194.勇者とダンジョン①~勇者side~
男の胸に剣が突き刺さる。
何度も見た光景。
このあと言う言葉も何度目だろうか。
倒れる男。
受け止めたその手は血で染まり、白い鎧を赤く染めあげる。
その瞳は、次第に光を失っていった。
「――っ! ハァハァ……」
またあの夢だ。
この世界に来る前に見ていた悪夢。
この世界に来た当初は見なくなっていた。
だが、ここ最近また同じ夢をみるようになった。
夢だとわかっていても、手に残る感触だけは現実のようだった。
ほのかに血の匂いがする……いや、気のせいか。
ベッドから降り、テーブルのピッチャーからコップに水を注ぐ。
一息で飲み干すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「……また、あの夢か」
暗い部屋で独り言を漏らす。
窓の外には、まだ夜の闇が広がっていた。
灯りのともる建物もあるが、それでも暗闇のほうが際立って見える。
あの夢を見始めてから、寝る時間が減ってしまった。
暗い部屋で、人の動く気配がした。
「どうかなされましたか?」
「いえ……嫌な夢を見ただけです。気にしないでください」
「畏まりました。御用がある時はお申し付けください」
そう言って部屋の隅にある椅子に腰かけた。
この人は僕についているメイドの人だ。護衛も兼ねてるという。
戦っている姿を見た事はないけど、かなり強いらしい。
他にも何人かいて、ローテーションを組み。夜もこうして寝ずに警備してくれている。最初は気まずかったけど、今ではすっかり慣れた。
ベッドに横たわり、目を瞑る。
多分眠れないだろうけど、こうしてないとメイドさんが動き出してしまう。
……はぁ。この異世界に来て、どれくらいの日数が経ったのだろうか。正確な日付は数えていないのでわからない。
たしか、魔王とかいうのが設けた期限は半年だっけ。そろそろ約束の日が近づいて来ている。
魔王はなぜ勇者を待っているのだろうか。まさか一騎打ちがしたいとか? そんなバカげた理由ではないのだろうけど。もうちょっと具体的な内容を伝えてほしかった。
目を瞑ると、先程の夢の内容が浮かんでしまう。
もしも夢の内容が本当になるのなら。
僕は――。
僕は君を殺したくはないよ……空。
この世界には居ない親友を思い、心の中でそう呟いた。
◇
最近は基礎訓練は行わず、王都周辺で魔物を相手に戦闘訓練を行っていた。
基本はオークという魔物を相手にする事が多い。一応他にも居るけど、何故か王都の周辺はオークという魔物が多いらしい。しかもその肉を食べるという。
僕から見て、オークは二足歩行で人間サイズの豚なので、結構抵抗感がある。恐らく人間に似た姿だからだろうか……。これがただの大きい豚だったのなら喜んで食べていたと思う。
僕たち勇者パーティは4人で行動している。
前衛は、僕とアイン。後衛にニノとミカサがいる。
戦闘時は僕とアインが敵を引き付け、ニノが魔法で援護。回復やバフをミカサが随時行うというのが基本スタイルだ。
今までの戦闘で、危ない場面は殆んど無かった。
アインとニノいわく、王都周辺の魔物は敵にならないのだそうだ。意外と僕たちは強いのかもしれない。
戦闘訓練を続けていると、王都周辺の魔物では、あまり経験値が入らなくなってきた。そのため王都の近くにある、ダンジョンへ向かうことになった。
ダンジョン。
この世界に存在する、不思議な空間。
ダンジョンは誰でも入れるようになっていて、管理をしている場所もあるが、基本的には放置されている。冒険者達が勝手に攻略するので国が直接指揮を執る必要がないのだそうだ。
一説では、ダンジョンとは魔物の一種だという人もいる。
ダンジョン内の宝箱からは様々なアイテムが手に入る。一方、ダンジョン内で死ぬと死体はダンジョンに吸収される。そのため、ダンジョンは宝で人間を誘い込み、内部の魔物で狩りをする、そんな生態を持つ魔物である可能性もあるという。あくまでもそういう可能性があるというだけで、実際は全く関係が無いのかもしれない。
