182.勇者の特訓
「ハイハイ! ちゃんと防ぐ!」
勇者の声が背後から聞こえてくる。
今俺達は、王都へ向かう街道を馬車で進んでいた。
その道中で、勇者が俺とシャロを鍛えると言い出したので、特訓を受けることになった。
俺は勇者の出した的を、魔法で撃ち抜くという特訓を行っている。
不規則に動く的を狙い、無詠唱の魔法で撃ち抜く。内容はそれだけだが、シンプルに難しい。
何故なら、俺は馬車の運転もしている。その状態で当てろ。というのが勇者の指示だ。言うのは簡単だが、実際やると全然狙いが定まらない。特に手で狙いを定めることを禁止されているので、狙うのがむずかしい。
空中に魔法陣を創り上げそこから魔法を放つ。ハズレ。放つ。ハズレ。ぐぬぬぬ⋯⋯。
動きが不規則すぎる。急停止からの加速や一定のパターンで動いたと思ったら、急に違う動きをし出す。まるで勇者みたいに自由だ。
勇者的には、これくらい当てられる様になれって事なんだろう。
果たして王都に着くまでに、当てる事が出来るのだろうか。少し弱気になってしまうが、後ろのシャロに比べれば俺の特訓は大分優しめだと思う。
「ほら! また防げなかった。はい、ソラは死にました〜」
さっきから俺が死んだ判定になっている。
シャロが勇者の放つ魔法を盾で防ぐのに失敗する度に、俺が死んでいる。そういう設定何だろうが、高確率で俺が死んでいる。
シャロも馬車から落ちない様にしているせいか、普段の様にはいかないようだ。
「うーん。シャロちゃんさ〜。ぶっちゃけ、このパーティの中で君が1番弱いんだからさ、危機感持ってね? はい、またソラは死にました〜」
「俺殺すのやめて貰えない?」
何度も殺されてるので、流石の俺も黙ってはいられない。
しかし勇者はそれを却下した。
「何言ってんの。タンクは絶対に倒れちゃダメなのよ。シャロちゃんが戦線から抜けたら必ず誰かが死ぬ。それ位の覚悟でやらないとダメ。タンクは倒れない。逃げない。敵の全ての攻撃を一身に受ける。仲間の誰よりも傷を負うポジションなの。何があっても倒れない。まずはそれを教え込まなきゃダメ。分かった?」
「う⋯⋯。分かったよ。悪かったな口挟んで」
「分かったんなら黙って自分のやるべき事をしてなさい。君はシャロちゃんに対して、何かと甘すぎるのよ。もっと厳しくしなさい。はい死んだ〜」
勇者は喋りながらもシャロの訓練を続けた。正直ぐうの音も出ない。シャロに対して甘いのは自覚しているが、面と向かって言われると黙るしかない。ぐぬぬぬ。
俺は的に向かって魔法を撃つ訓練に戻った。せめて馬車の運転が無ければ、もう少しマシになるんだが⋯⋯。それも込の訓練なんだよな。
◇
それから街道を進み。
太陽が丁度真上辺りに来た。
そろそろ昼飯の時間だな。
後ろでは、あれからずっと訓練が続けられている。俺は何回死んだのやら⋯⋯。
とりあえずアナに目配せをして、昼食を摂る事を提案する。
「なあ! そろそろお昼にしないかー?」
「んー? もうそんな時間か。よし、シャロちゃん。一旦休憩ね〜」
「は、はいー⋯⋯」
道の脇に馬車を停め、昼食の準備を始める。
屋根から降りてきたシャロは、肩で息をしながら地面に座り込んだ。
「ソラー。ごめんね。何度も死なせて⋯⋯」
「まぁ、実際に死んでる訳じゃ『厳しくしな〜』あ、はい。午後はなるべく殺さないように守ってくれ。頼んだぞ?」
「うん!」
マリアさんとアナがお昼の準備を終えたので、声を掛けてくれる。
「お昼の準備出来ました〜」
「早く食べよ」
「今行くー。ほらシャロ行くぞ」
「うん!」
