193.王都まであと少し。
夕飯を食べ終わる頃。
俺たちに……というか、アナに客が来た。
「アナスタシア・ベールイ様! どうか我々の話をお聴き下さい」
氷の壁の向こう側から、そんな内容の声が聞こえてきた。
アナは氷の壁を崩し、客を招き入れる。
昼間見た運営委員会とかいう人たちだ。なぜか数が増えてる、10人くらいいるな。そして、昼間と同じように、アナの前に来るとすぐに土下座をし、言った。
「ここから先は我々が対応いたしますので、何卒お怒りをお鎮めください!」
やっと対応してくれるのか、今更感はあるが……。すでにアナに蹴散らされた連中が山のように積み重なっている。
「遅くない? もしかして、私たちのこと舐めてる?」
アナさんからの痛烈な言葉に、運営委員会の人たちは震えはじめた。この件に関して俺が口出しすることは何も無い。実際俺らは被害者であり、対応を怠ったこいつらの責任だ。
こんな話をしている間に、臨戦態勢の男がむかってくる。ちょうど運営委員会の背後から来るので、本人たちはまだ気づいていない。
アナに視線を送ると、無言で首を振った。黙って事の成り行きを見守れって事ね、了解。
俺はシャロとマリアさんの隣に座り、見守ることにした。がんばえー。
向かってくる男は鞘から剣を抜き放ち、剣を構えたまま走り出した。
「血濡れの魔女ぉおおおおお!」
なんで誰も名前で呼ばないんだろう。運営委員会くらいだぞ、ちゃんとアナの名前を呼んでいるのは。そう思うとムカついたので、俺は魔法を放った。
「〈盲目〉」
黒い魔法陣から、男の顔目掛けて黒い靄を撃ち出す。
夜の闇に黒い靄が溶け込み、男の顔に張り付き視界を奪った。こんなに暗いと避けられないよな。
男は突然、視界が真っ暗になりパニックを起こすかと思ったが、どうやら踏みとどまったようだ。その場で立ち止まり周囲を警戒している。
さすがは武闘都市の住人だ。このくらいは対処できるか。
俺はもう1つ魔法を唱える。
「〈深淵の弩砲〉」
黒い矢を男の剣に向けて放つと、命中した瞬間、剣は粉々に砕け散った。
お、当たった当たった。いやー、止まってる的は狙うのが楽でいいな。
ん? 何故か運営委員会の連中が俺を見て目を見開いている。……? 俺は後ろを振り向いたが、誰もいない。何に驚いているんだ?
「さすがソラ」
アナはパチパチと拍手してくれた。へへへ、照れるね。
男は視界が戻ったようで、粉々に砕けた剣を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。この人たち何時になったら帰るんだろうか。俺たちもゆっくりしたいのに……。
男は肩を落としてトボトボ引き返した。剣が無くなった程度でやる気なくすのか。もしかして高い剣だった? ……ごめんね?
男が帰ったので、運営委員会の人たちが話を続けた。
「今夜は我々が警備をおこないますので、どうかお休みください」
警備をしてくれるのか。うーん、というか……。
「あの〜、宿を手配して貰った方が安全だと思いますけど〜」
マリアさんの言う通りだ。野営地なんだからセキュリティもクソもない。ここは運営委員会に金を出させて宿を手配してもらうほうが賢明だろう。
「……わかりました。すぐに手配いたしますので少々お待ちください」
運営委員会の1人が、その場を駆け出していった。
◇
俺たちは今、とても高そうな部屋に居る。
運営委員会が用意した宿だ。とても高そうな部屋を押さえてくれた。やたっね。
大きなベッドが2つなので、それぞれ分かれて寝ることになった。
シャロはマリアさんと、俺はアナと。
……ほ、ほわあああああ!
いつの間にかそういうことになっていた。さすがに同じベッドはまずい。俺はソファーで寝る!! は、放してアナさん! 俺の手を引っ張ってベッドの中に引きずり込まないで!!
