180.アナスタシア流・スパルタ教育Part2
宿に戻り、夕食を食べ。
その日は終わった。
自分の部屋に戻りベッドの中で明日の予定を考える。
明日はホーンラビットとワイルドボアの肉を集めたら、早めに休んで。いよいよ王都へ向かおう。
そう思いながら横になっていると。昼間の疲れからか、早々に瞼が閉じてきた。
「明日も、もーっと楽しくなるよね?ソラ太郎」
「へけっ」
本を閉じ。
俺は眠りについた。
◇
鐘の音が鳴る。
ドンドコドンドコと、ドアを打ち鳴らす音と共に目を覚ます。
「あっさー。朝だよー。あさー」
はいはい。
俺はベッドから身を起こし、ドアを開けるとシャロを出迎えた。
「おはよう」
「おはよー。ご飯出来てるよ。先に下行っててー」
そう言うと、アナの部屋のドアをドンドコ叩き出した。
「あっさー。朝だよー。あさー」
その声を聞きながら、準備をする為にドアを閉めた。
◇
朝食を取り、マリアさんが来るのを待ち。今日の予定を決める。
「一応。ホーンラビットとワイルドボアの肉を集めようと思うんだけど、他に何かやりたい事あるか?」
「あたしは、それでいいと思う」
「お肉集めるなら分担した方が、早く終わるんじゃない?」
「では二手に別れましょう」
そういう事になった。
◇
という訳で。
俺はアナと共に、ワイルドボア狩りに来ている。
ホーンラビットは、シャロ、マリアさん、勇者が担当する事になった。例の魔道具で集めて狩るやり方だ。これならマリアさんの呪いも、最小限に抑えられるだろうという事でそうなった。
あっちの引率が、勇者なのは心配だが致し方ない。
本人も任せろと言っていたし信じよう。
俺達もワイルドボアを何体か狩らないといけないので。あちらの心配ばかりしている暇は無い。
森の中を注意深く探りながら、ワイルドボアの痕跡を探す。
「あっちだね」
「あっちか」
アナさんの索敵が有るので、そんなことをする必要は無いのだが。それだと俺が役立たずみたいになる。がんばろ。
しばらく森の中を歩き。
プギィィィ!
その鳴き声と共に、ワイルドボアが突進してきた。
「はっ!」
ワイルドボアの突進を躱し、無防備な側面から首目掛けて、剣を振り下ろす。
魔力を纏わせた漆黒の刃は、すんなりとワイルドボアの頭と胴体を切り離した。
⋯⋯俺。強くなってる。魔法なんて要らんかったんや。
アビスシリーズなんて無くても。
俺は――強い。
俺は一瞬で調子に乗った。
「ワイルドボア位なら、もう相手にもならないね」
「そうだな。あの頃よりも強くなっている。何だろうな。今なら誰が敵でも勝てそうだ」
「ほんと?じゃあ、次の反応はあっちだから早く行こうか」
「ああ!」
俺は謎の全能感に支配されていた。
風、吹いているな。
俺の背中を押す。
時代の風が⋯⋯。
◇
ブギィィイイイイイイ!!!
どうしてこうなった。
俺の目の前には、ワイルドボアの10倍はあるサイズの、ワイルドボアが居た。
コイツアレだろ、以前シルバーファング。現ゴールドファングが倒したっていう、上位種だろ。新しいの出てたの?うそやん。
しかし⋯⋯。デ、デカイ。ハイエース位はあるぞ。
マルコさん達が倒したのはマイクロバス位だったか。
それに比べれば、少し小さいか。
まぁいいさ、コチラには無敵のアナスタシア様が付いているんだ。こんな奴⋯⋯。
⋯⋯? あれ?
い、居ない?!?! 嘘だろ!!
「ア、アナさん!! どこ!!」
目の前の上位種ワイルドボアは前足で地面を掻き、すぐにでも襲い掛かって来そうだ。
ダメだ。アナさん、スパルタモードに入ってるやつだ。
てめぇなんか怖かねぇ!
