったし、今日は部屋で休みたいわね」
「私は教会で祈りを捧げてから戻りますね」
『大帝の牙』とやらの事を騎士団に報告する必要がある。僕たちの姿を見られた可能性もあるわけだし、そうなれば襲われる可能性もあるか。だとしたらミカサを1人にするのはまずいかな。
「それじゃあ僕はミカサについてくよ。2人は先に城に戻ってて」
「そうだな……そうしてくれ。ニノ行くぞ。また後でな」
「はいはい。それじゃぁね〜」
アインとニノは城の方角に歩き出した。
2人を見送り、ミカサに言う。
「僕たちも行こうか」
「はい。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。何かあってからじゃ遅いんだし」
もっとも、『大帝の牙』とかいうのに襲われても、僕を監視しているメイドさんがどうにかする可能性もあるし。そんなに気にしなくてもいいかな。
最悪、第1騎士団にどうにかしてもらおう。そんなことを思いながら、僕とミカサは教会へと向かった。




