187.遅く目覚めた朝は……
王都への旅 8日目。
重い⋯⋯。
んー? お腹の上に何かかが乗っていて重い。
それに頭がガンガン痛む。何なんだ一体⋯⋯。イタタ。
重い体を無理矢理起こそうとしたが、何かに邪魔されて動けない。
寝ぼけた目を擦ろうとしたが、腕にも何かが乗っていて動かない。
⋯⋯もしかして詰んだか?
ぼんやりとした視界が少しずつクリアになっていく。
頭を動かし横を見る。
最初に見えたモノ、それは⋯⋯。
眠っている美少女の顔。
薄桃色の髪に、長いまつ毛。小さなその口からは、寝息が零れていた。
そう、アナだ。
⋯⋯。
お腹をチラッと見ると。そこには。
シャロが覆い被さる様にして寝ている。
⋯⋯⋯⋯という事は。
左側を見ると、マリアさんが寝ていた。
それぞれが俺の腕を枕にして眠っている様だ。なるほど。昨日は皆一緒に寝たのか。
イテテ。頭が痛い。
昨日の記憶が⋯⋯、全然思い出せない。
ステーキを食べながら酒を飲んで、その後は⋯⋯。ダメだ。思い出せない。どうしてこの状況になったのか見当もつかない。
勇者なら何か知っているか? 頭だけを動かし探すが、視界の範囲には居ない様だ。3人共気持ち良さそうに寝ているので、声を出して起こすのもな⋯⋯。
何よりこの状況は最高過ぎる。もう少し、もう少しだけ⋯⋯。
「起きろぉぉおおおお!!」
「うお!」
急に聞こえてきた大声に思わず飛び起きてしまった。
それにより3人も目を覚ます。
「んー? おはよー」
「むにゃ⋯⋯」
「おはようございます〜」
訂正、1人は寝たままだ。それよりも今の大声は誰だ?
1冊の本がスーッと移動してきて、言った。
「おはよう。もう朝だよ。ほらほらー、さっさと出発の準備!」
「「はーい」」
シャロとマリアさんが、馬車の扉を開け外に出ていった。というか馬車で4人共寝てたのか。道理で狭い訳だ。
「悪いな。手間かけさせて」
「ホントだよ。君が馬車に入るなり他の3人もゾロゾロ入っていくし。気を利かせて時間潰したのに、覗いてみれば4人でグースカ寝てるだけだし。時間の潰し損じゃん」
「そう言われましてもね。そういう関係じゃないんですよこっちは」
勇者は一言「つまらん!」と吐き捨てて外に飛び出して行った。
何がしたいんだアイツは⋯⋯。
俺も準備をするか。取り敢えずアナを起こすか。
「アナー。朝だぞー」
肩をユサユサ揺すると。ヒュっと手が伸びて来た。
「うおっ!」
そのままアナに抱き締められる様に引き寄せられた。
お、おうふ。
アナと顔の距離が近い。
お互いの吐息が触れ合う距離。
その状態で、時間にしてどれくらいだろうか。
1分?
それとも5分だろうか。
もしかしたら10分かもしれない。
それくらいの時間が経った頃。
それは偶然か、それとも故意なのか。
ゆっくりとアナの顔が近付いて来た。
残す距離はあと数センチ。
俺は目を瞑り。
身を任せた。
カサッと乾いた感触が唇に伝わる。
これがキスの感触。失礼だが、思ったよりも乾燥してるんだなと思った。
「おい」
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯ん?
俺は恐る恐る目を開け、声の主を確認する。
唇の先には。本を開いた状態で、コメカミに青筋を浮かべた勇者が居た。
そうか⋯⋯。俺は紙にキスをしてたんだな。
「私達が準備してるのにイチャつくなんていい度胸ね?」
「直ぐに準備します!」
いつの間にか。アナの手も離れていたので、ササッと馬車を飛び出し準備に向かった。
ソラが馬車から離れたのを確認してから私は口を開いた。
「⋯⋯ハァ。起きてるんでしょ?」
その言葉に。アナスタシアは体をビクッとさせ。わざとらしく伸びをしながら体を起こした。
「う、うーん。良く寝たー。あっ、勇者もおはよう」
「君ねー。寝たフリで、勢いに任せるのはどうかと思うよ〜? そういうのはちゃんと起きてる時にお互いの意思でしないと」
「な、なんの事だか⋯⋯」
「私。心読む魔法使えるの知ってるでしょ? それに、君のその頭」
私はアナスタシアの頭を指さしながら言った。
「寝起きなのに寝癖ついてないんだよね。結構前から起きてたでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯ソラには黙ってて」
ヤレヤレ。詰めが甘いんだよねぇ。ソラは全く気付いてないけど。教えてあげる必要も無いか。
「まっ。良い雰囲気の時にでもブチュッとしちゃいな〜。ソラなら受け容れてくれるよ。そしてそのまま押し倒しちゃいな! あとは産めよ、増えよ、地に満ちよってね」
私はそう言い残し。馬車から出て行った。
馬車に残されたアナスタシアは。顔に手を当て足をバタつかせていた。
青いね〜。私もこんな相手欲しかったな〜。
そんな相手が居たのなら、ちゃんとこのクソッタレな世界で生きる事を選べたのだろうか。
そうしていれば、ソラもこんな世界に来る事なく。元の世界で幸せに暮らせたんじゃないだろうか。
そんな考えが浮かんできてしまう。
⋯⋯。
なーんで朝メシ作ってんのコイツら。
ソラ、シャロ、マリアの3人は何やらせっせと料理をしていた。
普通出発の準備といったら、直ぐに出れる様に片付けするものでしょうが。何のんびりテーブルで食おうとしてるんだか⋯⋯。
まあいいか。今は急ぐ旅でもないんだし⋯⋯、なーんて言うものか!
「ゴルァア! 出発の準備をしろって言っただろうがぁあ!」
「あ、やべ!」
あの頃に戻ったみたいで、楽しく思う自分が居た。
◇
王都への旅 9日目。
よし! 連続で2個当てられる様になってきた!
あれから魔物の襲撃も時々ありながら、的当てを続け。ようやく2個連続で当たる様になってきた。
魔物との戦闘が思ったよりもいい練習になる。小さい的じゃ無いので、実際に当てる箇所のイメージがしやすい。何時だかアナが言っていた。魔法はイメージが大事だと。
不規則に動く的だと動きの予想がし辛い。だが魔物だと、顔や足の動きである程度予想がつく。
そのやり方で。的を魔物の頭とし、体を頭の中で作ったイメージで補う。的の僅かな動きで頭の中のイメージと連動させ、動く先を予想して撃つ。これが思ったよりもやり易かった。
実際はイメージ通りに動かない事の方が多いけど⋯⋯。それでも格段に当たる確率が増えていた。
「お、当たる様になってきたね〜。じゃあ、数を倍に増やすねー」
的が4個になった。
増やし方が極端すぎる。もう少し数字を刻んで行こうという思いは無いのか?
「無いよ」
無いらしい。諦めよう。
4個になった的を睨みつけながら、次はどんなに魔物をイメージしようかと考えていると。
街道の遥か先に、何か塔の様な物が見えてきた。
アレはなんだ? そう思うのと同時に、アナが答えを告げた。
「アレが次の街。『魔道都市イース』だよ」