「野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!!」
俺が雄叫びを上げると、ワイルドボアは俺との間合いを一瞬で詰める。
何とか寸前で回避しすると、ワイルドボアは後方の木に激突した。
そのまま2、3本の木を纏めて薙ぎ払い。動きを止め、コチラに向き直る。
わーお。当たったら死ぬなこりゃ。
どうしようか⋯⋯。
出来れば魔石と素材は欲しい。
俺の魔法が強化された影響で、運悪く魔石に当たると消滅してしまう。何で消えるのかは分からないけども。多分殺意マシマシで、威力が有り過ぎるのだろう。
〈深淵の砲弾〉と〈深淵の墓所〉は使えないな。
そうなると⋯⋯。
〈深淵の弩砲〉しかないか。
確か魔石の位置は、心臓付近だから。上手い事、頭だけを撃ち抜けばいけるな。
ワイルドボアの突進が再開された事により、俺の思考は中断された。
横っ飛びで突進を回避し、すぐに体勢も立て直す。
ワイルドボアも、今度は木にぶつかるよりも前に、方向転換し再度向かってくる。
覚悟を決めるか。
身をかがめ剣に魔力を送る。
そして、盾の前で水平に構えると、向かって来るワイルドボアの足に狙いをつけて、交差するように刃を押し当てる。
剣と盾を持った腕に衝撃が走る。
身をかがめたまま、脚に力を入れ踏ん張り、盾で剣を押し出し。
振り抜いた。
前足を切り落とされたワイルドボアは、そのまま前のめりに倒れ、立ち上がろうとするも。上手くいかない。
動きの止まったワイルドボアの頭に、剣の切っ先を向け。唱える。
「〈深淵の弩砲〉」
黒と緑の魔法陣が重なり、1本の矢が放たれた。
それは光さえも飲み込む黒。
この世のあらゆる事象さえも、己の色に塗りつぶし、そして道連れするかの様に崩壊する。存在を消し去る力の一端。
頭に黒の矢を受けたワイルドボアは、そのまま息絶えた。
⋯⋯。
た、倒せた。
「っし! やったあ『お疲れ様』ぎゃあああああ!!」
歓喜の声を上げようとした時、突然頭上からアナが降ってきた。
急に直立不動の人間が、目の前に降ってくるのはホラーでしかない。心臓が口から飛び出るかと思った。実際8割くらい出てると思う。
「やっぱりソラの魔法って、威力あるよね。この革簡単に貫通したし」
「ママからの贈り物だからな」
そう、俺の第2のママである。『深淵の使徒』からの贈り物だ。通常の狩りでは使えないが、このワイルドボアみたいな上位種が相手なら、かなり有効な魔法だ。
魔石や素材の犠牲を無視したらだけど。
それよりも。
「どこ行ってたの?」
「そこの木の上から見学。ソラ1人でも倒せるかなー、と思って」
「そうですかな⋯⋯」
相変わらずアナのスパルタモードは厳しい。もう少し優しく接して欲しいよね。
にしても、このワイルドボアの大きさなら、肉の確保は十分か。
「アナ。肉はコイツ1匹で十分賄えるよな?」
「そうだね。もう街に戻る?」
「ああ、早く戻ろう」
俺はいち早く、街に戻りたい理由があった。
「左腕。折れちまった」
ワイルドボアの突進に、俺の左腕は耐えられなかった。めっちゃ痛い。早くおうち帰りたい。
「それなら、コレ使って」
アナは〈収納魔法〉から紫色に発光するポーションを取り出し、渡してきた。
「何コレ」
「上位のヒールポーションだよ。骨折くらいならコレですぐ直せるから。さっ、グイッと」
「わ、分かった⋯⋯。ありがとう」
瓶に入ったポーションは、少し動かすと緑色に変わった。わー、凄い。どんどん色が変わる。⋯⋯飲んでいいやつなの? コレ。
躊躇う俺を見て、アナは瓶を手に取ると蓋を開け、俺の口にその太いモノをねじ込んできた。そこに、少しのエロスを感じ——無い! ゲロマズい!!おごごごごご。
とても言葉では表すことの出来ない味に、俺の意識は飛びそうになった。なったが、味のマズさにまた意識が呼び戻される。
「お、おおおぉぉぉ。オエッ。ま、不味い⋯⋯」
「ちゃんと全部飲んだね。もう腕の骨も治ったでしょ?」
「えぇ? ああ、本当だ、痛みも消えてる。オエッ」
口の中にまだ味が残ってる。何コレ、何味? 苦いし甘いし酸っぱい。辛味もあるし何かスースーする。何コレ。何なの。
「効果は有るけど味が微妙って事で安かったんだけど、そんなに酷い味なんだ⋯⋯。ごめんね?」
「のん、だ事ないの?!」
「私。骨折るような怪我しないからさ」
恐ろしい。コレが強者の振る舞いか。
俺が強くなった? そんなもの、本物の前では霞んでしまう。もっと強くならねば!!
〈収納魔法〉から飲み物を取り出し、1口飲む。
よし、口の中の味は消えた。
俺とアナは、ワイルドボアの死骸を回収し、街に戻ることにした。
シャロ達は上手くやれてるだろうか。
そう思いながら、襲い来るゴブリンを蹴散らしながら街へと戻った。
◇
結果から言うと。
シャロ達は、ホーンラビットを50匹程持ち帰ってきた。
俺も通常のワイルドボア1頭と、上位種のワイルドボアを1頭。
肉の量としては、十分過ぎるほど取れたと思う。
そのままギルドに持ち込み、魔石と肉、上位種のワイルドボアの毛皮を手に入れた。
ホーンラビットの魔石は、そのまま魔道コンロの燃料にする事にした。
上位種ワイルドボアの魔石は取り敢えず〈収納魔法〉内にしまっておく。そのうち使う機会が来るかもしれないからだ。無いなら売ればいい。
毛皮もしっかり加工すると、上質な防寒着になるという。これの出番は当分先だな。
そんな訳で、無事。王都に行く準備が出来た。いえ〜い。
これで何時でも出発できる。
「準備は出来たけど、何時出発する?」
「明日とかー?」
「そうだね。他に予定も無いし」
「では、明日出発という事で〜」
「シズクちゃんカシコマリ!」
明日出発する事になった。
王都に行く予定以外何も無いしな。
今日は早めに寝て、明日の朝イチで出発だな。
風呂に入り疲れを癒してから、5人で早めの夕食を摂った。
いよいよ王都に向かうんだな。
今までで1番長い移動距離だが、ワクワクする。
何せ、俺達が『ハーデンベルギア』になって、初めての旅だ。
それに今回は、何時も留守番のアナも一緒だ。
仲間と共に色々な場所を旅する。
これぞ異世界の冒険者って感じだな。
俺はワクワクしながら眠りについた。
次回より、いよいよ第1話冒頭に至るまでの物語がスタートします。