お昼は馬車の中で食べる事になった。
この馬車、テーブルも内蔵してたのか。ベッドにもなるし、食事も出来る。貴族の馬車ってのは、みんなこんな感じなのかな? 良い物譲って貰えたな。
俺達は、アレックス君が用意してくれたお弁当を食べながら、少しばかりの休息を取った。
アレックス君。また料理の腕を上げたか?美味すぎるぞコレ。やはりレシピを教えて楽する作戦は成功の様だ。
お弁当も食べ終わり、今日は何処まで進むのかという話になった。
「うーん。王都までは野営地が途中に幾つか有るから、それを基準に考えたらいいんじゃないかな」
「そうなのか。なら基本的に野営地を目指して進むか」
王都に続く街道なだけあって、そういう場所はいくつか用意されているんだな。
時々他の馬車ともすれ違うし。
大抵の御者が俺達の馬車を見て、ギョッとしてるけどな。そりゃ氷の馬が馬車引いてたらビックリするか。
それに屋根の上で盾を持った娘が、本を相手に何かしてるのも目を引くか。
そう考えると俺達の馬車って、大分目立つな⋯⋯。
気を付けよ⋯⋯。
お昼を食べ終わり、少しの休憩を取ったあと移動兼特訓を再開した。
◇
「はい、ソラが木っ端微塵になりました〜」
今度は木っ端微塵になったか⋯⋯。
あれから俺は、的に向かって魔法を撃ち続けている。1度も当たらないが⋯⋯。何度も撃つうちに、少しコツを掴めて来た気がする。何回かいい所まではいったんだよなぁ。
そして背後のシャロ達は、俺の死ぬバリエーションが増えていた。
増えたが、俺の死ぬ確率が下がってきている。シャロも徐々に、屋根の上での動きに慣れてきたのだろう。この調子で俺が死ぬ事の無い様にして欲しい。
すると、勇者が難易度を上げ始めた。
「少し慣れてきたね。じゃ、シャロちゃん。難易度上げるからね〜」
勇者がそう言った直後。
シャロの悲鳴が聞こえた。
アナに手綱を手渡し後方を見ると。
シャロが馬車から落とされていた。
「うお! マジか! アナ、ストップ! 馬車停めてくれ!」
「あー、停めなくていいよ。シャロちゃーん!! 落とされたら走って戻って来なー! 君が戻るの遅いと全滅するよー!」
えぇ⋯⋯。マジかこいつ。馬車から叩き落としといて、走って追いつかせるなんて。屋根に登り、勇者に詰寄る。
「この程度の高さから落ちて死ぬなら、それまでって事だよ。他のタンク探しなさい」
「おいおい。言っていい事と悪い事があるだろ!」
「ハイハイ。シャロちゃんが泣き言を言うならやめてあげるよ〜。それまでは黙って見てなさい。さっきも言ったけど、君は甘いよ。この世界は弱いと何もかも奪われるんだから。強くないと何も守れないよ。私はそういう場面を沢山見てきたんだから。はいドーン。登る時も油断しない」
そう言って勇者は、再度シャロを魔法で叩き落とした。シャロは地面を転がり、直ぐに起き上がると、馬車を追うように走り出した。
「ソラー! あたしは大丈夫ー!!」
⋯⋯。
そうか。本人がやるって言うのなら、俺が文句を言う筋合いは無いか。シャロも、なにか思う所があったのかもしれない。
「分かった! しっかり頑張れ!」
「うん!」
俺は御者の席に戻り。アナから手綱を返してもらうと、自分のやるべき事を再開した。俺も気合いを入れ直さないといけない。少しでも早く、アレを撃ち落とせる様にならないと、シャロの頑張りが無駄になる。
よし! 〈深淵の砲弾〉!!
俺は心の中で撃ち出す魔法を選びながら、不規則に動き回る的を狙った。
その後、街道を進み。
日が少し傾き出した頃、最初の野営地へとたどり着いた。