ただ、ダンジョン内の宝が何処から来ているのかは謎に包まれている。
正直ぼくは例の薬が手に入ればその辺はどうでもいい。
どのくらいの確率で手に入るのか、もしくは買うとどれくらいの値段なのか。知りたいのはそれくらいだ。
アインとニノはダンジョン攻略に対してやる気のようだ。
僕たちが向かうダンジョンは、騎士団や宮廷魔術師の訓練の場としても使われている。
外に比べて、魔物の数が豊富で様々な経験を積むことができる。
ダンジョンの入口に到着した。
……なんというか、お祭りみたいだ。
ダンジョンの入口には地下へ通じる階段があり、その周囲には多くの店が並び、冒険者や商人で賑わっていた。
「なんだか思ってたのと違うね」
思わずこぼした言葉に、アインたちが反応する。
「ああ。ダンジョンに入る連中に、ものを売ろうって商人たちが集まってこうなったんだよ」
「王都の外だってのに、よくやるわよね〜」
「活気があっていいですね」
万が一魔物が出ても、冒険者たちが対処してくれるのかな。屋台からいい匂いがする。……少しお腹が空いてきた。
「みんな。入る前に何か食べない?」
「そうだな、屋台の匂いで腹減ってきちまった」
「あの店とかいいんじゃない?」
「いいですね、行きましょ」
まずは腹ごしらえからだ、空もきっとそうしていたと思う。
◇
腹ごしらえを終え、僕たちはさっそくダンジョンの中に潜った。
地上から地下へ続く階段を降りた先は広い空間が広がっていた。
さすがに屋台のような店は無いが、冒険者ギルド出張所と書かれた看板があった。
簡単なカウンターと受付嬢、あとは魔物を解体するスペースが設けられていた。
おそらく、〈収納魔法〉に入りきらない獲物をここで売り払うのだろう。冒険者たちが大小様々な魔物を担ぎ、受付の列に並んでいる。
僕たちはその光景を横目に、さらに地下へと続く階段を降りた。
階段の途中に8畳ほどのスペースがあり、中央に大きなクリスタルが浮いていた。な、なんだこれは……。
クリスタルに驚いていると、アインが言った。
「ツバサは見るの初めてか、これは各階層毎にある移動用のクリスタルだ」
「移動用?」
これでどうやって移動するんだろうか……。ニノが答えた。
「そっ、これを触ると行ったことのある階層まで瞬時に移動できるのよ、試しに触ってみなさいよ」
ニノに背中を押されながら、クリスタルに近づき、触れてみると一瞬だけ光輝いた。
……これでいいのかな? 特に何か変わった様子は無い。
「よし、これで入口は登録出来たな。先に進むぞ!」
触れるだけでいいんだ。アインがクリスタルの奥にある階段へ向かった。
階段をおりた先には、予想外の光景が広がっていた。
暗い洞窟のようなような場所を想像していたが、石造りの壁や床には細かな亀裂が入り、とても自然にできたものとは思えない。
それに、光源がないのに通路は明るい。どうやら天井や床の石が、ほのかに光を放っているようだ。
通路の入口で立ち止まっていると、アインとニノは石造りの通路を無警戒に歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って」
「どうした?」
「いや、ダンジョンって罠とかあるんじゃないの?」
僕がそう言うと、アインとニノは顔を見合せ、笑いながら言った。
「大丈夫だって。罠があるのは5階層目からだからな」
「そうそう。4階層目から少し強めの魔物が出るけど大丈夫よ。1階層目で死ぬやつなんて滅多に出ないわよ。ほら、行くわよー」
このダンジョンはそういう感じなのか。
死人は滅多に出ないというが、でることはあるんだよね……。僕が慎重過ぎるだけかな?
僕とミカサは、2人のあとを追った。
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