俺はなすすべなくベッドの中に引きずり込まれた。
「ぐえっ」
眠っていたらベッドから落とされた。
いてて……なんだ一体。暗い部屋を見回し何があったのか確認した。
ちょうど俺の寝ていた場所にアナの足が突き出ているので、蹴り落とされたのだろう。気持ちよさそうに寝てるな……。
しかたないのでソファーで寝ることにした。
◇
「ソラー、起きてー」
「……ん。ああ、おはよう」
もう朝か。ソファーから身を起こし、体を伸ばす。ソファーで寝たとはいえ、物が高級品だと体への負担も少ないな。
欠伸をしながら自分に〈清潔魔法〉をかける。これで目も覚めるし、ついでに寝癖もバッチリおさまる。
マリアさんも起きており、着替えも済ませていた。アナはまだ寝ている。
そういえば……昨日から、勇者が一言も喋ってないな。本を手に取り開いてみたが、白紙のページが続いていた。まだ寝てるのかな? 魂だけの状態でも睡眠は必要なのだろうか。ま、そのうち喋り出すだろう。
アナもシャロが起こし、全員の身支度が終わる頃。ドアがノックされた。
シャロが対応し、続けて従業員が台車を押しながら入ってきた。どうやら朝食のようだ。さすがは高い宿だ、朝食も部屋に運んでくれるのか。元の世界では余り旅行に行ったことがないので、こういうのは初めての体験だ。
テーブルの上にズラリと料理が並ぶ。朝から豪勢だな。1品づつ料理が盛られてるので、無駄に皿の数が多い。まとめて1皿に盛ればいいのにと思うが、高い宿はどこもこんな感じなのかな? 味も美味い。
とはいえ結構量があるな……朝からこの量はきつい。余ったのは〈収納魔法〉に入れて持ち帰ろう。
……いや、余らないな。シャロとマリアさんの胃袋にどんどん料理が消えていく。
残った料理を2人が片付けた頃、ドアをノックする音が聞こえた。
俺が出ようと思い立とうとすると、アナに手で制された。
「私が出るから座ってて」
「わかった」
アナが自ら動くということは、何か理由があるのだろう。俺は成り行きを見守ることにした。
アナがドアを開き、誰かを招き入れた。
運営委員会の人だ。すごいボロボロになっている。
「お、おはようございます、皆さま。このまま出発なされますか?」
「準備終わったらこの街出るから、門のところまでは警護してね?」
「か、かしこまりました」
満身創痍というやつだな。この街の人間は好戦的すぎるな。
街を歩いていた時は、そういう輩は見かけなかったんだがな……理由でもあるのか? 聞いてみよ。
運営委員会の人に話を聞いたところ。
原因は、前々回アナが優勝した大会のせいだという。
アナさん、大会のトーナメントで選手の紹介をしている時にこう言ったという。
「トーナメントとか面倒臭いから、全員まとめてかかってこい、雑魚共」
さすがに他の選手も小娘の戯言だと、最初は笑っていたらしいが、次に言った言葉に場が凍った。
「私と戦うのが怖いならこの場で辞退してね? あっ、それとも負けた時の言い訳ほしい? それなら簡単だよ『女相手に本気だすわけない、勝ちを譲ってやった』って言えばいいんだから」
もともと脳筋な選手ばかりなので、1人の選手がアナに対して殴りかかるも、あっさりと倒された。そのせいで、他の選手たちまでやる気になってしまったそうだ。
その後はお察しの通り、アナが全員を血祭りにあげ、優勝賞品だけを受け取ると、表彰式にも出ずにさっさと帰ったそうだ。
運営委員会の話を聞き終わり、アナに視線を向けると。顔を逸らしながら言った。
「ほら……あのころは私も若かったからさ。自分の目的以外は眼中に無いっていうか……今思えばやり過ぎたかなーと思いはするよ。ほんとに」
なぜこの娘は、自分から血濡れの魔女伝説を更新していくのだろうか。
「ということは、全員アナに恨みがあったから襲ってきたってことですか?」
「いえいえ。単純にこの街の人間は、強い者におそいかかる習性がありますので……1番大きな大会の出場者を全員相手取り、圧勝するアナスタシア様は、他のものたちからすると極上の獲物なのです……」
……さっさとこの街を出たほうがいいな。この調子じゃまだまだ襲ってきそうだ。そうと決まれば移動開始だ!
◇
宿を出た俺たちを待ち受けていたのは、50人ほどの運営委員会の人たちだった。
街の外までこの人数で護衛してくれるそうだ。逆に目立つと思うんだが……。
馬車に乗り、街の外を目指す。
その道中、早速1人の男が奇声を発しながら襲いかかってきた。
すぐさま運営委員会の5人が一斉に群がり、男を蹴散らした。
なるほどね、「戦いは数だよ兄貴」戦法か。さすがに5対1では相手も勝ち目が薄い。とはいえ……アナのような猛者に通じるのか。
門に着くまでに、4回の襲撃をうけたが、そのどれもが運営委員会の手によって未遂に終わった。
門を潜り、無事街の外へ出ることができた。
馬車の運転席から後ろを振り返ると、昨日襲ってきた人たちが、手を振りながら別れの挨拶を口にしていた。
なんなのこの街……。街の外では手を出しちゃダメなのか? 疑問に思っていると。アナがその理由を教えてくれた。
「あの街。腕試しで戦うのはいいけど、基本殺しはご法度なんだよね。昔はコロシアムも負けると死ぬのが当たり前だったけど、いつからか、負けた選手がリベンジするほうが盛り上がるとかで事故以外で相手殺すのはダメになったんだよ。だから街の外にでたら手だし無用。外で私に襲いかかったら殺されちゃうしね」
てっきり殺し殺されの世界かと思ったが、わりと健全な運営してたんだな。
だからあの連中は、躊躇いなく襲いかかってきてたのか。血濡れの魔女と戦っても殺されることは無い。その保証があるからこそ……か。
俺たちは武闘都市を背に、王都に向かう街道を進んだ。
何だかんだと色々あったが、この移動の旅も終わりが近い。
王都まではも少しだ。
王都への旅は続く。
あと少し。
もうすぐ出会う、二人の異世界人。
どちらか一方の命を懸けた戦い。
その結末は――。
答えが出るまで、あと少し。
旅は続く。
旅の終わりを目指して――。
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